シリーズ:次代を担う人事たち常識のメッキが剥がれつつある今、世の中の当たり前を人事として塗り替えていく
- パナソニック株式会社 杉山 秀樹氏 -

ニューノーマル時代を迎え、大転換を余儀なくされているHR領域。シリーズ「次代を担う人事たち」では、そうしたなかでも果敢に挑戦を続ける若手~中堅人事の姿を紹介いたします。今回登場いただくのは、パナソニック株式会社の杉山秀樹氏です。

ベンチャー企業2社で11年勤務した杉山氏は、お子さまの誕生を機に仕事に対する考え方を変え、パナソニックへの転職を決めたそうです。

そうした転職の背景から、現在取り組んでいる採用ブランディングについて、そしてニューノーマル時代の人事のあり方について、お話しを伺いました。

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子ども世代が生きる未来の社会を、今よりも明るい可能性あふれる世界にしたい

――杉山さんは、ベンチャー2社で合計11年働いた後、パナソニックに転職したと伺いました。そこにはどんな背景があったのでしょうか。

杉山氏 少し青くさい話になりますが、転職の理由は子どもを授かったことがきっかけでした。ベンチャー企業はスピード感があり、仕事のやりがいも責任も大きいです。ただ、子どもが生まれてみると、自分の仕事の時間とトレードオフで子供を保育園に預けることになります。時間が経つにつれ、「なんのために仕事をしているのか」どんどん分からなくなっていったんです。せっかくかけがえのない大切なものを授かったのに、その大切な存在を横に置いて、自分は自分のための仕事をしている。そのことに強烈な違和感を抱くようになりました。

――そのような背景があったのですね。

杉山氏 そうして1年ほど悩んで辿り着いたのが、「自分の子ども世代が生きる未来の社会を、今よりも明るい可能性にあふれる世界にしたい」という想いでした。その実現のために自分の時間を仕事に投下しているのであれば、子どもに胸を張ることができます。

では、そういう仕事ができる会社はどこか――さまざまな企業を見るうちに、ストレートに目に飛び込んできたのが「A Better Life, ABetter World」というパナソニックのブランドスローガンでした。これだけ大きな会社が、このスローガンで描く未来の実現に向けて、本気で社会と向き合っているのであれば絶対に世界が変わる。ここに自分の時間を投下することは価値があると感じました。

――入社当時、パナソニックにはどのような課題があったのでしょうか。

杉山氏 入社してさまざまな情報やデータを読み解いていくなかで、社内・社外の両面で課題を整理していきました。

社内の課題としては、「人材の獲得が苦しくなっている」という肌感覚がありました。これは後で調べてみると確かに数字でも表れていて、例えば新卒採用でご応募いただいている方々のSPIを経年で分析すると、特定の要素を含む人材の比率が下がってきていたのです。

一方、社外の課題は明確でした。インターネットの進化とともに情報がオープンになるなかで、企業がいくら自社のサイト上で良い点をアピールしても、実態とかけ離れていればすぐに分かってしまいます。そこで、きちんと外に対してコミュニケーションをする必要がありました。

また、価値観も変化しています。いわゆるミレニアルズやZ世代の価値観では、会社そのものというより、仕事の意味付けをより重視するようになっています。

しかし当時はそういった点を伝えることができておらず、「採用人数は700人」「新しくこんな製品が出ました」という発信ばかりが目立つ状況でした。「この会社はなぜ存在しているのか」「何を大切にしている人が集まっているのか」、そうした発信が必要でした。

プロセスも手法も指標もないところから、ブランディングを取り組んできた

――杉山さんのパナソニックでの取り組みについてお伺いさせてください。具体的に、どのような取り組みをされているのでしょうか。

杉山氏 働く場としての魅力、そのブランド価値を高めるために、この4年間試行錯誤をしてきました。関わっている採用ブランディングですが、今はもっと意味を拡張して「エンプロイヤーブランディング」という言い方をしています。

ブランディングとは、区別される状態をつくることであり、単にパンフレットを作るとか、メディアで発信していけばいいというわけではありません。私が具体的に実施したのは、「自社を知る」「周りを知る」「相手を知る」そして、それらを踏まえて「コンテクストをすり合わせる」という4つのステップです。

――4つのステップのなかでは、具体的にどのようなことをしていらっしゃるのでしょうか。

杉山氏 まず「自社を知る」とは、自分たちらしさとは何かという話です。パナソニックは創業から100年以上が経ち、その過程で色々な会社が合併・分社をして今に至ります。その結果、「自分たちらしさ」とは何か、確固たるものがあるようで無いような状態であると感じました。

実際、私がパナソニックに入社して最も驚いたことが、創業者である松下幸之助氏の言葉を、社員が打ち合わせや面談、雑談のなかなどあらゆる場面で口にすることでした。「創業の理念がこれほどカルチャーとして根付いているのか」と感銘を受けました。当然、私はポジティブなことだと捉えたのですが、特に在籍の長い方などは「ちょっとこういうの古いよね」というようにネガティブに捉えているような発言をされていました。

そこでいま一度、「らしさ」を紐解き、自己理解を深めることから始めました。自分たちなりの解釈や、これまでの会社のコンテクストをたどるなかで「志」と「多様性」という言葉に行き着きました。自社のコンテクストを辿り、自らの想いと掛け合わせて言語化するプロセスが「自社を知る」ということです。

次に「周りを知る」です。これを考えるとき、「自社が属する業界の競合他社は何をしているか」という話になりがちですが、私が考えるのはそういうことではありません。企業側が考える競合と、求職者一人ひとりが想起する際の競合は異なります。なのでアンテナを広げて、例えばベンチャー企業が立ち上がって人気企業になるまで、人事や広報がどのような発信をしていたのかをつぶさに調べたり、対象の世代がターゲットとなるような商品やサービスのマーケティングが今どうなっているかを調べたり、幅広く理解するように努めました。

そして「相手を知る」というプロセスにおいては、まず「相手」となる人に直接会って話を聞くことから始めました。採用において、説明会や相談会にくるような方々はすでに当社のほうを向いている方です。そうではなくもっと前の段階、就職活動を意識する手前の方々がどのようなインサイトを持っているのか、どのような価値観を持っているのか、聞いていきました。直接会える方だけだとどうしても人数も限られてしまいますので、並行して独自の価値観アンケートなども実施し、理解を深めていきました。

最後に、「コンテクストをすり合わせる」です。コンテクストとは意思決定や価値判断につながる脈々と存在している文化や価値観です。「私たち自身(会社)」、「相手自身」そして相手を取り巻く「環境」にそれぞれコンテクストがありますので、これらをすり合わさず、一方的に自分が言いたいことだけを発信しても、相手には届きません。コンテクストを理解し、すり合わせる言葉を見つけ出すことが重要だと考えています。

――これは、もともと方法論があったのでしょうか。

杉山氏 当初はプロセスも手法も指標も何もありませんでした。特にブランディングは即座に効果が出るものではありませんから変化も捉えにくく、暗中模索で色々なことを試していきました。

これらの取り組みを振り返った時に、良かったなとあらためて感じるのが、初期の段階から社内のクリエイターに参加いただけたことです。100年企業であるパナソニックのコンテクストを紐解くには、クリエイターの存在無しには進まなかったと感じます。

またクリエイティブディレクターとして入っていただいたので、ブランディングの実行フェーズで重要となる「一貫性」の担保も強く推進することができました。ここまでクリエイティブ部門を巻き込んで進められた施策も初めてのことでした。

さまざまな取り組みをこの4年で行ってきた結果、採用やキャリアに関わる発信についてのソーシャルメディア上のリアクションは取り組み前と比べて約16倍という数字になっており、成果が出てきております。

経営層との直接対話を避けていたら、何も変えられない

――日本の伝統的な大企業では、新しいことをするのに時間がかかるイメージがあります。その辺りはどうでしたか。

杉山氏 確かに、一般的には新しいことをしにくいイメージがあると思います。しかし実際には、パナソニックは非常に懐の深い会社だと感じます。ベンチャーに11年間いた私が、入社して何の違和感もなく立ち上がっていることが、何よりの裏付けだと思います。

松下幸之助氏の言葉に、「社員稼業」というものがあります。自分の職務について個人商店の主のような意識と責任感を持って仕事をするというスタンスが社内で浸透しています。私も当時の上司に「登る山さえ間違っていなければ、ルートは任せる。山頂で会えればいいよ」と言われたことが印象に残っています。

もちろん、これだけの規模の会社ですから、何でも好き勝手出来るというわけではありません。会社の方向性との一致、何をやるのかという課題設定、強い想い、そういったものは高いレベルで求められた上でのことです。加えて、採用ブランディングは新しい領域だったからこそ、より柔軟に取り組み始めやすかったのだと思います。

――特に大企業では、経営層の承認に苦労する人事も多いですが、杉山さんはどのように進めていらっしゃるのですか。

杉山氏 キャリア採用ということもあって、幸いにもCHRO(最高人事責任者)とは個別で話す機会が入社後も何度もありました。そうした場で何かを提言するというよりは、経営視点での課題感やこれまでの意思決定の経緯を正しく理解することに努めていました。それを踏まえて、自身の携わる領域で長期的に何が必要かを示し、CHROからフィードバックをもらったり、時に共通理解を得たりする時間を今も時折いただいています。

――パナソニックのような大企業で、経営層と直接対話する機会が多いことにも驚きます。

杉山氏 ひとつはやはり、パナソニックという会社の懐の深さの表れなのではないかなと感じます。加えて、私のベンチャーでの就業経験が効いていると思います。ベンチャーでは、経営者と常にコミュニケーションを取っていなければ人事はできません。経営者と話すことは私にとって必須のことで、パナソニックに入ってもその意識でいました。

中長期の視点で課題設定して、戦略を考えるのであれば経営層との直接対話を避けられません。「経営層に話をするのはハードルが高いから、話やすい課長に相談しておこう」というのは、絶対にしてはいけないことです。ブランディングはまさに中長期の課題。なので、経営課題と方向性があっていなければ意味がありません。経営層と目線を合わせて、何ができるのかを会社視点で考え、施策に落とし込んでいくことが大事だと考えます。

大切なのは、まず「働く人を見る」こと

――コロナ禍による変化や影響を、杉山さんはどのように捉えていますか?

杉山氏 近代化のなかで積み上がっていた「常識」のメッキが、コロナ禍によって剥がれてきているタイミングだと捉えています。例えば、「通勤」。江戸時代までさかのぼれば「職住近接」が当たり前でしたが、近代化により人間が都市部の周辺に押し出され、満員電車に長時間揺られて通勤することが当たり前になってしまいました。それはとても不自然な状態なのに、あたかも不偏の「常識」のように捉えられています。

それが今回のコロナ禍によって、リモートワークなど働き方を強制的に切り替えられたことで、今までゆるがない「常識」だと思っていたことが、決して変わらない常識ではないと気付いてきていると思います。

これは人事としては「今まで土だと思っていた地盤が実は水だった」というくらい衝撃的な事態だと思います。既存の仕組みから変えていく必要がありますが、それを他が手を付けてから追随するのか、それとも自分たちで率先して仕組みを考えるのか、会社によって差が出ると思います。

――人事の仕事も根幹から変わっていくイメージですね。

杉山氏 そうですね。ただ本質は「働く人をみる」ということに尽きると思います。人事という仕事は人が相手だからこそ、つい自身の過去の経験や人間観に当てはめて相手を分かったつもりになってしまいがちです。その状態を認めて、アンコンシャスバイアスを理解し、相手と対話をし、その上で組織や会社の構造、仕組みを創ることが大切です。

本来みんな、仕事を通じて幸せでありたいはずなのに、「こうあるべき」、「過去がこうだった」という理由で、その幸せを享受できない状態をみんなが見過ごしている可能性があります。そこを見過ごさずに良くできるのって、会社の中で人事しかいないと思うのです。

そういう意味で、人事というのは、非常に尊い仕事だと考えています。

エンプロイヤーブランディングを、もっと一般的なものにしていきたい

――杉山さんがこれから取り組んでいこうとしていることを聞かせてください。

杉山氏 2つあります。まずはオンボーディングです。これまでの採用ブランディングは主に社外に向けて働きかけていく取り組みでした。一方で、そうした活動の先にご入社いただいた方々が、入社後もイキイキと働くことを実現しなければなりません。そのためにデータで状態を把握し、より良い状態になるように行動を促す仕組みづくりに取り組みはじめています。

もう一つは、従業員視点を人事戦略に取り込むという働きかけです。先ほど本質は「働く人をみる」といいました。その本質に近づくための手段がエンプロイージャーニ―マップです。従業員視点で会社を見渡し、そこで発生するペインを理解し、人事としてどう関わっていくかを考えていく。そのような動き方ができるようになることを目指しています。

――パナソニックには多くの事業部がありますが、事業領域の違いによってブランディングも変えているのでしょうか。

杉山氏 現在は抽象度を上げて、「パナソニック」という概念でブランディングを仕掛けています。しかしエンプロイヤーブランディングの観点でいえば、実際にそこで働くことでどのような価値を得られるのか、30を超える事業それぞれで異なりますし、働いている人の個性もそれぞれですから、今後は事業ごとに落とし込んでいく必要があると考えています。

一方で求職者の視点で見ると、パナソニックだけがいい会社に見える状態は健全ではなく、その人に合う会社がちゃんと分かる状態になることが大事です。そういう意味では、採用ブランディングがもっと一般的になればいいと思います。

――パナソニックへの入社理由として、「子供世代が生きる未来を可能性あふれるものにしたい」とおっしゃっていましたが、改めて杉山さんが目指す未来について聞かせてください。

杉山氏 多様性が前提になる社会に向けて、色々な取り組みをこれからも仕掛け続けていきたいです。パナソニックの「A Better Life, A Better World」の「A」に込められているのは、一人ひとりに向き合うという想いです。社内にも「A Better Workstyle」という、一人ひとりにとってのより良い働き方を考える活動があります。多様さを認め、包含し、向き合うことを通じて、思い込みの「あらねばならぬ」という枠組みを外していくことができたらいいなと考えています。その先に「A Better Life, A Better World」の実現があると信じています。

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Profile

パナソニック株式会社の杉山秀樹氏
杉山 秀樹氏
パナソニック株式会社
リクルート&キャリアクリエイトセンター 採用ブランディング・PeopleAnalytics課 課長

新卒で大手メーカーに入社。その後、ITベンチャーに転職し、9年の間に営業、マーケティング、IR、PR、経営企画、そして人事といったさまざまな業務を経験する。その後、ブライダル関連のベンチャーに転職。2年の間に人事とPRの責任者を務める。その後、2016年12月にパナソニックに入社。現在、採用ブランディング・PeopleAnalytics課の課長として、多様な取り組みを行っている。CoachEdプログラム修了生。

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