昆布漁は「朝が早く、重労働」とマイナス印象 若者の流出、高齢化‥押し寄せる後継者不足

昆布の未来は 産地の異変

水揚げした昆布は洗浄して乾燥場に移し、ひとつひとつ丁寧につるして干す=北海道函館市(こんぶ土居提供)
水揚げした昆布は洗浄して乾燥場に移し、ひとつひとつ丁寧につるして干す=北海道函館市(こんぶ土居提供)

漁業者の後継者不足は、国内の昆布漁を支える北海道も無縁ではない。大阪で愛用される真(ま)昆布の産地、函館市は10年後に漁師の数がほぼ半減すると見込んでいる。若者の人口流出と高齢化が進む。地元や昆布店など関係者は、昆布漁の活性化を目指した地道な取り組みを続ける。

高齢化の加速

いまだ寒風吹きすさぶ3月上旬の早朝、函館市南茅部地域。川井英親さん(38)と父親の靖之さん(70)が、沖合にある真昆布の養殖場に出港した。1~3月は促成養殖の間引きの季節。昆布の大きさや厚みなどに影響し、夏場の収穫に向け欠かせない作業だ。

「冬場、海の上は風が強く、水にぬれた手がさらされると冷たくてたまらない。吹雪の日は凍えそうになる」。英親さんは話す。船に積んだストーブで沸かした湯で手を温めながら、長い時には夕方まで間引き作業が続く。

乾燥させた真昆布をのしたり切りそろえたりして製品化する=北海道函館市(こんぶ土居提供)
乾燥させた真昆布をのしたり切りそろえたりして製品化する=北海道函館市(こんぶ土居提供)

6月半ばから始まる収穫作業は家族総出だ。午前3時ごろから、前日に港まで運んできた昆布を洗い場で洗浄、乾燥室に干す。その後、新たな昆布の収穫のため出港し、夕方ごろに作業が終了。収穫期が終わるお盆までの約50日間、天候にかかわらず休みはない。

「養殖も結構、重労働なんです。そういうのも漁師離れにつながっているのかも」。漁師歴約50年の靖之さんは話す。

南茅部の漁業従事者は20年前から右肩下がりで、南かやべ漁業協同組合の組合員数は約3割減。また、60歳以上が約53%(令和4年度)と高齢化も進む。函館市が昨春発表した調査では、市内の漁業者の7割強が「後継者はいない」と回答した。

放置の乾燥施設も

水揚げから出荷まで一連の作業が必要な昆布。漁期が終わった後も昆布をのしたり切りそろえたりと製品化の作業が続く。乾燥施設など設備のほか人手も必要だが、家族経営が一般的だ。漁協関係者によると、規模にもよるが乾燥関連の設備整備で800万~1千万円かかる。

「(初期投資を回収するまで)最初の10年くらいは安定しない仕事。お金がついてこないと若い人たちも困る」と家族で昆布漁を営む女性(57)は話す。

促成養殖の昆布。ロープに付着させて育てる。収穫まで間引きなどこまめな作業が必要だ=北海道函館市(こんぶ土居提供)
促成養殖の昆布。ロープに付着させて育てる。収穫まで間引きなどこまめな作業が必要だ=北海道函館市(こんぶ土居提供)

女性の息子は漁業関係の仕事を目指していたが、決まった休日もほしいとしてあきらめたという。

南かやべ漁協の中村正俊専務理事は「今の時代、市中心部の高校や各地の大学に進学し東京や札幌、函館市内に就職する。親も無理に継がせない。サラリーマンへの憧れでしょう」と話す。

地域では、後継者がいないまま放置された乾燥施設も出始めた。施設を壊すにも大きな資金が必要だ。前出の女性は「施設を再利用し、会社をつくるなどして運営したら事業が安定するのでは」と考える。

道内の他の産地では、季節労働者など外部から受け入れた人材が定着し、そのまま漁師になった例もあるという。中村さんは「見習い期間を置き、信頼関係を築くなどして受け入れも考えたい」としている。今後も模索が続く。

分野を超えて

ふたを開けると、湯気と一緒にふわっとだしの香りが立ち上がった。具のホタテと調和した滋味深さ。東京の料理店「てのしま」店主の林亮平さんによる、天然真昆布の一番だしを使った煮物椀(わん)が配られると、会場内の空気が華やいだ。

今年1月、函館市内で昆布の生産・流通関係者や料理人、研究者らが集い、真昆布の魅力を幅広く伝えようというイベントが開かれた。昆布に関わる人たちが分野を超え一堂に会するのは珍しい試みだ。

パネリストで参加した老舗昆布店「こんぶ土居」(大阪市中央区)店主の土居純一さん(49)は「そこはかとなくおいしい煮物椀は、昆布がある日本人にしか作れない。うまみの強さと上品さが両立した真昆布の優位性を知ってほしい」と語った。女性の生産者らは「私たちの昆布に価値があると言ってもらえて誇りに思う」「若い人たちにこういう勉強の場を増やしてもらえたら」などと話した。

函館市で開かれた真昆布の魅力を伝えるイベント。生産・流通関係者や料理人、研究者などが集まった=1月(北村博子撮影)
函館市で開かれた真昆布の魅力を伝えるイベント。生産・流通関係者や料理人、研究者などが集まった=1月(北村博子撮影)

魚介藻類養殖を核とした持続可能な水産・海洋都市の構築を-。函館市は「函館マリカルチャープロジェクト」と題した取り組みを進めている。真昆布の完全養殖技術を確立し生産から加工まで一貫させる新しいビジネスモデルや、若者の雇用創出の仕組みなどを構想する。

俳優の大泉洋さんの兄でもある大泉潤市長は「大阪の人は真昆布に愛着を持ってくれている。和食が世界的に注目を集める中、日本のだし文化は特別な価値を発揮していける」と意気込む。

現在は促成養殖が大半だが、土居さんは天然に品質の近い2年養殖も増やしたいと考えている。「どうしてもほしいとお願いすると挑戦してくれる漁師さんもいる。消費者の要望を伝えることは大事だと思います」

冒頭に登場した川井英親さん。地元を離れて東京で就職したが、Uターンして本格的に漁師を始めてから10年ほどになる。川井さんの地区では一昨年、久しぶりに天然昆布漁が行われた。「天然は価値があるし値もいいので気持ちが上がる。同世代の漁師とも『なくしたら絶対ダメだね』と話をしています」と意欲的だ。「日本の食文化を守る仕事をしているという誇りはある」

さまざまな人たちの地道で静かな熱意が、次の昆布を支えていく。(北村博子)

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