近年、アメリカを中心にセルフ・コンパッションの研究が盛んに行われています。
セルフ・コンパッションとは、親しい人に接するのと同じように自分にも思いやりを持って接することで、心の健康維持に役立ちます。
とはいえ、新しい概念のため「良く知らない」という方も多いでしょう。
そこでこの記事では、セルフ・コンパッションの概念や効果、鍛え方について解説いたします。
セルフ・コンパッションの程度を測れるテストもご用意していますので、ぜひご活用ください。
セルフ・コンパッションとは
セルフ・コンパッション(self- compassion)とは、アメリカの心理学者クリスティーン・ネフ博士が提唱した新しい概念で、「自分への思いやりや慈しみ、優しさ」のことです。
ストレスや失敗、困難に直面した際、自分を責めるのではなく肯定的に受け入れられる心理状態または、その技法を指します。
簡単に言うと、落ち込んでいる友人に暖かい言葉をかけて慰めるのと同じように、自分自身にも思いやりを持って接することです。
セルフ・コンパッションは“甘え”と捉えられることもあります。
しかし、セルフ・コンパッションは苦痛や失敗から目を背けずに事実として認め、受け入れることが重要となるため、決して自分を甘やかすことではありません。
ネフ博士は自身の著『セルフ・コンパッション』で以下のように述べています。
セルフ・コンパッションが人生における感情的なウェル・ビーングと満足感を獲得する上で非常に有効な方法であることが証明されている。
困難なことではあるが、人間としての経験を抱えながら自分に対して無条件の優しさと安らぎを与えることによって、恐怖や否定的な考え、孤立といった破壊的なパターンを回避することができる。
同時に、セルフ・コンパッションは幸福や楽観性などのポジティブな心の状態を育てる。
このように、セルフ・コンパッションの高い人物ほど精神が安定し、幸福感が高いことが研究で明らかになっています。
セルフ・コンパッションが広がる背景
日本人は、他者と比べて自分を軽視・謙遜する人が多いため、他国よりもうつ病などのメンタル不全に陥る確率が高い傾向にあります。
仕事のストレス
働き方改革の影響で長時間労働への規制が強まったとはいえ、労働力不足などから未だに長時間労働を余儀なくされている人は多いです。
さらに、ハラスメント相談件数も増加傾向にあることから、職場の人間関係でストレスを溜め込み、精神疾患を発症する人も少なくありません。
家庭内のストレス
役割分担の偏りや口調、態度といった家族関係における不満が大きなストレスになっていることもあります。
家族関係は一度こじれると修復に時間がかかりますし、休息を取れる場所もなくなるため、精神的に追い詰められやすくなります。
将来への不安
近年、グローバル化やIT化の影響で将来に不安を感じる人が増えています。
「将来自分の仕事がなくなるのではないか」「今の仕事を続けていけるのだろうか」といった漠然とした焦りや不安がストレスの原因となります。
また、新型コロナウイルス感染症以降は、特に将来への不安やストレスを感じる人が増えました。
流行前よりコミュニケーションの機会が激減し、周囲も異常を察知しづらくなったため、セルフ・コンパッションによる心理コントロールに注目が集まっています。
セルフ・コンパッションの構成要素
引用:EARTSHIP CONSULTING「セルフ・コンパッション(self-compassion)とは?」
セルフ・コンパッションは「自分への優しさ」「他者と共通の人間性」「マインドフルネス」の3つの要素から構成されています。
ここでは、セルフ・コンパッションを構成する各要素について詳しく見ていきましょう。
自分への優しさ(Self-kindness)
困難や苦しい状況に陥ったときに自分を責める人は多いですが、自分を責めても何も解決しません。
友人や家族に対して思いやりを持って接するように、自分の長所や短所を慈しみ、ありのままの自分を受け入れましょう。
自分自身にも思いやりを持って接することで、自己肯定感が高まります。
共通の人間性(Common humanity)
人は困難な状況に直面すると「どうして自分だけ」という思考に陥り、疎外感や孤立感に苦しむものです。
セルフ・コンパッションでは、「自分だけが」と悲観的に捉えるのではなく、「失敗や困難は誰もが経験することだ」と他者と共通の人間性を見出します。
完璧な人間はいないことを理解することで、疎外感や孤独感が薄れ、苦しみが緩和されていきます。
マインドフルネス(Mindfulness)
マインドフルネスとは、評価や判断から離れ「今この瞬間」に注意を向けることです。
「辛い」「苦しい」といったネガティブな感覚を感じたら、我慢したり誇張したりせず、ありのままを受け入れましょう。
“ただそこにある事実”として、自分の気持ちをありのままに受け入れることで、ストレスが減少します。
セルフ・コンパッションで得られる3つの効果
セルフ・コンパッションを実践すると、心の健康を保つことができます。ここでは、セルフ・コンパッションの具体的な効果についてご紹介します。
幸福感が高まる
セルフ・コンパッションが高い人ほど幸福感も高い傾向にあります。
セルフ・コンパッションを取り入れることで、ネガティブな思考や感情が減り、心が前向きになります。
感情に引きずられることなく冷静に受け止め、柔軟に考えられるようになれば、困難な状況に直面しても適切に対応できるようになるでしょう。
ストレスが軽減する
セルフ・コンパッションが高まると、怒りや悲しみ、嫉妬といったネガティブな感情にもきちんと向き合い、コントロールできるようになります。
ネガティブな感情に振り回されることがなくなり、楽観的に考えられるようになるため、メンタル不全が起こりづらいです。
心に余裕が生まれて精神が安定すれば、人間関係も良好になり、自然とストレスが発生しにくい環境になるでしょう。
レジリエンスが高まる
レジリエンスとは、精神的な回復力のことです。
セルフ・コンパッションを身につければ、自分の状況を客観的に捉えて受け入れられるようになるため、困難な事態やストレスにも立ち向かえるようになります。
ネガティブな感情に支配されなくなるため、心に余裕が生まれ、うつ病などの精神疾患にかかりづらくなります。
セルフ・コンパッション診断
駒澤大学の有光教授らにより、セルフ・コンパッションの尺度を測るテストが作成されています。
「セルフ・コンパッション尺度日本語版の12項目短縮版作成の試み」で発表されているテストをご紹介しますので、ぜひお試しください。
【評価の値】
1⇒ほとんど全くそうしない
2⇒あまりそうしない
3⇒どちらとも言えない
4⇒まあまあそうする
5⇒ほとんどいつもそうする
内容 | 値 | |
---|---|---|
1. | 自分自身の欠点や不十分なところについて不満に思っているし、批判的である。 | |
2. | 気分が落ち込んだときには、間違ったことすべてについて、くよくよと心配し、こだわる傾向にある。 | |
3. | 自分にとって重要なことを失敗したとき、無力感で頭がいっぱいになる。 | |
4. | 何かで苦しい思いをしたときには、感情を適度なバランスに保つようにする。 | |
5. | 自分自身にどこか不十分なところがあると感じると、多くの人も不十分であるという気持ちを共有していることを思い出すようにする。 | |
6. | 自分のパーソナリティの好きでないところについては、やさしくなれないし、いらだちを感じる。 | |
7. | 苦労を経験しているとき、必要とする程度に自分自身をいたわり、やさしくする。 | |
8. | 気分が落ち込んだとき、多くの人がおそらく自分より幸せであるという気持ちになりがちである。 | |
9. | 何か苦痛を感じることが起こったとき、その状況についてバランスのとれた見方をするようにする。 | |
10. | 自分の失敗は,人間のありようの1つであると考えるようにしている。 | |
11. | 自分にとって大切な何かに失敗したとき、自分の失敗の中でひとりぼっちでいるように感じる傾向がある。 | |
12. | 自分のパーソナリティの好きでないところについては理解し、やさしい目で見るようにしている。 |
診断結果
各質問に当てはまる数値を選んで行ったら、以下の診断項目ごとの合計を出しましょう。
ただし、※マークのついた項目は逆転項目のため、「5を選んだ場合⇒1点」「1を選んだ場合⇒5点」のように計算します。
診断項目 | 該当する質問 | 平均点 |
---|---|---|
自分への優しさ | 7・12 | 2.80点 |
自己批判 ※ | 1・6 | 3.09点 |
共通の人間性 | 5・10 | 2.75点 |
孤独感 ※ | 8・11 | 2.98点 |
マインドフルネス | 4・9 | 3.13点 |
過剰同一性 ※ | 2・3 | 3.11点 |
診断項目は、
自分への優しさ⇔自己批判
共通の人間性⇔孤独感
マインドフルネス⇔過剰同一性
と、セルフ・コンパッションの構成要素と対極になっています。
セルフ・コンパッションを高める方法
診断結果で数値が低かった場合、心理的な負担を感じやすい傾向にあるため、セルフ・コンパッションを意識的に高めることが大切です。
ここでは、セルフ・コンパッションを高める方法についてご紹介します。
リマインドペーパー
セルフ・コンパッションを身につけていても、辛く苦しい状況が続くと、どうしてもネガティブな感情が強まります。
そうした状態のときにも、セルフ・コンパッションを思い出して実践できるように、ふせんやスマホのリマインダー機能などに「セルフ・コンパッション」と書いておきましょう。
まずは、セルフ・コンパッションの考え方を思い出すきっかけをつくることが重要です。
また、「誰でも失敗はするよ」などの自分に向けた優しい言葉を書いておくのも良いでしょう。
スージングタッチ
スージングタッチとは、自分に優しく触れることで自分を癒すセルフケアです。
例えば、
- お腹や胸に手を当てる、さする
- 自分の頬や耳に優しく触れる
- 膝をなでる
- 自分をハグする
など、自分が落ち着く場所に触れましょう。
ストレスを感じたときにこうした行動を取ると、副交感神経が活性化して、ストレスが軽減します。
ジャーナリング
ジャーナリングは、5分~15分程度の時間内で思いついたことを自由に書き出し、自分を客観的に把握する手法です。
他人に見せるものではないので、汚い言葉でも構いません。
体裁を気にせず、「自分が何に不安やストレスを感じているのか」「どんな悩みがあるのか」について思いついたまま、どんどん書いていってください。
感じたままを文章にすることで心が軽くなりますし、無意識に抱えていたネガティブな感情や課題にも気づくことができます。
文章で感情を吐き出したら、「まあ、そういうこともあるよね」「誰だってあんなことをされたら怒るよ」「こんなの誰でもしんどいって」など、自分を許す言葉を書きましょう。
自分自身に思いやりのある言葉をかけることで、セルフ・コンパッションの効果が高まります。
慈悲の瞑想
慈悲の瞑想とは、自分や他者の幸せと苦しみからの解放を願う瞑想法です。
慈悲の瞑想では、
- 私が安全でありますように
- 私が幸せでありますように
- 私が健康でありますように
- 私の悩み・苦しみがなくなりますように
という言葉を自分自身に向けます。
リラックスできる状態で上記のフレーズを繰り返し、自分の傷ついた心を癒しましょう。
心が落ち着いてきたら、家族や友人、知人と少しずつ慈悲の対象を広げていくことで、穏やかな気持ちになれます。
セルフ・コンパッションの実践に必要なポイント
最後に、セルフ・コンパッションの実践に必要なポイントをご紹介します。
自分と向き合う時間をつくる
セルフ・コンパッションでは、辛いことも苦しいこともありのままを認めて受け入れるため、まずは自分に向き合う必要があります。
自分自身と向き合えないと、ネガティブな感情に支配されやすくなるため、落ち着ける静かな環境で自分を見つめ直しましょう。
静かな環境の方が瞑想もしやすくなるので、セルフ・コンパッションの効果も高まります。
夜寝る前や早起きして取り組んだり、お風呂に入りながら瞑想をしたりするのも良いでしょう。
他者と交流する
誰ともかかわらずに一人でいると、ネガティブな考えや感情に支配されやすくなり、思考の柔軟性も失われていきます。
孤独感から心を病みやすくなるので、無理のない範囲で知人や友人と交流しましょう。
知人や友人と直接会うのが難しければ、インターネット上でのやり取りでも構いません。
他者との交流で不安や悩みが和らぐことも多いです。
セルフ・コンパッションでストレスをコントロール
日本では自分を厳しく律することを善とする文化が根づいています。
もちろんそれ自体は素晴らしいことですが、自分を責めたり追い詰めたりするのは、精神衛生上よろしくありません。
セルフ・コンパッションは自分への甘えではなく、事実をあるがままに認め、受け入れることです。
自分の心を守り困難に立ち向かっていくためにも、セルフ・コンパッションを取り入れてみてはいかがでしょうか。