少子高齢化などの影響で、年々新しい人材の獲得が困難になっている中、既存従業員の健康を維持する「THP」の重要性が高まっています。
従業員の心と身体の健康づくりに取り組むことで、長期就労や生産性向上といったさまざまな効果が期待できます。
この記事では、THPの概要や注目されている背景、メリット、具体的な進め方について解説します。
THPの企業事例もご紹介しますので、ぜひご覧ください。
THPとは
THPとは、「トータル・ヘルスプロモーション・プラン」の略称で、働く人の心身の健康づくりを目的とし、計画的に行う健康教育などの活動のことです。
具体的には、健康測定での結果にもとづき、運動指導やメンタルヘルスケア、栄養指導、保健指導といった健康保持増進措置を行います。
THPは、従来のSHP(シルバー・ヘルス・プラン)を発展させた取り組みです。
1988年に改正された労働安全衛生法で、若年層も含めた全労働者の健康増進に向けた継続的な取り組みを事業者の努力義務として定めました。
努力義務なので取り組まなくても罰則を受けることはありませんが、労働者が健康に近づけば企業にとってもさまざま恩恵を受けられます。
労働者の高齢化が進む今後は、さらにTHPの重要性が高まると予想されるため、積極的に取り組みましょう。
なお、THPの趣旨や実施方法については、中央労働災害防止協会 安全衛生情報センターより「事業場における労働者の健康保持増進のための指針」が公表されています。
THPが注目されるようになった背景
ではなぜ、THPが注目されるようになったのか、背景を見ていきましょう。
労働者の高年齢化
引用:厚生労働省「定期健康診断結果から見た有所見率の推移」
少子高齢化の進む日本では、労働者全体の平均年齢が上がっており、それに伴い定期健康診断の有所見(異常)率も増加しています。
実際、2009年時点の有所見率は44.52%だったものの、2019年には56.64%にまで増加しました。
従業員が若いうちから心と身体の健康づくりに取り組むことで、長く働いてもらえます。
今後はさらに労働者の高齢化が進むため、THPへの早めの取り組みが重要となるでしょう。
ストレスの増加
労働安全衛生調査(2020年)によると、仕事や職業生活に強い不安やストレスを感じている労働者は、54.2%にも上ることが明らかになっています。
ストレスの理由としては「仕事の量・質(56.7%)」「対人関係(27.0%)」「役割・地位の変化等(17.7%)」でした。
人手不足による仕事量が増えている中、仕事の質も維持・向上させなくてはならないとなれば当然ストレスは強まりますし、長時間労働にもつながります。
また、自らも積極的に実務をこなすプレイングマネージャーが増えているため、強いプレッシャーを感じている人が多いです。
仕事上のストレスや過労で心身に不調をきたし、休職・退職、自殺にまで追い込まれてしまう人もいるため、心と身体の健康づくりが欠かせません。
THPを実施するメリット
ここでは、THPを実施することで得られるメリットについて、ご紹介します。
職場の活性化
THPは、定期健康診断の実施やメンタルヘルスケア、健康に関する指導などにより、従業員の心身の健康づくりを行います。
心と身体が健康になれば、コミュニケーションが活性化し、パフォーマンスを発揮しやすくなるため、職場の活性化につながります。
企業のイメージアップ
THPを実施すると、「利益追求だけでなく、従業員を大切にする企業」というイメージを与えられます。
消費者や求職者に好印象を持ってもらえるため、売り上げアップや優秀人材からの応募増加を期待できます。
また、THPへの取り組みが評価されれば、経済産業省が健康経営を実践している企業を顕彰する「健康経営優良法人」にも認定されやすくなり、社会的な評価も高まるでしょう。
社会的評価の向上により資金調達がしやすくなれば、安定的な経営にもつながります。
生産性向上
心身に不調をきたすと、本来のパフォーマンスを発揮できないため、不調を感じている従業員が多い組織ほど、組織全体の生産性は低い傾向にあります。
THPの実施で従業員の健康状態が改善されると、本来のパフォーマンスを発揮しやすくなりますし、病欠の減少や病気の予防・改善につながり、生産性も向上します。
人手不足の解消と医療費の減少
THPの取り組みにより、従業員が健康的に働ける環境を整えられれば、心身の不調をきっかけとした離職を低減できますし、採用活動にも好影響を与えます。
また、従業員の健康を維持・増進すれば、その分医療費負担も減るでしょう。
国全体の医療費負担も減らせるため、健康保険料率の引き上げ抑止や国民皆保険制度の持続にもつながります。
THPを進める5つのステップ
THPは、健康保持増進計画にもとづいた「健康測定→健康指導→実践活動→評価→改善」を行うことで、心と身体の健康づくりを行います。
では、具体的なTHPの実施方法を見ていきましょう。
STEP1.健康保持増進計画の策定
健康保持増進対策は、中長期的な視点で継続的かつ計画的に進める必要があります。
健康保持増進計画を策定する際は、
- 計画の対象期間
- 健康保持増進の方針
- 目標の設定
- 措置の内容
- 措置の評価方法
- 措置の実施時期に関する事項
など、具体的な内容を計画に盛り込みます。
STEP2.推進身体制の確立
衛生管理者や衛生推進者などから、健康保持増進計画の「総括的推進担当者」を選任し、衛生委員会で対策について審議しましょう。
健康保持増進措置を実施する事業場内のスタッフとして、
- 産業医
- 運動指導担当者
- 心理相談担当者
- 産業保健指導担当者
- 産業栄養指導担当者
- 人事労務管理
などが挙げられます。
効果的な取り組みを実施するには、専門的な知識やスキルを有している必要があるため、推進スタッフが円滑に実施できるよう、必要に応じて研修などを受けさせましょう。
ただし、産業医などが配置されていない場合や、事業場内だけで体制を構築できない場合は、「健康保持増進サービス機関」に委託して実施するのが適切です。
STEP3.健康測定の実施
適切に健康指導するためにも、労働者の健康状態を把握しましょう。
健康診断による測定に加え、問診による生活状況の調査、運動機能検査、運動負荷試験など、事業場の特色に応じて必要な測定を行います。
STEP4.測定結果を踏まえた健康指導
健康診断の結果や健康測定の結果をもとに、運動指導や保健指導、栄養指導、メンタルヘルスケアといった健康指導の内容を決定し、実施します。
健康指導は、以下の項目を含むもしくは、関係のあるものでなくてはなりません。
項目 | 内容 |
---|---|
運動指導 | 労働者の生活状況や希望、趣味が十分に考慮されており、安全で楽しく効果的に実践できるプログラム |
メンタルヘルスケア | ストレスの気づきに対する援助やストレスへのセルフケア、リラクゼーションに関する指導 |
栄養指導 | 食習慣や食行動の評価・改善に向けたプログラム ※生活習慣病予防のために、適切な献立を提案することもある |
保健指導 | 睡眠・喫煙・飲酒などの状況に合わせて、健康的な生活に向けた改善指導 |
⻭科保健指導 | 歯周病予防により、全身の健康増進つなげる口腔ケア |
運動指導
運動指導は、健康測定結果や産業医作成の指導票をもとに、運動指導担当者がプログラムを作成します。
指導対象者が続けられるよう、趣味や希望を考慮して作成することが重要です。
メンタルヘルスケア
メンタルヘルスケアは、医師が必要と判断した場合や従業員本人からの申し出が合った場合、産業医の指導のもとでケアを行います。
栄養指導
健康測定結果や聞き取り調査から食生活の問題が見つかった場合、産業医の指導票をもとに、産業栄養指導担当者が指導します。
保健指導・歯科保健指導
勤務形態や生活習慣による健康問題の解決を目的とした保険指導が行われることもあります。
STEP5.指導内容の実践
最後は、従業員一人ひとりによる運動や食生活の見直し、禁煙、口腔ケアなど、指導内容に沿った実践です。
健康増進には、指導内容の実践継続が欠かせませんが、つづかない人も多いので、定期的に指導やメンタルヘルスケアを行いましょう。
1日2回ストレッチの時間を設けたり、簡単な運動器具を設置したりして、気軽に健康づくりができる環境を整備するのも効果的です。
ちなみに、労働安全衛生法第69条では、労働者は事業者の講ずる措置を利用して健康増進に努めるよう定められています。
THPで活用できる外部機関
THPは、本来事業場内のスタッフによって推進されるのが望ましいですが、スタッフの確保が難しい場合は、以下のような外部機関を活用しましょう。
機関名 | サービス内容 |
---|---|
労働者健康保持増進サービス機関 | 健康測定とすべての指導が実施可能 |
労働衛生機関 | 健康診断や保健指導、産業医による職場改善指導など |
中央労働災害防止協会 |
高齢者向けの健康セミナーや心理相談担当者などの養成研修 ※社内研修のための講師派遣も可能 |
産業保健総合支援センター 地域産業保健センター |
産業保健に関する相談支援や産業保健関係者を対象とした研修 |
医療保険者 |
医療保険者(健康保険組合、協会けんぽなど)が保有する特定健診や受診状況などのデータ活用 産業保健スタッフの派遣など |
昨今では、歯科保健指導を保健師や看護師ではなく、歯科医師・歯科衛生士が実施するケースが増えてきています。
地域の歯科医師会や歯科衛生士会から歯科のプロフェッショナルを紹介してもらい、専門的な助言や支援を受けるのも良いでしょう。
また、スポーツクラブのトレーナーに運動プログラムを作成してもらい、健康づくりを目指す手もあります。
THPの企業事例
では、他の企業ではどういった取り組みをしているのか、企業事例を見ていきましょう。
製造業(化学工業) A社
体調不良者の増加や喫煙率の高さに課題を感じたため、THPへの取り組みを開始しました。
A社では、
- 健康に関するスローガンや宣言の発表
- 禁煙キャンペーンの実施(禁煙外来費用の全額補助)
- 協会けんぽの活用(派遣された保健師の健康指導など)
- 事業者と労働者のコミュニケーション活性化(1on1ミーティングなど)
- 健康チャレンジ運動(ウォーキングアプリを活用した歩数ランキングなど)
の取り組みにより、THPを推進したそうです。
その結果、6名が禁煙に成功して禁煙率は28%に改善、有給休暇取得率も62%から72%に改善し、体調不良による求職者もゼロになったそうです。
情報通信業 B社
B社では、メタボリックシンドロームの該当率が21.4%と高く、労働者の約半数が運動不足と判明したため、運動の習慣化を目的とした取り組みを開始しています。
具体的には、スポーツクラブ主催インボディ(筋肉量のバランス)測定会を開催し、インストラクターが測定結果にもとづいて個別にアドバイスする取り組みです。
生活習慣を見直そうと考える人が多い健康診断の直後に、毎年インボディ測定会を行うことで、労働者の健康意識向上を図っています。
予約なしの当日参加ができ、無料でインボディ測定を受けられるため、多くの従業員が利用しました。
測定結果で自分の状態を把握した結果、運動に励む従業員が増えたそうです。
建設業 C社
60歳以上の従業員が約3割を占めるC社では、毎年約100人が雇用の年齢上限により退職していたものの、採用難によりなかなか新しい人材を確保できませんでした。
そのため、継続雇用の上限年齢を68歳から74歳に引き上げ、高年齢者の健康維持・増進に向けたTHPに取り組んでいます。
C社では、毎年1回67歳以上の労働者を対象に、自社で働くために必要な要素を組み込んだ体力測定を実施しています。
測定結果返却時には、保健師による個別指導や職場への個別フォロー、健康講習を行いました。
その結果、参加者の平均実年齢(68.5歳)を大きく下回る体力年齢(33.8歳)をマーク、68歳以上の労災発生件数は0件になったそうです。
THPは従業員の健康を守り、組織力を強める
THPは労働者の心とからだの健康を守るための取り組みです。
従業員の健康状態や生活状況を確認し、個別のフィードバックを行うことで健康改善を促しましょう。
心身ともに健康になれば、不調による欠勤や離職を低減できますし、仕事にも集中しやすくなるため、結果的に組織力強化につながります。
今後はさらに中高年の労働者が増加するため、積極的にTHPに取り組み、従業員の健康を守りましょう。