「採用後のミスマッチを防ぎたい」「採用前に候補者の経歴を確認したい」と思った経験のある人事担当者は多いのではないでしょうか?
人材の流動化が進み、個人のライフプランに応じた転職が当たり前になりつつある今、採用候補者の経歴を知るための「バックグラウンドチェック(採用調査)」を行う企業が増えています。
「バックグラウンドチェック」という言葉を耳にしたことがあっても、具体的な内容や調査の流れをイメージできない人は多いかもしれません。バックグラウンドチェックは、ポイントを押さえて実施しなければ法律に抵触する場合があるので注意が必要です。
今回は、バックグラウンドチェックの概要から、実施の際の注意点、リファレンスチェックとの違いを解説します。
バックグラウンドチェックとは?
「バックグラウンドチェック」とは、企業が採用選考を行う際、候補者の過去の経歴を調べる調査のことです。「雇用調査」あるいは「採用調査」とも呼ばれる調査で、経歴詐称や犯罪歴の有無を確認する際に行います。
日本企業にとってはまだ馴染みのないバックグラウンドチェックですが、海外では珍しいことではありません。アメリカ合衆国では9割以上の企業が採用調査を実施しており、日本でも外資系企業を中心に導入が進んでいます。
調査手法はいくつかありますが、
- 第三者機関に調査を委託
- 候補者本人に証拠書類の提出を求める
- 自社で調査を実施する
といった方法が挙げられます。
バックグラウンドチェックを実施すると、企業にとってマイナスイメージになりかねない人材の採用を予防できるほか、採用の公平性を保つことができます。
リファレンスチェックとの違い
バックグラウンドチェックとよく似た言葉に「リファレンスチェック」があります。
リファレンスチェックは採用候補者を対象とした調査のことで、バックグラウンドチェックの一種とされています。
実施目的 | 調査内容 | |
---|---|---|
バックグラウンドチェック | 採用すべきではない人材の見極め | 学歴、職歴、勤務態度、反社チェック、破産歴、民事訴訟歴、インターネットメディア調査 |
リファレンスチェック | 企業と候補者の相性を確認する |
一緒に働いたことのある第三者(同僚や上司)からの客観的な評価 ※業務実績、勤務態度、人柄、強み等 |
バックグラウンドチェックは、候補者が企業に不利益を与えるリスクがないか確認する意味合いが強く、マイナス要素を重視して調査します。
一方、リファレンスチェックはマイナス要素だけではなくプラス要素も含め、実際に候補者本人を知る人からの評価を調査します。
両者は明確に区別されているわけではなく、バックグラウンドチェックとして前職での勤務状況をヒアリングするケースもあります。名称にこだわらず、実施目的に合わせて柔軟に調査内容を検討するとよいでしょう。
バックグラウンドチェックの目的
バックグラウンドチェックは、どのような目的で実施されているのでしょうか。2つの目的を紹介します。
採用のリスクを減らすため
バックグラウンドチェックにより、会社に不利益をもたらすリスクのある人の採用を避けられます。
海外では、バックグラウンドチェックを行わなかった場合に生じた損害や事故の責任は、従業員ではなく企業にあるとされています。
例えば、過去の経歴を知らずに採用した従業員が、過去に犯した犯罪を繰り返したとき、バックグラウンドチェックをしなかった企業の責任が問われるのです。
これは、企業のブランドイメージの低下につながりかねません。過去の犯罪歴や前職でのトラブルの内容を採用前に確認しておけば、採用後に同様の犯罪やトラブルが発生することを予防できるでしょう。
公平な採用を行うため
採用活動をするにあたって、採用候補者に履歴書や職務経歴書など、選考書類の提出を求める企業が多いのではないでしょうか。
選考書類は、候補者本人が記入する場合がほとんどなので、経歴詐称や虚偽の内容の記入が容易にできてしまいます。書類上だけでなく面接においても、候補者にとって不都合な内容は隠し、採用に有利になるように誇張して受け答えができるでしょう。
一部候補者による虚偽や隠蔽、誇張があると、採用の公平性に欠けます。バックグラウンドチェックでは虚偽の内容がないか確認して、公平性を担保できるのです。
バックグラウンドチェックが注目されている理由
日本でバックグラウンドチェックが注目されている背景には、2つの理由があります。
コンプライアンス強化
コンプライアンスは「法令遵守」を意味する言葉ですが、昨今は社会規範や社会道徳にのっとった行動を取ることを指します。
近年、SNSなどの普及によって、企業や個人の行動が世間に拡散されやすくなっています。その中で、一部の問題社員やモンスター社員による問題行動が、企業のイメージやブランド力に悪影響をおよぼすケースが増え、企業はコンプライアンス強化に取り組む必要性にせまられています。
さらに注意すべきは、採用した人材が反社会的勢力とつながりがあった場合でしょう。日本政府は反社会的勢力に対する厳しい罰則や法律を定めています。
知らずに反社会的勢力に利益を与えて罰則の対象とならないため、「反社チェック」を実施してコンプライアンスの強化に取り組む企業は少なくありません。
採用強化
IT技術の発展や働き方改革によって、企業のDX化が急速に進んでいます。DX化にともなって、デジタル人材の確保が急務となった企業は多いでしょう。しかし、デジタル人材の需要は高く、企業間で争奪戦となっているのが現状です。
終身雇用制度が一般的だった時代から転職が一般的な時代に変化している昨今、企業が優秀な人材を長期間確保する重要性は高いといえるでしょう。
企業に必要な人材を見極め、厳しい採用競争に打ち勝つために、バックグラウンドチェックを実施する企業が増えているのです。
バックグラウンドチェックの調査内容
バックグラウンドチェックの調査内容は、企業によって異なります。実施目的に合わせて調査項目を検討することが大切です。
多くの企業で行われている調査内容を紹介します。
経歴
学歴と職歴を調査する項目です。
学歴の調査項目としては、
- 出身校への入学年度
- 出身校の卒業年度
- 専攻科目
- 学位
などが挙げられます。
学歴の調査は、候補者本人に卒業証明書を提出してもらう場合が多いでしょう。
職歴の調査項目としては、
- 過去に就業した企業名
- 過去に就業した企業での入退社日
- 雇用形態
などがあります。
職歴の調査では、履歴書や職務経歴書の内容に間違いがないか確認します。調査は過去の就業先に電話で確認するケースが多いでしょう。
勤務状況
中途採用者のバックグラウンドチェックを行う場合は、過去の勤務先での勤務態度や実績を確認するとよいでしょう。
前職の上司や同僚へ、電話やオンラインアンケートで確認することで、面接だけではわからない人柄や素養をはかることができます。
反社チェック
採用候補者と反社会的勢力とのつながりがないか確認します。
調査方法は、メディア情報を調べるほか、反社チェックサービスを利用する方法があります。
登記情報
土地や建物に関しての所在や面積、所有者、権利関係などが記載されている登記簿を確認します。登記情報は誰でも閲覧できるため、調査の手間がかかりません。
登記簿を確認してみると、採用候補者本人が所有する不動産が差し押さえの対象になっている場合があります。
犯罪歴
日本ではプライバシーの観点から犯罪歴は非公開とされています。調査時も必要以上に調査せず、業務上問題になる犯罪歴があるかに絞って確認するとよいでしょう。
犯罪歴の調査は、インターネットやSNS、新聞といった各種メディアを調べる方法が一般的です。
民事訴訟歴
「損害賠償請求された」など、過去にトラブルが起きていないかを確認します。
裁判の判決記録は、最高裁判所での記録以外は確認が難しいため、バックグラウンドチェックを行うときは新聞やインターネットニュースを調べる方法が多いでしょう。
調査を外部企業に委託する場合は、調査会社独自のデータベースを参照するケースもあります。
自己破産歴
自己破産した経験があるか確認します。
日本の機関紙である「官報」には、
- 自己破産した人の氏名
- 自己破産した人の住所
- 手続きの開始決定年月日
- 手続きをした裁判所
が掲載されます。
官報はインターネット上でも公開されているため、確認しやすい調査項目です。
インターネット・SNS調査
インターネットやSNS上で、採用候補者がトラブルを起こした経験がないか確認します。候補者本人のSNSからは、面接では見せない素の性格や交友関係を知れるでしょう。
社会人として不適切な発言や行為をしていた場合は、採用後のリスクが高くなります。
バックグラウンドチェックの流れ
バックグラウンドチェックを行おうとしても、具体的な流れがわからないと実施に踏み切れないかもしれません。
一般的なバックグラウンドチェックの流れを解説します。
採用候補者から同意を得る
バックグラウンドチェックで取得する情報は採用候補者の個人情報です。取得する情報や調査方法によっては、個人情報保護法に抵触する可能性があるので注意が必要です。
法律遵守の観点から、バックグラウンドチェックを実施する前に採用候補者の同意を得るようにしましょう。候補者の同意を得る際は、実施目的や調査方法を説明した上で、書面で合意を得ると安心です。
調査会社に依頼する
外部に調査を委託する場合、採用候補者のバックグラウンドチェックを調査会社や専用のオンラインサービスに依頼します。
ノウハウや知識を持った調査会社に依頼することで、過不足がなく正確な調査結果が得られるでしょう。ただし、調査内容や方法によって、候補者一人あたり2〜6万円程度の費用がかかります。
外部に調査を依頼する場合でも、調査項目は採用する企業側が選択できます。調査会社とのミーティングを通して詳細を決める必要がありますが、調査に自社のリソースを割かなくて済むのがメリットです。
調査実施と結果報告
バックグラウンドチェック実施前に決めた調査項目に基づいて、調査を実施します。調査会社に依頼した場合は、事前にすり合わせた調査項目に沿って調査が行われます。
調査終了後には結果報告を受けましょう。結果はレポートにまとめられ、調査会社によっては、会社独自のノウハウや観点から補足情報が追加されるときがあります。
オンラインサービスを利用する場合は、指定した項目に関する簡潔でわかりやすい調査結果が期待できます。
調査結果は採用候補者には共有せず、基本的に企業のみが検討材料として確認するのが一般的です。
バックグラウンドチェックの注意点
バックグラウンドチェックを行うこと自体は違法ではありません。しかし、個人情報にかかわる調査なので、個人情報保護法をはじめとする法律の取り扱いに注意しなければなりません。
バックグラウンドチェックを行う際の注意点を3つ解説します。
実施前に必ず本人の同意を得ること
採用候補者本人の同意を得ずにバックグラウンドチェックを実施してはなりません。個人情報保護法において、「要配慮個人情報」の取り扱いは特に配慮が必要だと定められているからです。
「要配慮個人情報」に含まれるのは、以下の情報です。
- 人種
- 信条
- 社会的身分
- 病歴
- 犯罪歴
- 犯罪により害を被った事実
これらの項目について、対象者本人に対する不当な差別や偏見、不利益が生じないような配慮が必要です。
本人の同意を得ずに調査を実施すると、法律に抵触するおそれがあります。調査実施前に必ず本人の同意を得るようにしましょう。
調査結果をもとにした内定取り消しは原則NG
バックグラウンドチェックの結果をもとに、一度出した内定を取り消すことは原則できません。
企業が内定を出した時点で、候補者との労働契約を結んだとみなされるため、「労働契約法」の遵守が求められます。労働契約法では、合理的な理由がない限り企業は従業員を解雇できないと定められています。
解雇権の濫用にあたるとして違法になる可能性があるため、バックグラウンドチェックの結果をもとに内定を取り消すのは避けましょう。
ただし、調査の結果、候補者の経歴詐称が発覚するといった理由があれば内定取り消しが違法とならないケースもあります。
内定取り消しは候補者とのトラブルに発展しやすいので、バックグラウンドチェックは内定を出す前に実施しておくと安心です。
採用選考と無関係の情報まで取得してはいけない
候補者本人の人種や信条など、採用に関係のない情報を取得すると、「職業安定法」に抵触するおそれがあります。
職業安定法では、企業は求職者の個人情報を収集して保管または使用する場合、本人の同意がない限り、業務遂行に必要な範囲内で情報を扱うように規定されています。
バックグラウンドチェック調査会社の選び方
バックグラウンドチェックを受託する調査会社は複数あり、調査内容や費用によって会社ごとに特徴があります。
自社の希望に沿った調査を実施するためには、調査会社選びが重要です。バックグラウンドチェック調査会社の選び方を解説します。
調査範囲
調査会社によって対応可能な調査項目が異なるため、自社の実施目的や取得したい情報に合わせて調査会社を選びましょう。
一般的に対応可能な調査項目としては、
- 学歴
- 職歴
- 前職での勤務態度
- 前職の退職理由
- 社内トラブルの有無
- 犯罪歴
- 反社会的勢力とのつながりの有無
が挙げられます。
調査会社によっては対応していない項目があるため、依頼する前に自社で調査したい項目を明確にしておくと会社選びがスムーズに進みます。
健全性
調査会社は複数ありますが、中にはコンプライアンスを徹底していない会社があります。個人情報の扱いや調査方法が法律遵守できていないと、調査会社はもちろん、委託した企業側の責任を問われる場合があるので注意が必要です。
調査会社の健全性を確認し、信頼できる会社を選ぶように心がけましょう。
調査期間
バックグラウンドチェックを完了するまでに必要な調査期間は、調査方法や調査項目数、調査会社ごとに異なります。
調査会社に依頼してから調査結果の報告を受け取るまでにかかる期間は、3日〜1週間程度となるケースが多いでしょう。
必要日数を確認し、自社の採用スケジュールと照らし合わせながら調査会社を選ぶことをおすすめします。
信頼性
せっかく調査を依頼するなら、「実績があり独自のノウハウを蓄積している会社に依頼したい」と考えるのではないでしょうか。
調査会社の信頼性は、会社選定において重要なポイントです。情報セキュリティや法律に関する知識を持ち、独自のノウハウがあるか確認して調査会社を選ぶとよいでしょう。
料金体形
調査対象や方法、項目によって、バックグラウンドチェックにかかる費用はさまざまです。調査会社によって料金設定が異なるため、費用対効果を踏まえて会社を選定しましょう。
通常、聞き込みやアンケートの実施、独自のデータベースを活用する調査項目では、調査費用が高額になる傾向があります。
バックグラウンドチェックの費用相場は2~6万円程度
バックグラウンドチェックにかかる費用は、調査会社や調査項目、方法により異なりますが、1週間の調査期間で基本的な調査を行うなら2〜6万円が相場です。
重要ポストの採用候補者を対象とする場合、調査項目が増えることがあるため、5〜10万円ほど必要になります。
調査会社に依頼するなら、複数社の見積もりを取ってから比較検討することをおすすめします。
コストを抑えるなら自社で行う方法もあり
バックグラウンドチェックは調査会社に依頼する方法が一般的ですが、費用面がネックになり複数人に実施するのは難しいかもしれません。コストを抑えるなら、自社でバックグラウンドチェックを実施してもよいでしょう。
自社で実施するときは、以下の流れで行います。
- 候補者への説明を行い同意を得る
- 証明書類(卒業証書など)の提出を求める
- 調査の実施(過去の勤務先へのヒアリングなど)
調査にあたっては、個人情報保護法や職業安定法に抵触しないように細心の注意を払う必要があります。
自社で調査すると、専門的なノウハウやデータがないために思うように情報が集められない可能性があります。その他、選考スピードの低下や担当者のタスクが増えるといった懸念点があるため、自社で調査する際は社内の負担にならないように留意するとよいでしょう。