有給休暇の取得率が極めて低い日本では、国を挙げて有給休暇の取得推進に取り組んでいます。
とはいえ、なかなか有給休暇の取得率が上がらない企業も多いでしょう。
時間単位年休は時間単位で有給休暇を取得できる柔軟性のある制度のため、有給休暇の取得率向上につながると期待されています。
そこでこの記事では、時間単位年休の概要や導入するメリット・デメリットについて詳しく解説いたします。
導入手順や注意点についてもご紹介しますので、ぜひご覧ください。
本記事で紹介している内容については、法令の変更などで情報が変わることがあります。
厚生労働省のホームページ等もあわせてご確認ください。
▼厚生労働省
時間単位年休とは
時間単位年休とは「1時間」「2時間」など、時間単位で有給休暇を取得できる制度です。
通常、有給休暇は1日もしくは半日単位で取得しますが、こうした画一的な制度の運用は有給休暇の取得を抑制することにもつながります。
そこで有給休暇消化率向上を目的として、2010年4月施行の改正労働基準法により「時間単位の有給休暇」が導入されました。
この制度を利用すれば必要な時間分だけ有給休暇が取れるため、労働者の事情に合わせた柔軟な活用がしやすくなりました。
なお、時間単位年休の導入には、就業規則への規定や労使協定の締結が必要です。
時間単位年休の上限は5日
「労働者にまとまった休暇を与える」という有給休暇本来の目的から逸脱しないよう、時間単位年休は、年間5日が上限と定められています。
5日を超えて取得した分については、通常通り1日もしくは半日単位で有給休暇を取得することになります。
有給休暇の残日数や残時間数が翌年度に繰り越されていても、5日を超えて取得することはできません。
時間単位年休の導入は任意
時間単位年休の導入は任意です。
もちろん、導入企業の労働者が時間単位年休を取得していなくても、罰則を受けることはありません。
時間単位年休を導入するメリット
時間単位年休の導入は、企業と労働者双方にとって様々なメリットをもたらします。
企業側のメリット
まずは時間単位年休を導入する企業側のメリットから見ていきましょう。
有給休暇の取得率がアップする
引用:エクスペディアジャパン「有給休暇取得率4年連続最下位に!有給休暇国際比較調査2019」
エクスペディアの行った有給休暇国際比較調査によると、他国の有給休暇取得率が軒並み7割を超えているのに対し、日本は19カ国中で最も低い5割に留まっています。
休みを取らない理由として
「緊急時のため」
「人手不足」
「仕事する気がないと思われたくない」
がランクインしていることからも、有給休暇取得に抵抗を感じている人が多いことは明らかです。
時間単位年休であれば「2時間だけ」「3時間だけ」など、柔軟に有給休暇を取得できるため、通常の有給休暇よりも抵抗なく取れるようになるでしょう。
時間単位年休は、年5日の有給休暇取得義務に算入できるわけではありませんが、有給休暇を取得できる風土が醸成されれば、有給休暇の取得率向上につながります。
企業イメージの向上
時間単位年休の導入をアピールすると「ワークライフバランスに取り組む企業」というイメージを与えられるため、企業イメージの向上につながります。
企業イメージが向上すれば業績アップを期待できますし、求職者へのアピールにもなるので採用活動にも良い影響を与えられるでしょう。
時間単位年休を導入している企業はそれほど多くないため、他社との差別化を図れます。
従業員エンゲージメントの向上
時間単位年休を導入すると、労働者は都合に合わせて有給休暇を取得できるようになるため、仕事とプライベートを両立しやすくなります。
働きやすい環境を提供できれば、必然的に従業員エンゲージメントも高まるため、離職率の低下につながります。
労働者側のメリット
つづいて、時間単位年休の導入による労働者側のメリットについてご紹介します。
有給休暇取得の利便性が高まる
通常の有給休暇では、子どもの授業参観や役所の手続き、通院など、数時間で済む用事であっても1日もしくは半日単位で休みを取らなければなりません。
一方、時間単位年休を導入すれば、労働者は必要な時間だけ有給休暇を取得できます。
貴重な有給休暇を無駄なく効率的に使えるため、労働者にとって非常に利便性の高い制度です。
有給休暇取得のハードルが下がる
本来、有給休暇は労働者の権利ですが、人手不足などの理由で1日や半日単位での有給休暇取得が難しい場合もあるでしょう。
時間単位年休は時間単位で有給休暇を取得できるため、多忙な職場であっても取得しやすくなります。
子育てや親の介護を行う従業員にとっては、家庭の事情に対応しやすくなるので、特に喜ばれるでしょう。
時間単位年休を導入するデメリット
では、時間単位年休を導入するデメリットについてご紹介します。
企業側のデメリット
時間単位年休の導入を検討するためにも、デメリットは把握しておきましょう。
有給休暇の管理が煩雑になる
時間単位年休導入のデメリットは、管理の煩雑さです。
時間単位年休を導入する場合、企業は「日数単位」での管理に加え、「時間単位」でも管理する必要があるため、これまでよりも管理は複雑になります。
従業員との不要なトラブルを避けて、業務効率化を図るためにも、勤怠管理システムなどを導入する必要があるでしょう。
有給休暇の本来の目的が疎かになる
そもそも有給休暇は、労働者にまとまった日数の休暇を与える制度なので、時間単位年休では十分に休養を取れない可能性があります。
有給休暇本来の趣旨を把握した上で、時間単位年休を運用する必要があるため、通常の有給休暇の取得推進にも積極的に取り組みましょう。
時季変更権が認められにくくなる
時季変更権とは、有給休暇の取得によって正常な事業運営を妨げる場合、取得時季の変更を求める権利のことです。
時間単位年休にも時季変更権は認められています。
しかし、1日や半日単位での有給休暇取得よりも、業務に与える影響は少なく済むため、変更の必要性を合理的に説明できないケースが増えるでしょう。
また、時季変更権では
「1日単位での取得請求を時間単位に変更」
「時間単位の取得請求を1日単位に変更」
のような、単位の変更を認めていません。
労働者側のデメリット
労働者側の主なデメリットは、有給休暇の残数を把握しづらくなる点です。
1時間単位で有給休暇を取得できるのは大きなメリットですが、
「有給休暇が何日残っているのか」
「時間単位年休を取得できる時間数はどれくらい残っているのか」
が把握しづらくなります。
あらかじめ、時間単位年休の管理方法や運用ルールを決めておき、従業員に周知徹底しましょう。
時間単位年休の導入手順
時間単位年休を導入するには、就業規則や労使協定の締結が必要です。
ここでは、時間単位年休の導入手順についてご紹介します。
就業規則
まずは就業規則に「年次有給休暇の時間単位での付与」について記載する必要があります。
【就業規則への記載例】
(年次有給休暇の時間単位での付与)
第23条 労働者代表との書面による協定に基づき、前条の年次有給休暇の日数のうち、1年について5日の範囲で次により時間単位の年次有給休暇(以下「時間単位年休」という。)を付与する。
(1)時間単位年休付与の対象者は、すべての労働者とする。
(2)時間単位年休を取得する場合の、1日の年次有給休暇に相当する時間数は、以下のとおりとする。
① 所定労働時間が5 時間を超え6 時間以下の者…6 時間
② 所定労働時間が6 時間を超え7 時間以下の者…7 時間
③ 所定労働時間が7 時間を超え8 時間以下の者…8 時間
(3)時間単位年休は1時間単位で付与する。
(4)本条の時間単位年休に支払われる賃金額は、所定労働時間労働した場合に支払われる通常の賃金の1時間当たりの額に、取得した時間単位年休の時間数を乗じた額とする。
(5)上記以外の事項については、前条の年次有給休暇と同様とする。
引用:厚生労働省「モデル就業規則」
労使協定締結
就業規則を変更したら、労働者の過半数から成る労働組合または、労働者の過半数を代表する者と、労使協定を締結します。
なお、労働基準監督署に労使協定を届け出る必要はありません。
労使協定で定める項目は、
- 時間単位年休の対象者の範囲
- 時間単位年休の日数
- 時間単位年休1日分の時間数
- 1時間以外の時間を単位として与える場合の時間数
の4点です。
1.時間単位年休の対象者の範囲
時間単位年休の対象労働者の範囲を定める必要があります。
一部の従業員を対象から外せるのは、「事業の正常な運営を妨げる場合のみ」のため、「育児を行う労働者」など、利用目的で範囲を定めることはできません。
2.時間単位年休の日数
時間単位年休の上限である「年間5日」の範囲内で、取得可能な日数を定めます。
前述のとおり、前年度から繰り越された有給があっても、時間単位年休で取得できるのは1年で5日までです。
ただし、「繰り越しがない場合は最大3日、繰り越しがある場合は最大5日」など、年間5日の範囲内でルールを定めることは問題ありません。
3.時間単位年休1日分の時間数
1日分の有給休暇が、何時間分の時間単位年休に相当するのかを定めましょう。
対象労働者の所定労働時間が「1日7.5時間」のように、1時間に満たない時間数がある場合、労働者の不利にならないよう時間単位に切り上げて計算します。
例えば、1日7.5時間の労働者に5日の時間単位年休を付与する場合は、「8時間×5日=40時間」となります。
なお、日によって所定労働時間が異なる場合は、1年間における1日の平均所定労働時間をもとに設定してください。
4.1時間以外の時間を単位として与える場合の時間数
1時間以外の単位で付与する場合、「2時間」「3時間」などと明確に指定します。
ただし、1日の所定労働時間数未満に設定する必要があるため、「1日の所定労働時間: 7.5時間/時間単位年休:8時間」といった単位は認められません。
賃金の計算方法
有給休暇を取得した労働者には賃金を支払う必要があります。
有給休暇取得中の賃金算出は、
- 所定労働時間労働した場合に支払われる通常の賃金
- 平均賃金
- 標準報酬日額
のいずれかの方法が認められています。
時間単位年休の1時間分の賃金額=「1~3のいずれか」÷「当日の所定労働時間数」
どの方法を用いても構いませんが、1時間単位年休で支払う賃金計算方法は、就業規則に明示する必要があります。
また、原則的な計算方法は1または2なので、3の方法を採用する場合は労使協定を締結しなければなりません。
1. 所定労働時間労働した場合に支払われる通常の賃金
有給休暇を取得しても、通常勤務と同じ額の賃金を支払う方法です。
事務処理が簡略化されるため、大多数の企業がこの方法を採用しています。
具体的には、
時給…時給×所定労働時間
日給…そのまま
週給…週給÷その週の所定労働日数
月給…月給÷その月の所定労働日数
のように、賃金の支給方法によって計算方法が変わります。
例えば、週4日の勤務で週給4万円の場合「4万円÷4日=1万円」が、有給休暇1日当たりの支給賃金です。
2.平均賃金
平均賃金は、「直近3カ月で支払った賃金の総額÷その暦日数(休日を含む)」で算出した額です。
例えば、12月に有給休暇を取得する場合、9月~11月の3カ月(歴日数91日)が対象となります。
3カ月の賃金総額が91万円とすると、「91万円÷91日=1万円」が、有給休暇1日当たりの支給賃金です。
平均賃金は休日も計算に含まれるため、1の方法よりも従業員に支払う賃金が少なくなることがあります。
従業員のモチベーション低下を招く可能性があるため、注意が必要です。
3.標準報酬日額
健康保険料を決定する際に用いる「標準報酬月額」をもとに「標準報酬日額」を算出する方法です。
標準報酬日額は「標準報酬月額÷30」で算出されます。
ただし、標準報酬月額には上限額があるため、稀に他の方法よりも有給休暇中の賃金が少なくなることもあります。
時間単位年休の注意点
最後に、時間単位年休の注意点についてご紹介します。
時間単位年休を使って中抜けはできる
中抜けとは、就業時間中に時間単位の短い休暇を取り、再び就業に戻ることです。
事業の正常な運営を妨げる場合の時季変更は認められていますが、
- 時間単位年休を取得できない時間帯を定めておくこと
- 所定労働時間の中途に取得することを制限すること
- 1日に取得できる時間数や回数を制限すること
については、認められていません。
つまり、「中抜けの禁止」自体を禁じているため、労働者から要望があった際は応じる必要があります。
時間単位年休の繰り越しは可能
時間単位年休の繰り越しは可能です。
ただし、前年度から繰り越した分があっても、取得できるのは年5日までと決められています。
なお、1日未満の有給休暇が残った場合、「そのまま繰り越す」もしくは「1日単位に切り上げて付与」することも可能です。
どちらの方法で運用するのかは、事前に決めておきましょう。
半休との併用は可能
「半日単位での有給休暇」と「時間単位での有給休暇」の併用も可能です。
両者は別の制度なので、半休を取得したからといって、時間単位年休における取得可能な時間数が減ることはありません。
計画年休は不可
計画年休とは、労使協定の締結により、労働者の有給休暇取得日をあらかじめ決められる制度のことです。
時間単位年休は労働者が請求した場合に付与するものなので、計画的付与として時間単位年休を与えることは認められません。
時季変更権が認められる場合がある
正常な事業運営を妨げる場合、時季変更権の行使が認められます。
しかし、時間単位年休は短い時間での有給休暇取得になるので、1日や半日単位での有給よりもハードルは高いです。
なお、労働者の請求した取得単位を変更することはできません。
どうしても時間単位年休で時季変更権を行使したい場合は、従業員から請求された時間数は変えずに、日にちや時間帯の変更を要求する程度であれば、認められる可能性はあります。
時間単位年休の導入でワークライフバランスを実現
時間単位年休で、必要に応じた分だけ有給休暇を取得できるようになれば、子育てや介護を行う従業員も仕事と両立しやすくなります。
有給休暇取得のハードルも低くなるため、これまでよりも気軽に取れるようになるでしょう。
有給休暇を取得する風土が醸成されれば、有給休暇の消化率向上にもつながるはずです。
ただし、管理が煩雑になるため、勤怠管理システムの導入なども合わせて検討しましょう。