業務上の理由で傷病を負い休業することになった従業員には、療養費を支払うことになりますが、あまりにも長期にわたる場合、「打切補償」が認められています。
人事・労務担当者は、療養費の打ち切りや解雇制限が適用除外される条件について、正確に把握しておきましょう。
この記事では、打切補償の概要や適用できる条件、ルール、労災保険給付の種類についてご紹介します。
打切補償とは
打切補償とは、業務上のケガや病気で休業中の従業員が、治療開始後3年経過しても治療が完了しない場合、平均賃金の1200日分を支払うことにより療養費などの補償を打ち切ることができる制度です。
労働基準法第75条では、「労働者が業務上で負傷または疾病にかかった場合、使用者は療養にかかる費用を負担しなければならない」と定められています。
とはいえ、療養期間が長くなれば、その分企業が負担する療養費は大きくなり、経営も圧迫してしまうでしょう。
そのため、労働者の利益を守りつつ企業の負担を軽減するために、労働基準法第81条で打切補償による補償義務の免除が定められています。
なお、労働基準法第19条1項では業務上のケガや病気の療養を目的とした休業期間と、その後30日間の解雇は禁じられているものの、打切補償を支払った場合、解雇制限も適用除外となります。
つまり、打切補償では「療養費の補償打ち切り」と「解雇制限の解除」が認められているのです。
平均賃金1200日分の打切補償金額の計算方法
平均賃金とは、従業員が休業する直前の賃金締め日からさかのぼって3か月間に支払われた給与の総額(ボーナスなどは含まない)を、その期間の総日数で割った金額です。
この金額に、1200をかけた金額が打切補償金額となります。
打切補償金額=平均賃金(休業前3か月間の賃金総額÷期間中の総日数)×1200
たとえば、2019年4月1日から病気療養により休業し、同年1月~3月までに支払われた賃金の総額が各月45万円だった場合、
「135万円(45万円+45万円+45万円)÷90日(31日+28日+31日)=15,000円」
「15,000円(平均賃金)×1200日=1,800万円」
が打切補償金額です。
打切補償を行える要件
打切補償を行うには、
- 業務のケガや病気で治療中の従業員であること
- 使用者の費用負担で治療していること
- 治療開始から3年経過しても治療が終わらないこと
のすべてを満たす必要があります。
なお、打切補償の支払いによって解雇する場合、上記に加えて「平均賃金の1200日分の支払い」もしくは「傷病補償年金の支払い」も行わなくてはなりません。
業務のケガや病気で治療中の従業員であること
打切補償は、業務上のケガや病気で治療中の従業員を対象としています。
そのため、通勤災害などの業務外で負ったケガ・病気の療養で欠勤が続いている場合、打切補償の対象とはなりません。
また、労働基準法第19条1項で定められている「解雇制限の対象」にも当てはまらないため、一定期間の休業で復職できない場合、打切補償を支払わずに解雇することも可能です。
使用者の費用負担で治療していること
打切補償は、労働基準法第75条第1項がベースとなるため、使用者が従業員の療養費を負担している場合に限り認められます。
したがって、従業員が治療費を自費負担している場合、打切補償は行えません。
ただし、傷病補償年金が支払われている場合は、打切補償を行えます。
治療開始から3年経過しても治療が終わらないこと
打切補償は、治療を開始してから3年が経過していなければ、行えません。
なお、3年以内に治療が完了した場合、当該従業員の復職を検討することになります。
傷病補償年金を支払っていれば打切補償は不要
傷病補償年金とは、療養開始から1年6か月を経過しても、重篤な傷病が治らない場合に支給される年金です。
労働基準法第19条1項により、業務上のケガや病気が原因で休業する労働者に対する、休業期間中およびその後30日間の解雇は認められていません。
しかし、治療開始後3年以上経過した時点で、当該従業員が傷病補償年金の支払いを受けている場合、「企業は打切補償を支払った」とみなされます。
そのため、復職が不可能な場合、使用者は打切補償を支払うことなく、当該従業員を解雇できます。
ただし、傷病補償年金の支給対象となるのは、傷病等級第3級以上の重篤な傷病に対してのみです。
解雇する場合は「打切補償+退職金」
退職金制度を設けている企業が、打切補償の支払いによって従業員を解雇する場合、打切補償とは別に退職金も支払う必要があります。
というのも、退職金は退職者のこれまでの功労に対して支払う金銭であり、ケガや病気療養のために支払われる打切補償とは異なる制度だからです。
もちろん、打切補償で従業員を解雇する際は、通常の解雇同様30日前までに解雇予告をしなくてはなりません。
30日前の解雇予告をしなかった場合、使用者は当該従業員に対して平均賃金の30日分の解雇予告手当を支払う必要があります。
よって、打切補償により従業員を解雇する場合、30日以上前に解雇予告を行うのが良いでしょう。
労災保険給付の種類
最後に、労災保険給付の種類について見ていきましょう。
療養補償給付
療養補償給付とは、業務上または通勤による傷病で療養を必要とする場合に支給される給付金です。
給付の種類は、
療養の給付…労災病院や労災指定病院などで、治癒するまで無料で療養を受けられる
療養の費用の支給…労災病院や労災指定病院以外で療養を受けた場合、療養費用が支給される
の2種類ですが、原則「療養の給付」が適用されます。
治療費や入院費、看護料といった、通常療養に必要な費用が給付に含まれています。
休業補償給付
休業補償給付とは、業務上または通勤による傷病の療養で休業することになった場合、賃金を受けられない日の4日目から支給される給付金です。
休業補償給付では、
- 休業1日につき給付基礎日額の60%
- 給付基礎日額の20%(特別支給金)
の2種類が支給されます。
ただし、業務災害の場合、休業初日から3日間は使用者が休業補償を行わなくてはなりません。
傷病補償年金
傷病補償年金とは、業務上または通勤による傷病の療養が1年6か月を経過しても治癒せず、傷病等級第3級以上に該当する場合に支給される給付金です。
障がいの程度に応じて、給付基礎日額の313日~245日分の年金が、休業補償給付に代わって支給されます。
障害補償給付
障害補償給付とは、傷病は治癒したものの、身体に障害が残ってしまった際に支給される一時金です。
給付金は、
障害等級第1級~第7級…給付基礎日額の313日~131日分
障害等級第8級~第14級…給付基礎日額の503日~56日分
のように、障害等級の程度に応じた給付金が支給されます。
遺族補償給付
遺族補償給付は、業務上または通勤により死亡した従業員の収入によって、生計を維持していた遺族に支払われる給付金で、「遺族年金」と「遺族年金前払一時金」の2種類があります。
遺族年金は、一定の範囲内の遺族を対象とした給付金で、遺族人数に応じて年金給付基礎日額の153日~245日分が支払われます。
遺族年金前払一時金は、年金受給権者がいない場合、給付基礎日額の1000日分を限度として受け取れる一時金です。
葬祭料(葬祭給付)
葬祭料は、業務上または通勤により死亡した従業員の葬祭を行った者に、支払われる給付金です。
給付金は「315,000円+給付基礎日額の30日分」もしくは「給付基礎日額の60日分」のいずれか高い方が支給されます。
介護補償給付
介護補償給付とは、傷病補償年金や傷害補償年金を受給し、現に介護を受けている場合に月単位で支給される給付金です。
常時介護の場合、166,950円を上限に介護費用として支出した額が支給されます。
ただし、親族などから介護を受けていて介護費用を支出していない場合または、支出額が72,990円を下回る場合、一律72,990円が支給されます。
随時介護の上限は83,480円です。
親族などからの介護により、介護費用を支出していない場合または、支出額が36,500円を下回る場合、一律36,500円が支給されます。
打切補償は企業と労働者の利害を調整する制度
従業員が業務上の傷病を負った場合、使用者の責任となるため、企業は療養にかかる費用を負担する義務を負います。
しかし、長期の療養費負担は企業に大きな負荷がかかることから、打切補償による「療養費の補償打ち切り」と「解雇制限の解除」が認められています。
ただし、打切補償を行うには、要件をすべて満たさなくてはなりません。
独断で打切補償による解雇を行うと、労使間のトラブルが発生する可能性があるため、必ず法律の専門家などに相談してから実行しましょう。
また、打切補償は労災保険とも深く関係しているため、労災保険給付についてもしっかりと把握しておくことが大切です。