
働き方改革の影響で、長時間勤務を悪と見なす風潮が高まっている。いかに効率よく働くか。その流れで注目が集まっているのが週休3日制だ。2015年にファーストリテイリングが地域限定社員に導入して注目を集めた。
2019年夏には日本マイクロソフトも導入し大きな話題を呼んだが、施策を進めた同社エグゼクティブアドバイザーの小柳津篤氏はやや戸惑った表情だ。
「2019年4月22日にメディア向け発表会を開催したところ、『週休3日』と広まってしまいました。私が発表の中で強調したかったのは『週休3日』や『週勤4日』といった勤務日数ではなくて、7月から9月の3カ月間を対象にしたワークライフ・チョイス・チャレンジの話だったのですが……」
創造性を生むために「短い時間で働き、よく休み、よく学ぶ」
小柳津氏が記者発表会で説明した実際の取り組みの中身はこうだ。
・狙いは「短い時間で働き、よく休み、よく学ぶ」こと。
・そのために、8月に5回ある(2019年の場合)金曜日を全社員共通の特別休暇とし、オフィスも閉める。
・週4勤である(これが「短い時間で働き」に相当し、それによって生産性の向上を目指す)。
・この間、業績目標や責任範囲は通常の月とまったく変わらない。
・この10年間で1人当たり2カ月分に相当する業務時間を短縮してきた実績があり、その取り組みをさらに促進していく。
さらに、自己成長と学びという「ワーク」、私生活やファミリーケアという「ライフ」、さらには社会参加と地域貢献という「ソーシャル」の視点から、その3カ月間に行われた社員の取り組みに関し、自己啓発関連費用、家族でのレジャー費、社会貢献活動費などの一部が支給される。こうして「よく休み、よく学んだ」社員は、より創造性が増すはずだ——という考えがその背景にある。
日本拠点の業務時間は世界最長という衝撃

日本マイクロソフトがワーク・ライフ・チョイス・チャレンジに取り組むきっかけとなったのは2019年4月から、年間5日の有休取得が義務化されたことだった。小柳津氏は話す。
「2019年の8月は、東京オリンピックをにらんで政府が推進するテレワークデイズに該当し、金曜日を特別休暇に設定すれば、有休取得が進むという人事の思惑がありました。でもそれは全社施策として取り組む動機としては不十分です。そこで、我々が長年進めているワークスタイル・イノベーションの一環に組み入れることにし、プログラムの設計・計画を行いました」
小柳津氏がそう決断したのには理由がある。2018年7月、「世界150カ国にあるマイクロソフトの拠点の中で、日本マイクロソフトで働く社員の業務時間が一番長い」という指摘を本社から受けていたのだ。

「我々は業務の削減と効率化、さらには事業モデルの転換により、過去10年で年間売上高を180%に成長させる一方で、業務時間を1人当たり2カ月分減らしてきました。結果、1人当たりの生産性は202%上がりました。よくやっていると自画自賛していたのですが、グローバルレベルで見ると、まったく不十分であることがわかったのです」(小柳津氏)

業務時間が長い原因を調べてみると、会議に問題があることがわかった。
「1時間が標準で、召集メンバーも多い。そこで、ワーク・ライフ・チョイス・チャレンジが始まった7月の社員総会で『会議時間は30分を基本とし、人数は最大5名まで』『コラボレーションのためのコミュニケーションにはMicrosoft Teamsを活用』と呼びかけました」(小柳津氏)

問題は、呼びかけるだけでは人は動かないということだ。チャレンジによって何が削減され、何が増やせたのか。それを参加者はどう受け止めたのか。“使用前使用後”のデータをきちんと取り、状況を確認するようにした。
削減対象となったのは、例えば就業日数、紙の印刷枚数、電力消費量、向上を目指したのは30分会議実施率、リモート会議実施率、1日あたりの人材交流数である。
「さらに、Office 365に含まれているWorkplace Analyticsというサービスを自ら利用し、週ごとに、会議やメール、残業などの時間の使い方を組織単位で算出し、それらを人事評価や営業成績など、組織の諸データとあわせた分析も行いました。働き方を組織単位で可視化することで、一人ひとりの行動変革を支援しようと考えたのです」(小柳津氏)
ここまで説明すると、「週休3日」という括り方が間違いであることがわかる。同社のチャレンジは休日増という福利厚生策ではなく、生産性向上という経営戦略に紐づいたものなのだ。
「週勤4日」のチャレンジを94%の社員が評価した

プログラムの概要を社員が知ったのは記者会見の翌日のことだった。ただでさえ忙しいのに、という苦情の声が一部から挙がったが、ほとんどの社員は8月の実施に向け準備を始めた。
「問題があるとしたら、お客様や取引先に対面する社員でしたが、実施までに時間があったので混乱はほとんどありませんでした。自分の休みに応じお客様にも代休を取っていただく、という荒技を実施した社員もいました。有休をあわせて取得して、実家に2週間帰省してリモートワークをしたり、受講中のMBAプログラムで、平日にしか稼働していない工場の見学に出かけたりといった有意義な使い方をした社員が多かったようです」(小柳津氏)
その結果は数字に表れている。実施後にアンケートを採ったところ、「評価する」と答えた社員が実に94%を占めた。

先の項目についても見てみると、いずれも過去3期の実績比較で、就業日数は25.4%減、紙の印刷枚数は58.7%減、電力消費量は23.1%減と、それぞれマイナスになった。30分会議実施率は前年8月と比べ46%増、リモート会議実施率は直近4月から6月と比べて21%増、1日あたりの人材交流数は前年8月と比べ10%増と、いずれも向上した。
「この結果を出放しで喜んでいるわけではありません。というのも、800通ほど集まったフリーコメントでは1割程度の人が不満や苦情を述べているからです。たった1割と思うかもしれませんが、違うのです。私も当事者でしたからよくわかるのですが、この制度を評価してくれた人も、何らかの不都合を感じたのは確かです。より一層の生産性向上を目指し、2020年の夏にも同様のチャレンジを予定しており、寄せられた不満や苦情の中身を分析したうえで、新たな枠組みをつくりたいと考えています」(小柳津氏)
生産性向上を実現するための3つのポイント

生産性の向上を目指したワークスタイル・イノベーション。他社が推進していくにはどうしたらいいのか。
小柳津氏は3つのポイントを挙げる。
1つ目は業務の標準化と電子化だ。その際、邪魔になるのが紙だ。多くの企業がペーパーレス化に力を入れているが、業務フローを徹底的に見直し、不要な業務は外にアウトソースするなどの措置を取らなければならない。
「個人レベルでも、重要な情報は必ずキーボードで打ち込むか、スマートフォンでメモを取る。そうしなければ、その後の共有やアーカイブ化、翻訳、追跡などが不可能になるからです」(小柳津氏)
2つ目は、利便性と安全性を備えた環境の整備だ。電子化を進めようとしても、オフィス以外でのセキュリティ確保が不十分だったり、業務システムにつながる反応が遅かったりすれば、社員はオフィスから離れず、働き方を変えようとしないからだ。
最後は習慣化だ。
「変革には反発がつきもので、当社でもワークスタイルを変えることに躊躇する社員もいました。それを乗り越えるにはトップが深くコミットするとともに、“習うより慣れろ”の精神を徹底し、社員を新しい働き方にうまく“はめていく”ことが重要です」(小柳津氏)
働き方改革は単なる人事課題ではない。経営トップの理解と覚悟が何より必要、ということだ。