賃金格差に対して間違ったアプローチを取っていないか
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サマリー:賃金格差は、社会的緊張や経営上の悩みの種である。特に女性や有色人種が低賃金に甘んじている事例は多いものの、単なる賃上げ提案では不十分な結果となりやすい。そこで本稿では、企業が賃金格差に対処するための構... もっと見る造的な「ペイエクイティ分析」を実施すべきと主張する。 閉じる

男女の賃金格差は20%に達するという試算も

 賃金格差は、社会的緊張と経営上の悩みが、継続的に増大する際の要因である。特定のグループの労働者(たいていは女性か有色人種)が組織全体にわたって、あるいは事業部門内において、体系的に低い賃金に甘んじているという統計的証拠もある。近年、グーグルウォルマートといった大手企業が、同じ仕事や資格の男性よりも賃金を低く抑えられているなどとして、女性から訴えられるケースも相次いでいる。

 またこの数年で、公平な賃金慣行を実施するために積極的なアプローチを取る企業が増えている。2022年には、カリフォルニアやコネチカット、メリーランド、ネバダなど複数の州で、雇用者が求職者(現職の従業員を含む場合もある)に対して、その職の賃金幅や賃金率の情報を伝えることを義務づける法律が採択された。

 この法律が生まれた背景には、数十年来、学術研究や規制当局によって注意が促されてきたにもかかわらず、米国をはじめとする多くの国において、女性の賃金が男性よりも低く抑えられてきた事実がある。ある推定によれば、賃金格差は20%に達する。

 企業はこうした憂慮すべき状況にどう対処できるだろうか。

 よくある対策は、資格や職務の責任を考慮したうえで期待される賃金よりも著しく賃金の低い従業員に焦点を当て、監督責任者に賃金の低さについて説明を求め、妥当であると判断されれば賃上げを提案するというものだ。この方法は直感的に正しく見えるかもしれないが、実際にはうまくいかない。賃金格差は埋まらず、企業の給与構造における賃金の不公平なポイントに対処できず、賃金圧縮(編注:新入社員の給与と社歴の長い社員の給与を比べると、その差が不当に小さかったり、前者のほうが高かったりする現象)を引き起こすことさえある。

 企業が本気で賃金格差に取り組むのであれば、さらによい方法がある。構造的なペイエクイティ(同一価値労働同一賃金の原則)分析である。本稿では、その仕組みを説明したい。

ペイエクイティ分析とは何か

 ペイエクイティ分析とは、資格や経験、職責など、組織の賃金慣行のあらゆる要因を考慮に入れた統計モデルを構築し、そのモデルに基づいて算出した各従業員の期待される(予測される)給与を実際の給与と比較し、その差を算定する分析モデルである。

 考えられる要因をすべて取り込んだうえで、人口統計学的特性(年齢、人種、性別など)と一致する賃金の差が明らかになったなら、賃金格差の問題が存在するということである。その賃金格差は体系的バイアスを反映している可能性があり、企業は訴訟や悪評にさらされるリスクを抱えていることになる。

 最近、筆者らはペイエクイティ分析をよりうまく行う方法を開発した。それは「構造的アプローチ」として『プロダクション・アンド・オペレーションズ・マネジメント』誌に発表した論文のテーマにもなっている。このアプローチは二つの方法で賃金格差を埋めることに注力する。一つは体系的バイアスへの対処であり、もう一つは企業の給与構造において賃金の不公平があるポイントに対処することである。この構造的アプローチは、長年にわたる学術研究の所産であり、多くの企業との交流を通して促進され、情報が提供されてきた。

注:本稿において従業員の「最もよい」賃金、「最も高い」賃金、「最も低い」賃金はそれぞれ、モデルの算出した個人の期待給与(資格、経験、責任などの要因に基づく)と実際の給与との差を指している。

ペイエクイティ分析のサンプル

 下図は、ある架空の企業で小規模な従業員グループを対象にペイエクイティ分析を実施した結果である。ご覧の通り、期待よりも賃金が高い人もいれば低い人もいる。これはよくあることで、リーダーシップや日々のパフォーマンスなど、賃金の決定に影響する特徴のなかには定量化が難しいものがあるからである。

 それでも企業は、特定の従業員グループの賃金が期待賃金よりも高い、あるいは低いという体系的傾向をなくすよう努力すべきである。もしそうした傾向があれば、ペイエクイティ分析の結果から賃金格差が明らかになる。実際、下図のデータは、著しい賃金格差のある企業によく見られる現実を示している。期待よりもはるかによい賃金を得る女性は比較的少数で、多くの女性は賃金が低めに抑えられている。

 賃金格差を発見したら、企業の次のステップはそれを是正することである。しかし、ここで失敗する企業は少なくない。

一部の従業員に焦点を当てても、賃金格差は是正されない

 前述のように、企業は実際の賃金と期待賃金の差が負の方向に最大である従業員に焦点を絞って賃金格差を是正しようとしがちである。そうした従業員の賃金だけを是正することには、3つの重大な欠点がある。

1. 低賃金グループの賃金圧縮を引き起こす。最も高い賃金の従業員と最も低い賃金の従業員との差が小さくなりすぎて、インセンティブを損なう。低賃金の従業員の給与が圧縮されると、パフォーマンスなどが高く、その分高い賃金を要求できるはずの従業員の賃金を差別化することが難しくなる。

2. 賃金格差が存在するポイントに対処していない。体系的バイアスに対処するためには、企業の給与構造がどのように賃金格差を生み出しているかを調査する必要がある。

3. 必ずしも賃金格差を埋めるとは限らない(格差を縮めることはある)。 期待賃金よりも著しく賃金の低い女性の給与を上げるだけでは、男女の賃金を公平にするのに十分ではないことがある。あるいは、行きすぎて、男性を低賃金グループにしてしまうこともある。さらに、もし昇給した女性がある年齢や人種に偏っていたならば、昇給が逆に年齢や人種面での賃金格差を生み出す可能性がある。

 次の図には、最も低い賃金の女性の給与を上げることで賃金格差を埋めるという方法の問題点が表れている。給与に最大の負の差があった2人の女性の給与を上げた結果、女性の給与分布は以前よりも圧縮されている。しかし、女性の賃金がやや低くなるか非常に高くなるかについての相対的な尤度に変化はない。この方法は企業のジェンダーによる賃金格差をわずかに減らしただけに留まり、給与構造において賃金の不公平が存在するポイントに対処していない。