
環境の変化が激しい時代、従来の「計画されたキャリアデザイン」だけでは対応が難しいケースが増えています。
そこで注目されているのが、あえて状況の流れに身を任せながらキャリアを構築する「キャリアドリフト」という考え方です。
本記事では、キャリアドリフトの定義やメリット、キャリアデザインやキャリアアンカーとの違いを解説。
社員の柔軟性を高め、企業の成長につなげる人材育成のポイントをご紹介します。
【1】キャリアドリフトとは
変化の激しい現代において、従業員のキャリア形成を支援する人事担当者や経営層から注目を集めているのが「キャリアドリフト」という概念です。
これは、あらかじめ強固な生涯計画を立てるのではなく、時代の変化や予期せぬ出来事に対して、柔軟に適応しながらキャリアを展開していく考え方を指します。
本セクションでは、その基本的な定義とともに、従来の関連用語との違いを実務的な視点から詳しく解説します。
1-1. キャリアデザインとの違い
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比較項目 |
キャリアデザイン |
キャリアドリフト |
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基本的な考え方 |
将来の目標から逆算して計画的に行動する |
偶然の機会や環境の変化に柔軟に適応する |
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メリット |
進捗管理が容易で迷わずに進むことができる |
予期せぬ環境変化や市場の衰退に強い |
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懸念点 |
計画に固執すると変化への対応が遅れる |
目的意識を失うと単なる流され状態になる |
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人事の支援方法 |
定期的な面談による目標設定と進捗の確認 |
偶発的な経験から学びを得るための省察支援 |
キャリアデザインは、将来の明確な最終目標を設定し、そこから逆算して必要なスキルや経験を計画的に積み上げていく手法を指します。
これに対してキャリアドリフトは、確固たる目標をあえて固定せず、その時々の環境変化や偶然の出会いに応じて柔軟に自身の軌道を修正していく姿勢が特徴です。
どちらか一方が優れているという問題ではなく、不確実性の高い現代の経営環境においては、組織と従業員の状況に応じて両者をバランスよく使い分ける視点が人事戦略において重要となります。
1-2. キャリアアンカーとの違い
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比較項目 |
キャリアアンカー |
キャリアドリフト |
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定義 |
個人の内面にある絶対に変えられない価値観の軸 |
周囲の変化に対して柔軟に適応していく行動のプロセス |
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特徴 |
生涯を通じて不変であり自己理解の土台となる |
状況に応じて役割や職務を変化させる柔軟性を持つ |
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実務での活用 |
自己分析や適性に沿った配置の判断材料にする |
変化への適応力向上や想定外の成長を促す際に用いる |
キャリアアンカーとは、個人がキャリアを選択する際に、どうしても譲れない価値観や欲求、能力を指すものであり、生涯を通じて容易に変化しない軸となるものです。
一方でキャリアドリフトは、周囲の環境変化に応じて行動や職務を柔軟に変えていくプロセスそのものを意味します。
つまり、内面にある強固な軸がキャリアアンカーであり、その軸を維持しながら、外部の環境変化に対してしなやかに適応していく具体的な行動姿勢がキャリアドリフトにあたります。
【2】キャリアドリフトが注目されている理由
近年、多くの企業でキャリアドリフトへの関心が高まっている背景には、従来の日本型雇用システムの変容やビジネスモデルの短寿命化があります。
あらかじめ決められたキャリアパスを歩むだけでは、急激な市場の変化に対応できなくなるリスクが生じるためです。
2-1. 働き方の変化に対応していくため
終身雇用や年功序列が崩壊しつつある現代では、企業が従業員の生涯にわたるキャリアを完全に保障することは困難になっています。
また、技術革新やグローバル化に伴い、昨日までの主力事業が明日には縮小するという事態も珍しくありません。
このような激しい環境変化の中で生き残るためには、従業員一人ひとりが変化を恐れず、その時々の要請に応じて自身の役割を柔軟に変容させていくキャリアドリフトの姿勢が強く求められます。
【3】キャリアドリフトのメリット
従業員がキャリアドリフトの思考を身につけることは、個人だけでなく受け入れる企業側にとっても極めて多くのメリットをもたらします。
計画に縛られない柔軟な姿勢は、組織の硬直化を防ぎ、予期せぬイノベーションを生み出す要因となるためです。
本セクションでは、キャリアドリフトがもたらす実務的なメリットについて、環境適応力とモチベーション維持という二つの側面から詳しく解説します。
3-1. 突然の環境変化に対応できる
ひとつの職務や特定のキャリアプランに固執しすぎないことで、組織改編や市場の急変といった不測の事態に対しても、迅速かつ柔軟に対応できるようになります。
キャリアドリフトを実践している従業員は、想定外の事態を拒絶するのではなく、新しい経験を得る好機として前向きに捉える傾向があります。
これにより、企業としては不確実性の高い事業環境下であっても、組織のレジリエンスを高め、機動的な人材配置をおこなうことが可能となります。
3-2. 自身のモチベーションの維持
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視点 |
メリットの詳細 |
企業実務への影響 |
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環境適応力の向上 |
想定外の異動や事業転換に対しても前向きに適応できる |
組織のレジリエンスが高まり柔軟な配置転換が可能になる |
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モチベーション維持 |
目の前の業務に新しい価値を見出し自律的に挑戦できる |
キャリアの行き詰まりを防ぎ高いエンゲージメントを保つ |
固定化された目標に向かって進むだけでは、計画通りに物事が進まなかった際に行き詰まりを感じ、モチベーションが著しく低下するリスクがあります。
一方で、目の前の仕事や偶然与えられた役割に価値を見出すキャリアドリフトの姿勢があれば、どのような環境下でも新鮮な気持ちで業務に取り組むことができます。
未知の領域に挑戦するプロセス自体を楽しめるようになるため、結果として従業員の自律的な成長と高いエンゲージメントが維持されます。
【4】キャリアドリフトの具体的な例
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事例対象者 |
当初のキャリア・行動 |
偶発的な出来事・環境変化 |
キャリアドリフトの結果 |
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スティーブ・ジョブズ |
大学中退後のカリグラフィー受講 |
マッキントッシュのPC開発 |
美しいフォントを持つ革新的な製品の創出 |
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山中 伸弥 |
整形外科医としての臨床 |
臨床の壁と留学先での研究環境 |
iPS細胞の樹立とノーベル賞受賞 |
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緒方 貞子 |
大学教員・研究者としての活動 |
国連や政府からの偶発的な要請 |
国連難民高等弁務官としての歴史的業績 |
キャリアドリフトの概念を実務へ落とし込むためには、実際にこの手法を体現して大きな成果を残した著名人の足跡をたどることが有効です。
彼らは最初から完璧な計画を持っていたわけではなく、その時々の環境の変化や偶然の好機を捉えてキャリアを展開しました。
本セクションでは、国内外の著名なリーダーたちの具体的な事例を紹介し、組織における人材育成やキャリア形成のヒントを提示します。
4-1. スティーブ・ジョブズ(Apple共同創業者)
アップル社の共同創業者であるスティーブ・ジョブズ氏は、大学中退後に興味本位で受講したカリグラフィーの講義が、後にマッキントッシュの美しいフォント開発につながったと語っています。
これは将来の明確な目標から逆算した行動ではなく、その瞬間の好奇心に従った結果が未来の成功に結びついたキャリアドリフトの典型例です。
人事の視点においては、一見すると現在の業務に関係のない経験であっても、将来的に予期せぬイノベーションの源泉となり得ることを示す重要な事例といえます。
4-2. 山中 伸弥(京都大学iPS細胞研究所 名誉所長)
ノーベル生理学・医学賞を受賞した山中伸弥氏は、当初は整形外科医としてキャリアをスタートさせましたが、技術的な壁や厳しい現実に直面し、研究医への転身を決意しました。
さらに、アメリカ留学時の環境変化や、本来の専門とは異なる分野での発見を契機として、世界的な業績であるiPS細胞の樹立へと至っています。
このように、当初の計画に固執せず、直面した課題や偶然の出会いに応じて自身の専門性を柔軟にシフトさせていく姿勢は、まさにキャリアドリフトの実践そのものであると評価できます。
4-3. 緒方 貞子(元国連難民高等弁務官)
日本人として初めて国連難民高等弁務官を務めた緒方貞子氏は、最初から国際公務員のトップを目指していたわけではなく、大学教員や研究者としてのキャリアを主軸としていました。
しかし、政府代表団への参加や国連からの要請といった外部からの偶発的な期待に対して、自身の役割を柔軟に適合させることで、歴史的なリーダーシップを発揮するに至りました。
予期せぬ役割を提示された際に、能力を限定せずに受け入れる柔軟な姿勢は、現代の従業員がキャリアドリフトを実践するうえでの手本となります。
【5】キャリアドリフトを進める流れ
キャリアドリフトは、単に周囲の環境に流されるだけの状態を意味するものではありません。
自律的な成長につなげるためには、一定のプロセスに沿って戦略的に実践していく必要があります。
本セクションでは、人事担当者が支援すべきポイントとあわせて順序立てて詳しく解説します。
5-1. キャリアの方向性を決める
キャリアドリフトを始める第一ステップは、人生や仕事における大まかな方向性や軸を設定することです。
これはいわゆる詳細な目標設定ではなく、自分が大切にしたい価値観や、どのような社会貢献をしたいかという緩やかな指針を指します。
この軸が定まっていないと、周囲の変化に翻弄されて単に流されるだけの状態に陥ってしまいます。
人事担当者としては、定期的な面談等を通じて従業員が自らの価値観を言語化し、ぶれない羅針盤を持てるようサポートすることが最初の重要な役割となります。
5-2. イベントなどの節目を意識してキャリアデザインをする
大まかな方向性を持って日々の業務に臨む中で、昇進や異動、ライフイベントといった明確な節目が訪れた際には、一時的にキャリアデザインの思考に切り替えることが重要です。
この節目において、これまでに偶然得られた経験やスキルを棚卸しし、今後の進路を再設計します。
キャリアドリフトの過程で蓄積された予期せぬ財産を定期的に整理し、次の行動指針に組み込むことで、偶発的な経験が確固たるキャリアの資産へと昇華されます。
企業側もこの節目を捉えた研修や面談を提供する支援が求められます。
5-3. 変化に身を任せすぎずアクションを起こす
キャリアドリフトの本質は、外部の変化を待ち受けるだけでなく、自ら行動を起こして偶然の機会を創出することにあります。
新しい業務への立候補や、社内外のコミュニティへの参加など、能動的なアクションによって初めて質の高い偶発的な出会いが生まれます。
変化に身を任せつつも、主体性を手放さずに挑戦を続ける姿勢が不可欠です。
人事戦略としては、従業員が心理的安全性を感じながら新しい挑戦や社内公募に手を挙げられるような、挑戦を推奨する組織風土と制度設計をおこなうことが推奨されます。
【6】キャリアドリフトを進めるときの注意点
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発生しうるリスク |
リスクの具体的な内容 |
企業側が講じるべき予防策 |
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単なる現状維持への埋没 |
目的意識を失い日々の業務を漫然とこなす状態になる |
1on1面談を通じて日々の業務から得た学びをリフレクションさせる |
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企業都合のすり替え |
キャリア支援の放棄を正当化する道具にされる |
会社が目指す方向性と育成方針を明確に発信し続ける |
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従業員のエンゲージメント低下 |
自身の将来が見えなくなり不安や不満が募る |
緩やかなキャリアの方向性と現在の業務のつながりを対話で確認する |
キャリアドリフトを組織に導入・推進する際には、いくつか留意すべき点が存在します。
この概念を誤って解釈すると、従業員の成長が停滞したり、組織全体の統制が取れなくなったりするリスクが生じるためです。
キャリアドリフトを推進するうえでの最大の懸念点は、従業員が目標を持たずに、ただ楽な方向へ流されているだけの状態になってしまうことです。
これは本来のキャリアドリフトが目指す変化への柔軟な適応とは異なり、単なる思考の放棄にすぎません。
また、企業側が明確なキャリアパスを提示しないことの言い訳としてこの概念を都合よく利用してしまうと、従業員の不信感を招き、結果として離職率の上昇につながる恐れもあります。
組織と個人の双方が、主体性を持ったうえでの柔軟性であることを共通認識として持つことが不可欠です。
【7】キャリアドリフトに関する書籍
キャリアドリフトの理論や背景にある学術的根拠をより深く学び、実務の施策に落とし込むためには、専門書を通じて知見を広げることが極めて有効です。
偶発性をキャリアに活かすアプローチは、多くの著名な研究者によって論じられており、人事戦略の強力な裏付けとなります。
本セクションでは、キャリアドリフトを理解するうえで外すことのできない代表的な3冊の書籍を厳選し、その要点と実務への活用方法を解説します。
7-1. 『働くひとのためのキャリア・デザイン』
経営学者である金井壽宏氏による本書は、日本におけるキャリアデザインおよびキャリアドリフトの議論において先駆的な1冊です。
キャリアは計画通りに進むことの方が少なく、節目以外はドリフト(流されること)を楽しみながら、変化に柔軟に対応していくことの重要性が説かれています。
人事担当者にとっては、従業員に対して過度に固定的なキャリアプランを強いるのではなく、偶然の経験から学びを得るための具体的なアプローチや、組織内での適切な見守り方を学ぶためのバイブルとして活用できます。
7-2. 『その幸運は偶然ではないんです!』
スタンフォード大学のジョン・D・クランボルツ教授らが著した本書は、キャリアドリフトの理論等支柱である「計画された偶発性理論(プランド・ハプンスタンス・セオリー)」をわかりやすく解説した名著です。
個人のキャリアの多くは予想しない偶然の出来事によって形成されるという前提のもと、その偶然をただ待つのではなく、自ら引き寄せるための行動指針が示されています。
人事が社内研修のカリキュラムを策定する際や、従業員の主体性を引き出すためのマインドセット教育をおこなう際の非常に強力なベースとなります。
7-3. 『クランボルツに学ぶ夢のあきらめ方』
本書は、クランボルツ教授の理論をベースにしながら、変化の激しい時代においてひとつの固定された夢や目標に執着しすぎることの危うさを鋭く指摘している1冊です。
夢をあきらめるという言葉は一見ネガティブですが、それは過去の計画を捨てて新しい現実に適応するという、前向きなキャリアドリフトの姿勢を意味しています。
従業員がキャリアの行き詰まりや挫折感を感じている際、人事がどのように寄り添い、次のステップへと意識を切り替えさせるべきかという面談スキルの向上に直結する知見が凝縮されています。
【8】まとめ
本コラムでは、激変する現代において重要性を増すキャリアドリフトの概要やメリット、具体的な実践プロセスについて解説してきました。
あらかじめ決めた計画に縛られず、偶然の機会を柔軟に取り入れる姿勢は、不確実性の高い時代を生き抜くための強力な武器となります。
人事担当者や経営層のみなさまは、従業員が自律的に成長できるよう、対話重視の伴伴走型支援と挑戦を促す環境の整備をぜひ進めてみてください。


