部下にどんな言葉をかければいいか悩んでしまう、上司の言っていることの真意が分からない。同じ日本語を話しているはずなのに、なぜ、伝わらないのか。そんな世代間ギャップに注目し、コミュニケーションのノウハウや言葉の使い方を分かりやすく物語形式で解説したひきたよしあきさんの著書『人を追いつめる話し方 心をラクにする話し方』(日経BP)は発売後約2週間で増刷が決定! 今回は同書から、「『人間関係に悩む部下の気持ちをラクにする一言』」を紹介します。

登場人物
太陽上司(左)
総合イベント会社ホワイトベア制作一課課長。1977年生まれ、45歳。41歳の前厄で腎臓がんを患い、1年間休職。復帰後は、人材育成と新規事業に力を入れている。「彼と話すとなぜか仕事が楽しくなる」「やる気が湧く」と、他部署からも多くの相談が集まる。

塩川結衣(右)
入社5年目。上司に厳しく当たられ思い悩む。

 どうも、新しいチームリーダーに嫌われているようだ。

 先日、次の撮影の企画書を出した。読んでいるそばから、「ふぅ~」とため息をつく。ものすごい圧迫感。読み終えて、ポンと企画書を机に投げて、しばらく鼻と口を手で押さえてそっぽを向いた。嫌な沈黙。突然、

 「おまえさあ、何年この仕事やってんだっけ」 と言ってきた。「5年です」と小さな声で答えた後は、覚えていない。いろいろ言われた。この企画書のことだけでなく、私の仕事ぶり全般、消極的な態度、声が小さいこと。

 「そこまで……」とあっけに取られ、涙が出てきた。

 机に戻って座った途端、動けなくなった。「もう辞めよう。向いていない」という声が頭の中で響きまくる。でも、辞めたところで他に行くところがない。世の中、働き方改革やら不景気やらがごっちゃになって、とにかく私のキャリアで雇ってくれるところなんてなさそう。それは分かっている。だから、我慢するのか、私。どうしよう。

 翌日、帰りのエレベーターで、隣の制作一課の太陽上司と会った。入社当時から顔見知りなので、気楽に話せる。思わず、仕事がつらいという本音が漏れ出た。太陽上司は「少し話そうか」と、行きつけのカフェ「シラタエ」に誘ってくれた。 太陽上司は、私の企画書を読んで、「めちゃくちゃ否定されるほど悪いとは思わない けれど」と言ってくれた。そこからひとしきり、私は、リーダーに嫌われているみたいだという話をした。思いつくところを、次々と語っていった。太陽上司は、コーヒーに口をつけた後、にっこり笑った。

 「塩川さんは真面目だなあ。そこが魅力なんだけれど、何もかも真面目に考えて、正面から向かっていくのは、誰だってつらいよ。会社に限らず、世の中ってのは気の合わないやつ、生理的に合わない人がたくさんいる。それにはいちいち付き合わなくていいんだ。かわしていいんだよ。

 幽体離脱、していいよ。幽体離脱、知ってる? 体はそこにあるけれど、魂はフラフラ~ッて外に出ちゃうやつ。リーダーが人格否定みたいなことを言い出したらさ、『ああ、今晩何を食べようかなあ』とか、違うこと考えちゃうんだよ。体はそこに残してさ、機械的にうなずいたりしてさ。そういうの、全く悪いことじゃない。僕なんか、嫌な得意先とか嫌な部長とかに会うときは、いつも幽体離脱しているよ」と言って、笑った。

 「幽体離脱」、そうか、働くってことは、かわす術を覚えることでもあるのね。やっぱり、この会社いいかも。ちょっと、そう思えてきた。