近年、顧客が企業の従業員に嫌がらせをする「カスタマーハラスメント(カスハラ)」が増加し、社会問題となっています。
カスハラは、対応した従業員に多大なストレスを与えたり、企業イメージを悪化させたりと様々な悪影響を及ぼすため、企業はしっかりと対応することが重要です。
この記事では、カスハラの例を含めた概要や増加した背景、企業に及ぼす影響についてご紹介します。
カスハラの対策やカスハラでのNG行動についてもまとめていますので、ぜひご覧ください。
カスタマーハラスメントとは
カスタマーハラスメント(カスハラ)とは、優位な立場を利用して顧客などが悪質なクレームや過剰な要求を行う迷惑行為です。
簡単に言うと、顧客が従業員に行ういじめや嫌がらせ行為を指します。
例えば、「些細なミスに対して店員に土下座を求める」「逆らえない立場を利用してセクハラまがいの言動や行動を行う」「暴言を吐く」などです。
カスハラは、対応した従業員に大きなストレスを与えるため、放置すると離職や精神疾患、ひどい場合は自殺につながることもあります。
安全配慮義務の問題に発展する可能性もあるため、企業はしっかりと対策を取ることが重要です。
2018年3月には、厚生労働省「職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会報告書」に「顧客や取引先からの迷惑行為」が加えられたことからも、カスハラが深刻な状況にあると言えるでしょう。
クレームとの違い
クレームは顧客や取引先が提供者の至らない点を指摘するもので、製品やサービス向上のヒントになることも多いです。
商品交換や追加サービスの提供などを求められることもあります。
一方、カスタマーハラスメントは理不尽な要求や嫌がらせ行為を指し、良好性のあるものではありません。
とはいえ、両者を明確に区別することは難しいでしょう。
カスハラとの類似性を指摘されているパワハラの判断基準は、
- 職場内における優位性を利用している
- 業務の適正な範囲を超えている
- 著しく精神的苦痛を与えるまたは、職場環境を害する行為
です。
このことから、
- 提供者側の落ち度を伝えるのに必要な苦情か
- 苦情を伝える方法は相当な範囲内か
の2点がカスハラの判断基準と言えるでしょう。
つまり、提供者側に明らかな落ち度があっても、それを理由に長時間従業員を拘束したり、暴言を吐いたりするのはカスハラと判断されます。
カスタマーハラスメントが増加した背景
引用:UA ゼンセン「悪質クレーム対策(迷惑行為) アンケート調査分析結果」
2017年に実施したUAゼンセンの調査によると、約7割の人が「業務中に来店客からの迷惑行為に遭遇したことがある」と回答しています。
また、約半数の人は迷惑行為が増加していると回答していることから、カスハラが社会問題化していることは明らかです。
ではなぜ、カスハラは増加傾向にあるのでしょうか。
消費者の地位向上
古くから顧客至上主義が根づいている日本では、「お客様が上で店員は下の立場」という感覚を持つ人が少なくありません。
中には、「下の立場にある店員には何を言っても、どんな態度で接しても良い」と考える人もいます。
加えて、製造物責任法(PL 法)の施行や消費者基本法の改正、消費者庁の設立といった消費者保護の環境が整備されたことで、消費者の立場はより強くなりました。
消費者の地位が向上したことで権利意識が高まったため、過剰な要求や暴言などのカスハラを行う人が増えたと考えられます。
「クーリングオフを悪用して返品・交換を強要された」「消費者庁に訴えると暴言を吐かれた」などのカスハラもよく耳にします。
過剰なサービス
日本のサービスは海外から賞賛されるほど、高い品質を誇ります。
しかし、企業間競争でサービスの質が高まるにつれ、値段以上の価値を持つ過剰とも言えるサービスが増えてきました。
その結果、消費者のサービスに対する基準値は高まり続け、少しでも意に反する対応をされると騒ぎ立てたり、過度な要求をしたりするカスハラ行為が増加しました。
SNSなどの普及
従来は、固定電話からお客様相談室に電話をかけたり、直接店舗へ足を運んだりして苦情を伝えるしかありませんでした。
しかし、スマートフォンやインターネット、SNSが普及し企業のフリーダイヤル化が進んだことで、苦情や不満を伝えるハードルは格段に低くなりました。
このように、カッとなったらすぐ苦情を言える場が整ったことも、カスハラ増加の背景として挙げられます。
また、近年はSNSで自分の考えや日常の出来事を発信する人が多いです。
SNSは匿名で投稿することも可能ですし、拡散性も高いため、ネガティブな口コミが瞬く間に広まり、企業に批判が殺到することもあります。
そのため、「ネットに悪評を書いてやる」といった脅しをかけるカスハラが増えています。
カスタマーハラスメントの例
利益をもたらしてくれるお客様は大切な存在ですが、「何を言っても、何をしても許される」わけではありません。
度を越したカスハラは法に抵触する可能性があるため、あまりにもひどい場合は法的手段に訴えるのも一つの手です。
暴言
カスハラの中で最も多いのが暴言で、UA ゼンセンの調査では6割を超える人が何らかの暴言を受けています。
例えば、
- ブス、ババア、バカ、 アホ、低能といった暴言
- セクハラまがいの暴言
- 土下座しろ
などです。
このようなカスハラは、従業員に過剰なストレスを与えます。
暴言によるストレスが原因で、精神を病んでしまったり、退職してしまったりする人も珍しくありません。
暴言は、威力業務妨害罪や名誉棄損罪、強要罪などの法に抵触する可能性があります。
長時間の拘束
お客様相談室やコールセンターなどでは、暴言や誹謗中傷、脅迫、説教といった言葉による長時間拘束が発生しやすいです。
電話でのやり取りがメインとなるため、ストレス発散目的で長時間にわたって怒鳴り散らしたり、不当な要求をしつこく繰り返したりする人もいます。
また、百貨店は自宅への訪問謝罪を行うことが多いです。
UAゼンセンの調べでは、百貨店の長時間拘束の遭遇率は41.3%と最多で「5時間程度拘束された」というケースも報告されています。
長時間拘束のカスハラは、従業員への多大なストレスはもちろん、業務の遅延を招きます。
なお、度を越した長時間拘束は、監禁罪や不退去罪に該当する可能性があります。
威嚇・脅迫
威嚇・脅迫も多く報告されています。
例えば、
- 殺してやる、車で轢くぞ
- 家族を傷つけてやる
- SNSで動画をアップするぞ
- ネットに悪評を書いてやる
などが挙げられます。
ちなみに、「ネットに書き込む」と脅すタイプは、どれほど誠意ある対応をしても、結局は悪意のある書き込みをする人が多いです。
このほかにも、反社会的勢力とのつながりを匂わせたり、金品を要求したりしてくる人もいます。
こうした威嚇や脅迫行為は、従業員に強い恐怖を与えますし、他の顧客にも不快感を与えるため、離職や利益の減少につながります。
特に、利益や愉快犯的な目的で威嚇・脅迫行為を行う相手は、下手に出ると余計につけあがるため、毅然とした態度で臨むことが重要です。
緊急性が高い場合は、すみやかに警察を呼び、早急に対応しましょう。
威嚇・脅迫行為は、恐喝罪や脅迫罪、強要罪に該当する可能性があります。
放置はNG! カスタマーハラスメントによって被るダメージ
モラルの欠如したカスハラ行為は、企業に大きな損害を与えるため、放置してはいけません。
ここでは、カスハラによって企業が被るダメージをご紹介します。
従業員の精神状態悪化による影響
引用:UA ゼンセン「悪質クレーム対策(迷惑行為) アンケート調査分析結果」
カスハラのような悪質な迷惑行為は、従業員に多大なストレスを与えます。
UAゼンセンが行った迷惑行為別のストレスを見てみると、
威嚇・脅迫(2%)
金品の欲求(5%)
暴力行為(6%)
土下座の強要(1%)
SNS・インターネット上での誹謗中傷(2%)
における「強いストレス」と「影響なし」とのスコア差が大きいことから、特にストレスの生起に強い関連性があると言えます。
ストレスが溜まり精神状態が悪化すれば、モチベーションやパフォーマンスの低下につながるため、離職リスクは高まるでしょう。
ひどい場合は精神疾患にかかってしまうケースもあるため、企業や従業員が被るダメージは計り知れません。
新型コロナウイルスの感染が拡大した2020年には、マスクやアルコールを巡るトラブルが全国で相次ぎ、多くの店員が疲弊していたことは記憶にも新しいでしょう。
企業イメージの悪化
インターネットやSNSが発達した現代、ネットに悪評を書き込む嫌がらせが増えています。
匿名性や拡散性の高いネットでの書き込みは、悪評が広まりやすいです。
理不尽な悪評は企業イメージの悪化を招くだけでなく、投稿に同調した第三者から攻撃を受けることもあります。
ネットを使った嫌がらせは、業績にも悪影響を及ぼす可能性があるため、注意が必要です。
安全配慮義務違反
労働契約法によって企業には「安全配慮義務」という、従業員が安全に働けるよう配慮する義務が課されています。
カスハラがあることを把握していながら適切な対応をせず、従業員が心身に不調をきたした場合、安全配慮義務違反として損害賠償責任を問われる可能性があります。
カスタマーハラスメントへの対策
厚生労働省は「令和2年厚生労働省告示第5号」で、
- 相談に対して適切に対応するために必要な体制の整備
- 被害者への配慮のための取り組み
- 被害を防止するための取り組み
といった、カスハラへの対策・取り組みに関する指針を提示しています。
では、具体的にどういった対策を講じるべきか見ていきましょう。
会社の方針を明示する
顧客至上主義に偏り過ぎると、サービス精神を都合よく解釈したカスハラを生む原因になります。
組織として一貫性のある対応をするためにも、
- 顧客とは対等の取引相手であること
- 迷惑行為は一切許さないこと
- 不当な要求には応じないこと
- 悪質な顧客から従業員を守ること
などを社内外に明示しましょう。
トップが悪質なクレーマーへの対応方法を明示することで、従業員も毅然とした対応を取ることができますし、抑止力にもなります。
また、報連相がしやすい環境を整えることも重要です。
不当な要求やクレームを受けた従業員にマイナスな評価をすると、クレームを抱え込んでしまいます。
マニュアルを作成する
迷惑行為や不当要求に関する対応マニュアルを作成しておくと、カスハラ被害を抑えられます。
マニュアルを作成したら全従業員に周知徹底し、カスハラの研修も実施しましょう。
具体的には、
- クレーム発生時の担当者・責任者
- 事例ごとの対応方法
- 記録方法
- 共有・報告方法
- 警察や弁護士との連携体制
などです。
迷惑行為や不当要求は、業種ごとである程度パターンが決まっています。
自社で起きた悪質なクレームを把握し、パターンごとにトークスクリプト(台本)や対応方法を決めておくと、迅速に対応できます。
マニュアル作成後も定期的に見直し、内容を更新しておくと良いでしょう。
また、カスハラに対抗するには証拠が必要です。
通話録音機能やボイスレコーダー、メールでのやり取りなど、証拠となるものを残しておけばトラブルを回避できますし、警察や弁護士に提示することもできます。
警察や弁護士との連携体制を整えておくことも重要です。
度を越えたカスハラは業務に支障をきたしますし、従業員に対して暴力を振るう人もいます。
危険を感じた場合や社内での対応に限界を感じた場合は、すぐに警察や弁護士に連絡してください。
法に触れると判断されれば逮捕・起訴も可能ですし、弁護士に解決方法の相談や交渉を依頼することもできます。
被害を受けた従業員への配慮
従業員の心身の健康を守るためにも、相談窓口の設置や業務の見直しといった、被害者に配慮した取り組みも重要です。
カスハラの中には、特定の従業員に粘着するタイプもいるため、配置転換なども視野に入れて柔軟に対応しましょう。
カスタマーハラスメントでやってはいけない行動
正当なクレームにも言えることですが、カスハラは一次対応が重要です。
相手を刺激すると事態が悪化してしまうため、NGな行動をしないようにしましょう。
話を遮る
基本的に、人は話を遮られるのを嫌がります。
話を遮られたことで突然怒り出してしまう人もいるため、話の途中で割り込まないようにしましょう。
しっかりと相手の話を聞けば、正当なクレームなのかどうかを判断できますし、怒りのボルテージが急上昇することもありません。
時折、最初から一方的にまくしたててくる人もいますが、相手の状態に引きずられると、さらにヒートアップする可能性があるので、慌てず冷静に対応してください。
また、「こういうことがあったのですね、ご不快な思いをさせて申し訳ありません。」「それは○○でしたよね」など、相手が「そうなんです」と頷くような声がけをするのもポイントです。
相手の状況を確認しつつ、寄り添うような声をかけると、理解者と認識されやすくなるため、早期に怒りが収まります。
対応時間の短縮だけでなく、カスハラの抑止にもつながるので、話し方を意識しましょう。
対応が遅い
対応の遅さはカスハラを悪化させる原因となるため、迅速に対応しましょう。
たらい回しも相手に強い不快感を与えるので、カスハラを増長させる可能性があります。
電話の場合は、
- すぐに上司にモニタリングしてもらい、指示を仰ぎながら対応する
- 上司に代わってもらう
- 内容を伺って上司から折り返してもらう
などです。
電話も対面も、異常を感じたらすぐに上司が駆けつけ、従業員一人に対応させないようにしましょう。
カスタマーハラスメントの放置は百害あって一利なし
カスハラは、精神疾患や離職率の増加、イメージダウンなど、様々な悪影響をもたらします。
また、安全配慮義務の問題にもつながるため、企業はしっかりとカスハラ対策を行う必要があります。
お客様は大切ですが、顧客至上主義に偏り過ぎるとカスハラが発生しやすくなるため、カスハラに悩む企業は今一度関係性を見直す必要があるかもしれません。
その上でマニュアルを整え、不当な要求・迷惑行為には毅然とした対応を取ることが重要です。