職場でハイヒールやパンプスを強制されることへの異議を唱える「#KuToo 」。
Business Insider Japan 編集部が行ったアンケートでは、回答者205人中、6割を超える140人が「職場や就活などでハイヒール・パンプスを強制された、もしくは強制されているのを見たことがある」と回答。さらに靴だけでなく、メイク、髪の色、メガネなど服装や外見に関する細かな規定を設ける会社もあると前回記事で報じた。
社会人から就活生まで、服装の規定があることで、職業選択の幅を狭められている人がいる。その実態を報告する。
「営業成績上げたいなら、絶対にピンヒール」

東京都内でコンサルティング事業などを扱う会社に、新卒で入社したAさん(23)。Aさんが内定式のときに手渡されたのは、数ページにわたって服装など就業時の身だしなみについての社内規定が書かれた小冊子だ。
女性の靴はヒールのあるパンプス、ストッキングも必ず着用することが書かれていたという。合わせて掲載されていた写真は、黒いヒールのパンプスだった。
「営業成績を上げたいなら、絶対にピンヒールを履かないとダメ」
入社後の研修期間中、靴の指定について女性の先輩社員にAさんが尋ねると、そんな答えが返ってきた。ピンヒールはハイヒールの中でもヒールの細いもの。これは先輩女性社員が上司から言われ続けたことだという。
NGメイクの例として女性タレントの写真
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研修では「1人1日30社」「自分で立てた企画を持って飛び込み営業」などノルマが課された。
Aさんは小冊子に掲載されていた写真にならい、3〜4センチのヒールの黒いパンプスを履いてのぞんだが、1日3万歩歩くこともあり、かかとや足首から出血。同期の女性たちも同じように靴ずれし、皆で絆創膏をシェアしながら対処していたという。
一方、男性社員に指定されていたのは革靴。同期の男性から「会社と会社の間を走って移動して時間を短縮している」という話を聞き、「革靴なら走れるんだ」と驚いたそうだ。
他にも小冊子にあった外見の規定には、髪の色(色見本に番号がふられ、◯番以上の明るさはNGというような記載)、男女ともにスーツの着用、特に「目上の人」がいる場合はジャケット必須で、暑くてどうしても脱ぎたいときはその人から許可を取るように義務づけられていた。
女性はメイクをするのは当たり前で、「OKメイク」としてブラウン系のいわゆるナチュラルなメイクを施した女性の写真、そして「NGメイク」の例として、いわゆる「原宿系のメイクの」女性タレントの写真まで掲載されていたという。
「まるでブラック校則」、研修期間終えてすぐ転職

Aさんの会社の主な業務は中小企業向けのコンサルティング。顧客は50〜60代の中年男性が多く、彼らに「好印象」を残すために「できることは全部やる」というのが、会社が社員に求める姿勢だったそうだ。
「初めて小冊子を見たとき、高校時代の厳しい校則を思い出しました。『ブラック校則』が社会問題になっているのに、なぜ社会人になってまでこんなものに縛られなければならないのだろうと。
上司や先輩たちが経験してきたような、外見で態度を変えるクライアントがいるということもショックでした。私はそういう偏見のある人たちではなく多様性を大切にする人のために働きたい。会社への不信感が募り、研修期間が終わったタイミングで会社を辞めました」(Aさん)

Aさんは今は出版社で編集者として働いている。著者や社外の人との打ち合わせも自由な服装でよく、もっぱらスニーカーを履いているそうだ。もちろん以前のような苦痛はなく、快適だという。
「『ピンヒールの方が売り上げが上がる』と言われている状況で、服装の規定を見直すよう個人で会社に働きかけるのは難しいと思います。別のコンサルティング会社に勤めている友人は、『ヒールは7センチ以上』と指定され、月に1度は服装チェックをされているそうです。
『マナー』や『売り上げ』の名のもとに、健康に実害が及ぶレベルで服装を選ぶ自由が犠牲になっている現状はおかしいですよ」(Aさん)
割れたままの小指の爪、階段で転倒も

東北地方のビジネスホテルのフロントで働くBさん(34)も、就業規則で服装を厳しく規定されている1人だ。
靴は黒のプレーンなパンプスでヒールは5センチほどと指定され、ローファーやストラップは不可。外反母趾などでどうしてもパンプスが履けない場合のみ「例外」として認められているが、その場合も管理職への申告が必要だ。
Bさんは足のサイズは21.5センチと小さいが、横の幅が広いため22センチのパンプスを履き、クッションを詰めるなど工夫をしている。
中途入社で勤め始めて5年目。1日中立ちっぱなしな上、宿泊客の荷物や備品の段ボールを運ぶことも多い。外反母趾や捻挫はもちろん、足は常に痛みが走り、腫れてしびれているという。小指の爪も縦に割れ、皮膚が固くなったままだ。
制服がタイトスカートのため、足を上げるのも難しく、階段で転んだり、靴が脱げた回数は数えきれない。
従業員の身だしなみも客アンケートの評価項目に

さらに不安なのが非常時の対応だ。地震や火災などの際のマニュアルはあるが、このパンプスで宿泊客の誘導をはじめとした対応ができるか自信はないという。
靴の他にも、髪色は「日本ヘアカラー協会のレベル◯まで」「爪は1ミリ以下」「前髪は分けてスタイリング剤でセット」などさまざまなルールが明文化されている。
こうしたルールは「客へのマナー」として当然のことになっており、従うしかないのが現状だという。ホテルが実施している宿泊客へのアンケートでは、朝食、接客、案内など複数の項目が5段階評価でき、そのうちの1つに「従業員の身だしなみ」もある。アンケート結果の集計では高評価がなされているそうだ。
「ほとんど軍隊的な思想ですよね。なぜ革靴やパンツ、キュロットスカートではいけないのか、合理的な理由が見当たりません。
男性の夏のスーツやネクタイがつらいという声も聞きますが、私たちのホテルでは、男性は半袖のシャツ1枚でOKなのに、女性はブラウスの上に必ずベストを着用しないといけない決まりです。規則は会社によって異なっているので、今回の#KuTooをきっかけに服装全体を見直し、会社と従業員が相談しやすい空気になればいいなと思います」(Bさん)
地毛が明るい人は黒染めを強制

約2年前まで携帯電話の販売員をしていたCさん(28)も、身だしなみについて細かいマニュアルがあったという。靴はパンプスでヒールは3〜5センチ。生足は不可でストッキング必須。ローファーが許されるのは、妊娠中の女性など特別な事情がある場合のみだ。
外反母趾に苦しみ、全社員が閲覧できる本社への意見投稿フォームにパンプスの強制をやめるよう投稿したが、何も変わらなかったという。
他にも会社の規則としてAさんBさん同様にノーメイクはNGで、髪色も制限があり、もともと明るい人は黒く染めなければならなかった。
抗議をスルーする会社、スニーカーでも業績は変わらないのに
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前出の投稿フォームにはCさんのように「パンプスで外反母趾になった」という声や、「黒染めで頭皮がかぶれた」「スカートではなくパンツスタイルも選べるようにしてほしい」など、服装規定の改善を望む声が数多くあったそうだ。
待合席に座った客に目線を合わせるため、しゃがんだり膝をついて接客することも多く、スカートの心地悪さはCさんも感じていた。髪の毛の問題は「外国人の労働者も増えているのに時代錯誤」、メイクの強制も「アトピーの人にはつらいはず」だと言う。
「身だしなみって身を削ってまでやることではないですよね。実は、夏はクールビズでポロシャツとスニーカーが解禁されたんです。でもスニーカーを履いたからといって業績が下がったわけじゃない。
接客業は人手不足で離職率も高い。経営層はこうした規則から見直していくことが大切じゃないでしょうか」(Cさん)
労災認定してもパンプス強制は継続

東京都内の劇場で案内係のアルバイトを6年間していたDさん(27)も、2〜3センチのヒールでストラップのないパンプスを指定されていた。上演中は後ろで立ったまま見守り、途中入場する客を暗い中、低い姿勢で案内しなければならず、つらかったという。巻き爪になった親指は常に激痛が走った。 公演のパンフレットが入った段ボールを運ぶときに転び、労災認定されたこともある。
制服を一新することになった際、要望を記入できる匿名のアンケートがあったため、「ヒールやパンプスではない靴で働けるようにしてほしい」と、外反母趾などに悩む女性スタッフたち数名で書き込んだが、何も変わらなかったという。
血だらけのパンプスで抗議した就活生

ヒール・パンプスに悩むのは社会人だけではない。就活生も深刻な問題を抱えている。3月、あるツイートが大きな話題になった。
「就活のパンプス本当に無くして欲しい。なんで女性だけなの?外反母趾や甲高幅広のせいで靴擦れしまくるんだよ。新大阪から5分歩いただけでこれだよ。外まで血だらけ… パンプスは現代の纒足だよ。こんなの強制的に履かせるの間違ってる。なにがマナーだよ!!!健康的被害出てんだよ!!!」
ツイートしたのは、現在就活中の女子大学生Eさんだ。「甲が高く幅が広い」足のタイプで靴ずれしやすく、この日はストッキングだけでなく、パンプスの外にまで血が滲んだ。外反母趾にもなったという。
私服OKの説明会にもリクスーで

それでもパンプス以外で就活をする勇気はなかなか出ない。スニーカーを履いて行ったインターンシップで「それはやめた方がいいんじゃない?」「大事なのは清潔感」と注意を受けたからだ。
就活情報サイトを見ても、2〜5センチのヒールのあるパンプスを推奨しているところがほとんどで、革靴など他の選択肢はないという。
先日、女性の社会進出を応援するとうたう企業の説明会で、「大学に行くような服装で来てください」と指定され私服にパンプス以外の靴で参加したところ、Eさん以外はほとんどリクルートスーツだったという。
「私服を考える方が面倒だからか、強迫観念があるのか分からないですけど、とにかくもっと自由な服装で就活できるようになってほしいです」(Eさん)
就活で注目するのは社員の服装?

説明会などでは女性社員の服装や靴に注目している。気になるのは、就職した後のことだ。
「銀行員に興味があったこともあるんですけど、皆さんパンプスだったので、ああ私にはできないと絶望しました。服装で職業選択が狭められているんですよね。女性にだけ美しさを求めるなんておかしいなとモヤモヤします。
就職後の服装の情報は就活中には分からないので、企業からどんどんアピールしてほしい。『うちは靴の種類を強制しません』と言ってくれる企業があれば、下手な広告よりずっと女子学生の支持が得られるんじゃないでしょうか」(Eさん)
そんなEさんだが、最近はローファーを履いて就活することもあるという。これまで靴の悩みや足の痛みは「個人的な問題」だと思っていたが、同じ悩みを抱えた女性たちがいることが#KuTooを通じて分かり、「怒っていいことだったんだ」と気づいたからだ。
同じような声を取材で複数人から聞いた。
「合う靴が探せない自分を責めていた」「女性だけがパンプスを強制されることに疑問を持たなかった」そんな女性たちが、声を上げ始めた。
なぜハイヒールやパンプス、スカート、メイクが女性にだけ求められるのか。女性たちの疑問と憤りに社会はどう応えるか。
(文・竹下郁子)