人を熱中させるゲームに学ぶ、部下のやる気を高めるメカニズム
サマリー:従業員のモチベーションを高めるにはどうすればよいか。これは多くのリーダーが抱える悩みだろう。そこで、人がゲームに熱中するという現象に注目し、どのようにその熱中をつくり出すかを研究するハーバード・ビジネ... もっと見るス・スクール(HBS)助教授の天野友道氏に、ゲームに熱中するメカニズムを組織マネジメントへ応用する方法を聞く。(構成:『DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー』編集部 渡辺真衣) 閉じる

人を熱中させるゲームの条件

編集部(以下色文字):天野先生は人がゲームに熱中する現象を題材に、どのように熱中をつくり出すのか、そこから新しい商品やイノベーションをどう生み出すのかについて研究していらっしゃいます。人がゲームに熱中するのはどんなメカニズムが働く時でしょうか。

天野(以下略):私は、人がゲームに熱中する時、彼らが何のインセンティブ(動機付け)に反応しているかを研究しています。特に、ユーザーがゲーム内で課金する動機を知るために、経済学的なモデルを使って、彼らがゲームをどのようにプレーしているのかに注目しています。

 そもそも人がゲームをプレーする際には、前提として「このゲームはプレーする価値があるものだ」という認識が必要です。そして、その消費行動は、ゲームの難易度によって変化するものだということが研究から明らかになっています。

 消費者の観点からすると、たとえばゲームが簡単すぎる、または難しすぎる場合には、当然プレーする必要がなく、課金をする必要もないという判断になります。ちょうどよい難しさである時に、そのゲームに時間を費やしてスキルを育成し、チャレンジする価値が見出され、課金も合理的だと思うようになるのです。つまり、ちょうどよい難易度のゲームには、戦略性が生まれるからだといえます。こうしたことから、ゲームにプレーする価値があると感じてもらうには、難易度のバランスがとても重要になります。

「ゴール」と「ステップ」を明確にせよ

 ゲームに熱中するメカニズムは、どうすれば従業員の仕事に対するモチベーションの維持に応用できますか。

 ゲームはゴールが見えやすく、また、そこにたどり着くまでのステップが明確です。その見えやすさ、わかりやすさが人をゲームに熱中させる要素になります。スキルを伸ばしたいとか、最後のステージまで到達したいとか、ボスキャラを倒したいなど、ユーザーがそのゴールに対して何か意味を見出すことが重要です。そして、そのゴールへ到達するためのステップがわかりやすくつくられていると、投資したくなるのです。つまり、スキルアップが必要であれば時間を投資したくなりますし、アイテムが必要であれば課金したい気持ちが高まります。

 一方、組織に所属する従業員の場合、ゴールが一つではありません。人によって異なるものですし、組織の構造としてゴールのようなものが見えづらいこともあります。また、会社側がそれを従業員に対してクリアに提示できていない可能性もあるでしょう。

 さらに、もしゴールが明確にあったとしても、そこに到達するまでにどのようなステップを踏むべきなのかが、見えにくい場合があるかもしれません。すでに述べたように、これはゲームにおいては明確に提示されているもので、それぞれのステップをうまく乗り越えれば、ゴールにたどり着くことがわかっています。組織としてこのステップを見えやすく、わかりやすくすることで、モチベーションを高めることは可能だと思います。

 このために、ゴールにたどり着くまでの道筋の要素分解をしておくことが重要です。組織においては、運で決まることや、個人の努力だけではどうしようもない部分が数多くあると思いますし、物事のタイミングや経済全体の動向などの影響も受けるはずです。このような環境の中で、少なくとも、スキルや時間を投じれば必ず伸びるところ、そうではないところを要素分解して、確実なものと不確実なものを分けるのは、ステップを明確にするために重要です。

 従業員全員が会社の利益最大化をゴールにしているわけではありませんし、必ずみんなが昇進したいわけでもありません。それでも、何かしらのゴールがなければ、誰しも気持ちを込めにくいものです。経営者としては、雇う際にゴールが明確化できている人を選ぶのか、会社としてゴールを与えるのか、あるいは社員によって異なるゴールを与えるのか、解決策を考えることができると思います。

 日常業務において、上司が部下のモチベーションを高めるために何ができますか。

 ゲームの構造では、たとえばステップがレベル1からレベル100まであるとしたら、必ずレベル1からクリアしていかなければなりません。仕事においても何かしらの課題がある時、その課題と最終的なゴールへの結び付きをある程度明らかにしないと、部下は積極的に取り組まないでしょう。ゲームのフレームワークの中で言うと、ゴールへたどり着くためのステップをより有効に進めるために、スキルアップやアイテム購入をするという発想になっていくはずです。この時、スキルアップやアイテム購入は、ゴールへと向かう戦略上の一つの要素のような位置付けになると思います。

 私の研究では、ユーザーがゲーム内でどのように課金しているかを調べています。消費者が過剰にこの機能を使用しているのではないかという懸念があり、消費者を過剰な浪費から保護するための規制を実施すべきだと批判があります。一方ゲーム業界は、課金はゲームの戦略性を高める一機能であり、不可欠な要素だと反発しています。

 研究の対象になったゲームでは、過剰な課金をしているユーザーはごく一部にすぎず、多くのユーザーは合理的に判断をしてゲーム内課金をしていることがわかりました。過剰な課金をしている人に対しては、課金の上限を設けることで、多くの消費者の購買行動を阻害することなく、ある程度問題を解決できます。

 ここでの重要な観点は、ユーザーが合理的な判断に基づいて課金をしているかどうかです。つまり、よりステップアップするために必要なアイテムやスキルを有効な形で購入しているのか、理由なく購入を繰り返しているのかを区別するということです。仕事の文脈においては、部下が考えを持って行動しているか、そうではないかを見分けることは、持続的に彼らが成長していけるかどうかを考える際に重要な要素となります。

 上司は、仕事や課題が目の前に存在していることを、いかに部下に認識してもらうかがポイントだと思います。そして、部下がゴールを見据え、適切なステップを設定できるようにする必要があります。その際、部下が何のインセンティブによって行動しているのか見極め、同時に、部下がその仕事や課題にどう接するかというマインドセットを持てるように促すことが重要だと思います。