ハーバード・ビジネス・レビュー編集部がおすすめの経営書を紹介する連載。一橋大学大学院経営管理研究科客員教授の名和高司氏の著書『パーパス経営』を紹介する。

パーパス経営は昔から
日本企業にあった志本経営

 ソニーの吉田憲一郎氏が、社長就任直後に着手した大仕事の1つが、パーパス(存在意義)を定義することだった(DHBR2020年7月号インタビュー参照)。「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす。」である。現在、グループ11万人の社員のベクトルを1つに合わせて、事業を強力に動かす力になっている。

 近年、こうした新しい経営手法が、世界で力を発揮している。『パーパス経営』は、この時代背景や今後の可能性を、体系的に分析した書である。タイムリーな発行は、著者の研究蓄積があったからこそと言えるだろう。

 内容について述べる前に、最初に本書のユニークな魅力を2つ紹介したい。

 第1に、読んでいくと"ワクワク"し、著者"ならでは"の考えが忌憚なく述べられ、実際に"できる!"と思えてくることだ。「パーパス経営を実現するには、"ワクワク"と"ならでは"と"できる!"が大切」というのが著者の主張で、それを著者自らが実践する書き方になっている。

 第2に、著者の考えを裏打ちするために示される研究や書籍の紹介が、知的好奇心を刺激することだ。それらの文献を次々と読みたくなってしまうのだ。

 評者が"ワクワク"した点の1つが、著者の名和高司氏が、権威に対して是々非々でのぞんでいるところだ。例えば、ハーバード大学ユニバーサル・プロフェッサーのマイケル・ポーター氏への言及である。名和氏は、ポーター氏が考案したCSV(共通価値の創造)を高く評価し、これをベースに日本企業のパーパス経営の方向性を示している。その一方で、「社会価値を上げつつ経済価値を上げるのは、簡単な話ではない。(中略)ポーターのCSV論に欠けているのは、この二律背反を解くためのイノベーションという視点である」と批評する。

「マッキンゼーの進化が止まった理由」という節もある。マッキンゼーは名和氏の古巣である。かつては、世界に稀に見る「現場(グローカル)発グローバル知識創造企業」であった仕組みへの投資を、リーマンショック以降、リターンが少ないからという理由で減らしてしまったという。「その代わり、グローバルなマクロトレンドを分析したり、予測するといったシンクタンクの真似事に注力するようになった」と手厳しく論じるのだ。

 いずれも、未来に向けた提言ではあるが、次にどんな批評が出てくるのか、読者はワクワクしながら読み進めることだろう。さて、内容についての魅力である。

 新しい経営手法は、効果的なものと思われれば、先進的な経営者は、それを学び、導入を試みる。課題は、導入の意義を、社員に腹落ちさせることだ。そのために必要なのは、経営者やマネジャーが新手法を納得できる言葉で理解し、社員に説得する言葉を紡ぐことである。

 パーパス経営もその一例で、本書はその本質を日本人にわかりやすく解説している。パーパスを、「志」(こころざし)という昔から日本人が使っていた言葉に置き換え、「パーパス経営=志本経営」として、その意義を説明している。

 志本と言われると固苦しさを感じるかもしれないが、冒頭のソニーの事例のように、「何のために働くのか」「自分たちの仕事は社会にどう役に立つのか」の明確化である。ミレニアム世代やZ世代にとっては、いや、若者にとっては常に重要な視点であろう。

 パーパス経営が近年、欧米で広まっているわけだが、日本では昔からこの考え方は機能していた。その事実を再認識し、志を原動力に日本企業を再生していく道が本書では説かれている。