緊急事態宣言の発令から1カ月が経ち、これまでにない規模で在宅ワーク導入が進んでいる。「ポストコロナ」の働き方はこれからどうなっていくのだろうか?
30社を超える企業で産業医を務め、多くの社員のメンタルヘルスと向き合ってきた大室正志氏は「リモートワーク(テレワーク)が与える長期的な影響は考えられている以上に大きい」と指摘する。
「働き方・尾崎豊」が増えている

リモートワークの導入が進み、「多くの仕事はオンラインで代替・効率化できる」との声も大きくなってきている。こうした状況を大室氏は「働き方・尾崎豊現象」と名付ける。
「尾崎豊が『この支配からの卒業!』と歌ったように、職場での飲み会などの余計なコミュニケーションが減った、もう成果だけで評価される時代だ、と、自由を謳歌している人が多くなったようにも見えます」
一方で、すでにコロナ鬱・コロナ不安という言葉も生まれているように、対面でのコミュニケーションが取れないことによる職場のメンタル不安の問題も、大室氏は指摘する。
日本では終身雇用・年功序列を前提に勤務地や職務内容を限定しない「メンバーシップ型」雇用が長く根付いてきた。長時間を共にすることで組織への貢献心を高めるこうした企業にとって、リモートワークが与える長期的な影響は考えられている以上に大きいのではないか、という。
実際、職場への主体的な貢献意欲を指す「エンゲージメント」の数値はコロナ前後で低下傾向にあるというデータもすでにある。
パーソルプロセス&テクノロジーが2019年12月から2020年3月にかけて実施した調査によると、テレワークの長期継続によって「チームワーク」と「組織への共感」のスコアが低下する傾向があるとの結果が出た。
「オンライン朝礼」で絆や気合いは表せる?

リモートワークで同僚の顔が見えない中、どうやって社員のモチベーションや職場のエンゲージメントを高めていけば良いのか。その対策として「1on1型」と「朝礼型」という2通りがあると大室氏はいう。
まず、リモートワークでお互いの状況がわかりづらくなっている現在、1on1ミーティング(上司と部下が定期的に行う1対1のミーティング)の重要性が増している。
もともとはシリコンバレーで始まり、日本でも喫煙所や飲み会の代わりになるとして注目されてきた「1on1ミーティング」。
「コロナ禍の現在では、仕事の進捗だけでなく、部下が何に悩んだり不安に感じているかを知る時間としても有効です」(大室氏)
一方で先述したように、終身雇用・年功序列が前提の「メンバーシップ型」雇用が長らく根付いてきた日本企業は、社員同士で同じ時間を長く共有することで互いの結束を高める文化があり、その文化は「1on1」では代替しづらいのではないか、と同氏は指摘する。
「忘年会でよさこいを踊ったり社員総会でラーメンを作ったりといった活動は仕事には直接関係がありませんが、日本では職場での『絆』を表すイベントとして重要視されてきました」(大室氏)
「絆や気合い」をオンラインでどう演出するか、が日本企業にとって今後重要になってくる、と大室氏は予測する。オンライン版の「絆や気合い」代替手段として、例えば「全社Zoom朝礼」をしている企業もある、と同氏はいう。
「他にチーム内での一体感や高揚感を共有するため『Zoomではビデオ必須』『リアクションを3割増で大きくする』『手を叩いて笑う』など、独自のZoomルールを設けているベンチャー企業もあるようです」(大室氏)
コロナ禍は「働き方の規制緩和」だ
絆や気合いをオンラインで共有する「日本型リモートワーク」のあり方がコロナ以降は模索されていく。難しそうにも思える一方で、文化を輸入しながら日本型に改変することは日本のお家芸だ、とも大室氏はいう。
「芥川龍之介が小説『神々の微笑』で描いたように、日本文化の力は外来の思想や文化を取り入れた時にそれを『造り変える』力。和魂洋才という言葉もありますが、これから日本型リモートワークの独自のかたちが生まれて来るのではないでしょうか」
コロナ禍は職場に「働き方」の大きな変革をもたらした。大室氏はそれを「働き方の規制緩和だ」と形容し、個人ができることとして「人生のポートフォリオの組み替え」をアドバイスする。
「かつて、資産はゆうちょ銀行に預けておけば安全、と思われていましたが、金融の規制緩和が起こって、外貨預金や株式投資などに資産を分散しないと危ない、と言われるようになりました。同じように、これからは『時間』の分散投資が必要になっていくと思われます。会社だけに時間やアイデンティティを預けておくことがリスクだと考えられるようになっていくでしょう」
(文・西山里緒)