2020年版、「働きがいのある会社ランキング」が発表された。働き方改革が進む一方で、そこには見落とされがちな落とし穴がある。企業が今、「働きがい」に取り組むべき理由とは?そして、1位のあの会社は、どんな取り組みをしているのか。
世界約60カ国で実施され、7000社以上がエントリーするという「働きがいのある会社」ランキング。主催するのはGreat Place to Work®(以下GPTW)という働きがいに関する調査・分析を行なっている専門機関だ。国内ではGPTWジャパン(株式会社働きがいのある会社研究所)が2007年から参加企業のランキングを発表してきた。そもそも、働きがいとは何を意味するのか。
「働きやすさとやりがい、2つが揃った状態を、働きがいの高い状態と定義しています」と説明するのはGPTWジャパンの岡元利奈子代表取締役社長だ。
やりがいが置き去りにされていないか

2019年4月には働き方改革法案が施行された。長時間労働の是正など、ワークライフバランスや労働環境が徐々に改善されつつあるのを実感している人も多いだろう。これらは「働きやすさ」に関する部分だ。 一方の「やりがい」は、仕事へのモチベーションや誇り、経営・管理者層への信用、職場の連帯感などで表される。今の働き方改革は、働きやすさばかりが注目されている、と岡元社長は指摘する。
「2018年から続けて見られる傾向として、働きやすさは改善しているものの、やりがいに関するスコアは下がっているという事実があります。何のために会社があり自分の仕事があるのか、仕事の意味や価値、面白さが語られる前に、とにかく勤務時間を短くしようとか、働く場所の自由度を高めよう、そういう議論だけに終始してしまっている。そのことを私たちは非常に危惧しています」 働き方改革が加速する中で、やりがいが置き去りにされているというわけだ。
特に改善した設問(2019年版→2020年版)

特に低下した設問(2019年版→2020年版)

2020年版の大企業部門(従業員数1000名以上)で1位に輝いたのは、セールスフォース・ドットコム。2019年版に続き、2年連続の1位という結果になった。2位にディスコ、3位にシスコシステムズと続く。中規模部門(従業員数100〜999名)の1位はコンカー。小規模部門1位はスタメンだ。
ランキング全体はこちら。



働きやすさもやりがいも両立している、ランキング上位に名前が挙がる企業について、岡元社長は共通点をこう語る。
「経営者の方に話を聞く機会も多いですが、上位の会社には共通している点が二つあると見ています。一つは、ミッション・ビジョンの浸透。会社のミッションやビジョンを社内で浸透させたり語り継いだりする仕組みや機会が整っていること。もう一つが採用です。採用のときにカルチャーにフィットした人を見極める。そこに大きなコストを、お金という意味でも時間という意味でも投資しているのです」
働く側にとって、働きがいが高いのが理想的であるのはもちろんだが、企業にとって、そこまでコストを払ってでも、働きがいを高めるメリットは何だろうか。第一に、働きがいと企業の業績の間に、密接な関係がある、と岡元社長は説明する。
「働きがいが高いと認定された会社(ベストカンパニー)の株価は、そうでない会社の株価、あるいはTOPIXや日経平均といった主要な株価指数の平均と比べても、株価のリターンが高いという結果が見られました。また、売上高の伸び率でも、ベストカンパニーの売上高の伸び率の方が有意に高いという結果が出ています。もちろん、業績がいいから働きがいがあるという関係もあるとは思いますが、やはり働きがいを高めることで、会社としての底力がつき、景気変動等があったとしても市場から支持されるような強い会社作りができる、そういう証拠ではないかと思います。企業にとって、人以上に大事なことはありません」
2つ目は、従業員のエンゲージメントが高まり、人材が定着するというメリットだ。
「経営において今、何よりも大きなチャレンジが人材の採用です。いかに優秀な人材に気持ちよく働いてもらうか。人材にフォーカスしている会社であり続けたいという思いを推進する上で、その評価の仕組みとしてGreat Place to Workの調査に参加してきました」
そう話すのはランキング1位に選ばれたセールスフォース・ドットコムの小出伸一会長。同社は6年連続でランキングに選出されている常連企業でもある。
全従業員が就業時間1%を社会貢献活動に

同社では、働きがいを高めるために、一体どんな取り組みをしているのだろうか。効果があった施策は、と聞くとこんな答えが返ってきた。
「奇をてらった施策には効果はないと私は思っています。これをやったら逆転ホームランが打てるという調査ではありません。本当に地味な、日々の取り組みが全て。1位になったのも、日々経営陣が自ら行動することや、社員へ浸透させる取り組み、そういった地道な努力の積み重ねの結果でしかないと思っています」
例えば従業員全員が就業時間の1%を社会貢献活動に充てている。各従業員の取り組みは会社のクラウドですべて管理され、できていない場合は叱責するのではなくその理由をヒアリングし、サポートする。そして良い営業成績を収めた人を表彰するのと同様に、年間を通じて最も社会貢献に取り組んだ人のことも表彰する。
これはほんの一例だが、こうしたさまざまな取り組みが、確実に達成されるように、可視化され、仕組みとなって組み込まれているのだ。
経営陣の本気度を、社員は見ている

「経営陣が大上段に構えて『働き方改革だ』と言っても、社員はついてきません。例えばこのボトル。私を含め、役員全員がマイボトルを使っています。ペットボトルのものを飲みながら、サステナビリティやSDGsを語っても、社員から信頼は得られません。役員自らが、ペットボトルじゃなくて自分のボトルにお茶を入れて経営会議に出る。そういう姿を社員が見たときに、この会社は本気なんだ、と伝わるのだと思います」
継続して参加している理由については、こう説明する。
「一回だけ参加して終わり、では意味がありません。毎年参加して、毎年どれだけ我々が改善してきたか、社員やマーケットから評価されているか、見続けなければいけない。風通しが悪ければ改善点も見えにくい。透明性があることも重要です」
1位になることよりも、従業員の働きがいを高めることを常に会社の経営課題として捉え、会社が真摯に向き合って取り組むことが重要だと小出会長は言う。
経営陣が発信を続け、社員が「自分ごと」として考える機会が増えることで、ミッションやビジョンが浸透する。そしてそれは会社の「カルチャー」となる。岡元社長が説明する。
「カルチャーは、日々の一人ひとりの一挙手一投足で成り立っています。どういう発言をし、どういう行動をとるか。みなさんが持っている価値観そのもの。そして一度できあがったカルチャーは、良くも悪くも、そんなに簡単には変わりません」
ランキング上位企業の顔ぶれが例年さほど変わらないのも、確固たるカルチャーを持っているからに他ならない。
仕事に「意味づけ」する力を、一人ひとりが持とう

ところで、働きがいを作るのは経営者や管理職だけの役割だろうか。 岡元社長は、働く一人ひとりが働きがいを高めるためにできることがある、と提案する。それは「自分の仕事の意味を棚卸ししてみること」。
「自分の会社が社会から何を期待され、何のために存在をしているのか。そして、自分の組織や仕事がそのどこに関与しているのか。自分で改めて考えてみたり、同僚や先輩、あるいは上司と語ってみることを自分から提案するのもいいと思います。上司世代は、そういうことをお酒が入らない場で真剣に語ることに慣れていませんが、若い人は、仕事の意味づけや仕事の価値をすごく重視しています。不満や不安をためてしまう前に、お互いに一歩踏み込んで話してみてはどうでしょうか」
この仕事に何の意味があるか分からない、と愚痴を言う前に、自分でも仕事に「意味付け」をする努力を行う。それができれば、どんな仕事にも意欲的に取り組むことができて、伸びていくのだと言う。
ランキング調査への参加企業は年々増え、2020年は過去最高の499社が参加したという。
「ランキングや調査に参加するのは、経営者にとっては勇気のいることです。働きがいがある会社を目指すと宣言したのに、ランキングに入らなかったらどうしようとか、社員から思ってもいない結果や声がでてきたらどうしようとか、いろんなことが頭をよぎるわけです。それでも客観的に自社の現状を見てみようと、ランキングや調査に参加される。それだけでまず勇気がある素晴らしいことだと思います。そういう経営者の本気の姿勢を見て、うちの会社はこういうことを大事にして、改善しようとしているんだな、と従業員の側も期待を持てる。ランキングや調査に参加することは、会社として意思表明し社員と同じ方向性を共有するという点で、たとえランキングに入らなかったとしても大きな意味があるのではないかと思います」
“働き方”改革から、“働きがい”改革へ。企業にとっても働く側にとっても、お互いにハッピーな最適解がそこにはある。