誠実さや真摯さを意味する「インテグリティ」は、経営者やマネジメント層に求められる価値観です。
インテグリティを重視する欧米でよく掲げられていますが、近年、日本企業においても“経営に欠かせない価値観”として注目されています。
健全な企業経営を推進するためにも、インテグリティへの理解を深めましょう。
インテグリティの定義や企業に与えるメリット、役職別の具体的な要素、企業事例についてご紹介しますので、ぜひご覧ください。
インテグリティとは
インテグリティとは、「誠実」「真摯」「高潔」といった意味を持つ概念・価値観です。
欧米の企業では、リーダーやマネジメントに求められる資質として特に重要視されており、経営方針や行動規範にも頻繁に用いられています。
インテグリティの定義
世界一の投資家と謳われるウォーレン・バフェット氏は、「人を雇うときの高潔さ、知性、活力のうち、インテグリティ(高潔さ)を伴わない知性や活力は危険で、他の2つが組織に大損害をもたらす」と主張しています。
また、ピーター・ドラッカー氏も自身の著である『現代の経営』で、「知識や才気があって仕事ができても、インテグリティ(真摯さ)に欠けるものは組織を腐敗させる」と語っています。
両氏の主張から、インテグリティが組織運営に欠かせない要素であることは明らかですが、「高潔さ」や「真摯さ」とは具体的にどういった人物を指すのでしょうか。
実は、ドラッカー氏自身も「インテグリティの定義は難しい」と述べています。
ただし、インテグリティの欠如した人物を例示することで、逆説的に定義づけることは可能です。
ドラッカー氏は、インテグリティの欠如した人物例として、
-
- 人の強みではなく、弱みに焦点を合わせる者
- 冷笑家
- 「何が正しいか」よりも、「だれが正しいか」に関心を持つ者
- 人格よりも頭脳を重視する者
- 有能な部下を恐れる者
- 自らの仕事に高い基準を定めない者
を挙げています。
コンプライアンスとの違い
コンプライアンスとは、法令遵守だけでなく、社会的な規範に則って公平・公正に企業活動を行うことです。
社会や組織から求められる「他律的な規範」のため、“法令や規範に抵触しない”という消極的・受動的なニュアンスを持ちます。
こうした消極的・受動的な動機では「バレなければOK」「抵触しなければ何をしても良い」といった考えを律することはできません。
インテグリティもコンプライアンスと同じ意味合いを持ちますが、自分自身の内面にベクトルが向いているため「自律的な規範」です。
例えば、インテグリティを重要視している三井物産グループの行動指針では、判断に迷ったとき、「誇りを持てるか」「人はどう思うか」「企業倫理や社会規範に沿っているか」を問いかけるよう定めています。
三井物産の行動指針からも、インテグリティが内省によって“率先して法令遵守や社会的責任を果たす”という自発的なニュアンスを持っていることが分かります。
インテグリティの意識を高めることで、抜け穴のような考えはしなくなるため、コンプライアンス遵守の精神が育まれるのです。
なぜインテグリティが注目されているのか
ウォーレン・バフェット氏やピーター・ドラッカー氏は、強い言葉でインテグリティ欠如の危険性について語っています。
ではなぜ、インテグリティは重要なのか注目されている理由を見ていきましょう。
行き過ぎた成果主義による不祥事の多発
日本独自の雇用慣行の維持が困難になった1990年代以降、年功序列から成果主義への移行に伴い企業による不祥事が増加しました。
成果主義自体は悪いことではありません。
しかし、成果主義が行き過ぎると利益アップのプレッシャーが強まったり、自分の評価を上げたりするために、損得勘定で動く従業員が増えます。
実際、目先の利益を優先するあまり、粉飾決済やパワハラ行為、不正融資といった企業の不祥事が多発していました。
SNSの発達した現代では、不祥事や問題行動がすぐに拡散されてしまうため、企業はこれまで以上に不祥事を起こさない仕組みをつくらなければなりません。
そのため、法令順守だけでなく、社会的責任や倫理観を持って活動するインテグリティが注目されるようになったのです。
健全な企業経営を推進するため
健全な企業経営を推進するには、インテグリティが欠かせません。
リーダーやマネジメント層が率先してインテグリティにもとづいた行動を取ると、組織全体のインテグリティに対する意識が高まります。
ミスの隠蔽や不正が発生するリスクが下がり、不正をしない・させない風土が醸成されるため、健全な企業経営が実現します。
社会的信用も高まるため、企業の持続的な成長にはインテグリティを高く持った企業活動が必要不可欠です。
インテグリティの与えるメリット
インテグリティは健全な企業経営に欠かせない重要な要素です。
では、インテグリティは具体的にどういったメリットを与えるのか、見ていきましょう。
コンプライアンス遵守
従業員は、企業理念や行動指針にもとづいて行動します。
そのため、経営者がインテグリティを持ち、率先してコンプライアンスを遵守することで、従業員を含めた組織全体の意識を高められます。
従業員一人ひとりが誠実に行動することで、コンプライアンス遵守の風土が醸成されるため、結果的に組織全体でのインテグリティが高まるでしょう。
企業イメージや社会的信用の向上
インテグリティは、“率先して法令遵守や社会的責任を果たす”という積極性があるため、企業・従業員による不正や不祥事、問題行動を起こすリスクが低下します。
そのため、コンプライアンスを遵守しつつ、社会貢献する企業として高い評価を得られます。
経営リスクの低さから資金調達しやすくなりますし、ブランディング効果による業績向上も期待できるでしょう。
また他社との差別化にもつながるため、理念や価値観に共感したインテグリティの高い優秀な人材も集まりやすくなります。
顧客との信頼関係構築
インテグリティを持ち合わせていれば、目先の利益や保身に走ることはありません。
相手にとって不利益や不快となる振る舞いはせず、相手の視点に立った誠実な行動を取るため、顧客との信頼関係が構築されやすくなります。
生産性の向上
自律的な規範であるインテグリティには、主体的な意見や自発的な行動が求められるためインテグリティへの意識が高い従業員ほど、企業に貢献するべく積極的に行動します。
こうした従業員の考えや行動は、周囲にも好影響を与えるため、業務効率や生産性の向上につながります。
インテグリティは企業経営に必要不可欠
インテグリティが欠如していると、目先の利益や保身に走りやすくなるため、不正や不祥事といった行動を取るリスクが高いです。
バフェット氏やドラッカー氏が述べている通り、組織の腐敗や大損害を招くため、企業経営にはインテグリティが欠かせません。
インテグリティ・マネジメントとは
インテグリティ・マネジメントとは、法令や規範の遵守はもちろん、社会的責任と企業倫理の実行を目指す広義のコンプライアンス経営です。
ピーター・ドラッカー氏は、「部下は上司の無知や無能さ、頼りなさ、不作法などのことは許容できても、インテグリティ(真摯さ)の欠如だけは許さない」と提言しています。
では、経営層やマネジメント層には具体的にどういったインテグリティが求められるのでしょうか。
経営者が持つべきインテグリティ
経営者が持つべきインテグリティの要素は、
- 法令遵守や倫理基準への意識を高く持ち、利益を求める
- 正義感を持って公正に判断する
- 相手の人格を尊重する
- 非利己的な動機を持つ
などです。
企業価値を高めるには、不正や不祥事を起こさないのはもちろん、社会貢献につながる企業活動が欠かせません。
こうした要素を持つ経営者は、顧客や従業員、投資家といったステークホルダーへの公平性を考えて意思決定するため、社会的な信用を得られます。
マネジメント層が持つべきインテグリティ
マネジメント層が持つべきインテグリティの要素は、
- 誠実に部下と向き合う
- 部下に仕事を丸投げせず、率先して動く
- 部下だけでなく、自分のスキルアップにも注力する
などが挙げられます。
ドラッカー氏の言葉にもあるように、部下との信頼関係構築には真摯さや誠実さが必要不可欠です。
部下からの相談や仕事への取り組みに真摯さが感じられれば、良好な関係を築けるでしょう。
また、インテグリティを兼ね備えた上司の行動は部下の模範となるため、部下のインテグリティ育成にもつながります。
人事が持つべきインテグリティ
人事が持つべきインテグリティの要素は、
- 公平かつ公正な評価で採用選考を行う
- 多様性に対応できる公平性のある制度をつくる
- 私情に流されず、すべての従業員を公平な視点で評価する
などです。
人事は“ヒト”に関わる仕事を行うため、公平・公正さを求められます。
公平・公正さを欠いた人事活動は、ダイバーシティの阻害や従業員エンゲージメントの低下といった、様々な悪影響を及ぼします。
人事は数ある職種の中でも、特にインテグリティが求められる仕事であることを理解しておきましょう。
従業員が持つべきインテグリティ
従業員が持つべきインテグリティの要素は、
- きちんと報連相をする
- 自分の知識やスキルをチームメンバーへ積極的に共有する
- 周囲に気を配り、積極的にサポートする
などが挙げられます。
インテグリティを欠いた従業員は、自らの利益や保身を優先するため、ミスの隠蔽や不正を行うリスクが高いです。
インテグリティの重要性を伝えた上で、報連相の徹底や知識・スキルの共有を呼びかけ、助け合いの文化を育みましょう。
インテグリティを持つ人材の採用・育成のポイント
インテグリティを持つ従業員を増やすために知っておきたい、採用・育成のポイントについてご紹介します。
採用のポイント
インテグリティは後天的に身につけるのは難しいため、インテグリティを持つ人材を採用することが重要です。
とはいえ、目に見えるものではないので、外見や応募書類からは見極められません。
応募者のインテグリティを判断するには、面接や面談の質問で確認するのが適切です。
例えば、
- 売上目標が足りない場合、どのような行動を取りますか?
- 上司に理不尽な命令をされたら、あなたならどうしますか?
などの質問をすると、インテグリティの有無を見極めやすくなります。
育成のポイント
従業員自身がインテグリティの重要性や必要性を理解していなければ、インテグリティの育成や浸透は難しいでしょう。
そのため、インテグリティのある人材を育成するには、インテグリティの必要性や自社がインテグリティを重要視していることを伝えることが重要です。
企業理念や行動指針にインテグリティを取り入れて、従業員の意識変容を促しましょう。
また、マネジメント層が率先してインテグリティにもとづいた行動を取ると、適切な振る舞いを学べるため、組織全体に浸透しやすくなります。
社内報やイントラネットなどで、インテグリティある行動を紹介するのも効果的でしょう。
インテグリティに取り組む企業事例
欧米で特に重要視されるインテグリティですが、日本でも大手企業を中心として積極的に取り組む企業が増えています。
ここでは、各企業のインテグリティへの取り組みをご紹介します。
伊藤忠グループ
「ITOCHU Mission(使命)」と「ITOCHU Values(価値観)」を企業理念に掲げる伊藤忠グループでは、企業としての存在意義や役割を提示することで、方向性を明確に示しています。
伊藤忠グループ企業行動基準として、
- 先見性…私は、より良い未来を作るために、周囲の意欲を高めて一緒に前身しているか?
- 誠実…私は、その仕事に自分がかかわっていると胸を張って言えるか?
- 多様性…私は、最高の成果を生み出すために、様々な人の多様な視点や能力を活かしているか?
- 情熱…私は、責任感を持って熱い思いで取り組んでいるか?
- 挑戦・・・・私は、積極的に新しいことに取り組んだり、新しい発想で解決を試みているか?
の5つが挙げられており、従業員一人ひとりが基準に沿った行動をすることで企業理念が成り立つ仕組みです。
このように、伊藤忠グループでは、従業員が自分の行動を内省できるよう明確な行動基準を設けて、インテグリティの浸透を促しています。
花王グループ
花王グループでは、持続可能な社会づくりへの取り組みをまとめた冊子「花王サステナビリティ」を作成・公開しています。
「すべての従業員に平等な職場環境を提供することが重要だ」と宣言しており、教育やコンプライアンス関連の通報・相談など様々な取り組みが行われています。
環境への取り組みなど社会貢献だけでなく、法令遵守や高い倫理観に則った誠実な事業活動のアピールがブランディングにつながり、さらなるインテグリティ実施に効果を発揮している例です。
AGCグループ
AGCグループでは、企業理念である“Look Beyond”を構成する価値観にインテグリティ(誠実)を提示しています。
具体的には「高い倫理観にもとづいた透明で公正な関係の構築」や「法令・規制の遵守」などが盛り込まれています。
新卒採用サイトでは、求める人物像の要素としてインテグリティ「他者から学び、誠実な行動により、信頼してもらえる人財」を挙げていることからも、インテグリティを重要視していることは明らかです。
企業理念と求める人物像にインテグリティを盛り込むことで、インテグリティの促進が図られています。
インテグリティで健全な経営
インテグリティの欠如は、不祥事などの問題を引き起こします。
SNSが発達した現代では、従業員の問題行動や不祥事は瞬く間に拡散されていくため、真摯さや誠実さといったインテグリティが欠かせません。
法令遵守や高い倫理観を持った事業活動で社会に貢献していけば、企業イメージや社会的信用の向上につながります。
とはいえ、インテグリティはすぐに身につくものではありません。
まずは、企業理念や行動指針とリンクさせ、経営者やマネジメント層が率先して行動しましょう。