2022年1月から、高年齢者の雇用保険加入条件を緩和した『雇用保険マルチジョブホルダー制度』が新設されました。
短時間で勤務している高年齢者も失業に備えられるため、安心して働けます。
この記事では、雇用保険マルチジョブホルダー制度の概要や適用要件、手続き、注意点などについて解説します。
本記事で紹介する制度、法令などにつきましては所管する厚生労働省、その他関連する団体などの情報も必ずご確認ください。
▼厚生労働省:「令和4年1月1日から65歳以上の労働者を対象に「雇用保険マルチジョブホルダー制度」を新設します」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000136389_00001.html
雇用保険マルチジョブホルダー制度とは
雇用保険マルチジョブホルダー制度とは、2021年1月に新設された複数企業で働く65歳以上の労働者を対象とした、特例制度です。
通常の雇用保険は、主たる企業における労働条件が「週の所定労働時間が20時間以上」「31日以上の雇用見込み」などの要件を満たさないと加入できません。
しかし、雇用保険マルチジョブホルダー制度では、複数企業で働く65歳以上の労働者が一定の要件を満たしたとき、本人の申し出によって雇用保険の被保険者(マルチ高年齢被保険者)になれます。
そのため、通常の雇用保険同様、マルチ高年齢被保険者が失業した場合、一定要件を満たした労働者は、『高年齢求職者給付金』を受給できます。
雇用保険マルチジョブホルダー制度の適用対象者
雇用保険マルチジョブホルダー制度の適用要件は、
- 複数の企業で働く65歳以上の労働者
- 2つの事業所(1つの事業所における週の所定労働時間が5時間以上20時間未満)での労働時間を合わせて、週の所定労働時間が20時間以上
- 2つの事業所それぞれの雇用見込みが31日以上
です。
要件をすべて満たした労働者が、自らハローワークに申し出ることによって、特例的にマルチ高年齢被保険者になれます。
企業は、適用対象の従業員からの依頼受け、雇用の事実や所定労働時間といった手続きに必要な書類を本人に渡しましょう。
また、雇用保険マルチジョブホルダー制度への加入は希望制ですが、加入後の任意脱退は不可です。
雇用保険加入後に別企業で新たに雇用された際も、要件未達成になった場合を除き、加入企業を変更できません。
マルチ高年齢被保険者が失業した場合の給付
マルチ高年齢被保険者が失業した場合、一定の要件を満たせば、高年齢求職者給付金を受給できます。
⾼年齢求職者給付⾦の受給要件は、
- 離職により資格の確認を受けた
- 働く意志・能力があるにもかかわらず、職業に就くことができない状態にある
- 離職日以前1年間に被保険者期間が通算6ヶ月以上ある
です。
給付額は、原則として賃金日額のおよそ5〜8割となる「基本⼿当⽇額」の30日or50日分が一時⾦として⽀給されます。
【基本手当日額】
賃金日額(離職⽇以前の6か⽉に⽀払われた合計賃⾦÷180)×50~80%
被保険者であった期間 | 1年未満 | 1年 |
---|---|---|
高年齢求職者給付金の額 | 30日分 | 50日分 |
なお、2つの事業所のうち、どちらか一方を離職した場合、離職していない事業所の賃⾦は含めません。
雇用保険マルチジョブホルダー制度のメリット
ここでは、企業と労働者それぞれの雇用保険マルチジョブホルダー制度のメリットについてご紹介します。
企業側のメリット
マルチ高年齢被保険者資格の取得・喪失手続きは、労働者本人が行います。
企業は従業員からの求めに応じて、雇用の事実や所定労働時間を証明するだけで済むため、手間がかかりません。
労働者側のメリット
マルチ高年齢被保険者が失業した場合、一定の要件を満たせば高年齢求職者給付金を一時金で受け取れます。
新たな就業先が見つかるまでの生活費を確保できるため、高年齢者にとって大きな助けとなるでしょう。
雇用保険マルチジョブホルダー制度の資格取得手続き
通常、雇用保険の資格取得・喪失手続きは企業が行いますが、雇用保険マルチジョブホルダー制度では労働者本人が手続きしなくてはなりません。
被保険者資格取得を希望する従業員は、
- 雇用保険マルチジョブホルダー雇入・資格取得届(マルチ雇入届)
- マルチジョブホルダーの働き方に関するアンケート調査票(雇用保険被保険者資格取得時)
- 個人番号登録・変更届
に必要事項を記入し、企業に証明などを依頼します。
企業は、
- 従業員名簿
- 賃金台帳・出勤簿(記載年月日の直近1か月分)
- 雇用契約書
- 労働条件通知書・雇入通知書
といった確認資料の交付と合わせて、記入した『マルチ雇入届』を従業員に返却します。
必要書類が揃い次第、当該従業員が居住する地域管轄のハローワークに提出するため、企業は従業員から申し出を受けたら速やかに対応してください。
企業が必要な対応をしない場合、ハローワークから確認が入る可能性があります。
ハローワークの確認完了後、『雇用保険マルチジョブホルダー雇入・資格取得確認通知書(事業主通知用)』が郵送されてくるため、社内で保管してください。
雇用保険マルチジョブホルダー制度の資格喪失手続き
マルチ高年齢被保険者の資格喪失も、資格取得時と同様労働者本人が手続きする必要があります。
資格喪失手続きの届出は、当該従業員が離職した日の翌日から10日以内に、ハローワークに提出しなくてはなりません。
企業は、当該従業員から依頼を受けたら速やかに『雇用保険マルチジョブホルダー喪失・資格喪失届』の事業主記載事項を記入し、確認資料と一緒に交付してください。
離職証明書の交付依頼があった場合は、離職証明書も合わせて交付しましょう。
なお、申請後にハローワークから送られてくる『雇用保険マルチジョブホルダー喪失・資格喪失届(事業主通知用)』は、捨てずに保管してください。
通知書記載の離職日から、企業の雇用保険料納付義務がなくなります。
雇用保険マルチジョブホルダー制度の注意点
ここでは、雇用保険マルチジョブホルダー制度の注意点についてご紹介します。
通常の雇用保険と同じ保険料を支払う必要がある
雇用保険マルチジョブホルダー制度の保険料は、通常の雇用保険と同様、賃金総額に保険料率を乗じた金額です。
保険料率も通常の雇用保険と変わらないため、高年齢者を多く雇っている企業では、固定費が増加する可能性があります。
希望者には必ず対応しなくてはならない
適用要件を満たす従業員から申し出を受けた場合、企業はこれを拒否できません。
届出の記載や証明書の交付をしない場合、ハローワークから企業に確認が入る可能性があります。
当然ですが、マルチ高年齢被保険者資格の取得申し出を理由に、当該従業員の解雇や雇い止め、労働条件の不利益変更といった不利益な取扱いは禁じられています。
また、資格喪失時の届出は、離職日の翌日から10日以内に行わなければならないため、従業員から依頼され次第、速やかに対応してください。
就労先が3つ以上ある場合
雇用保険マルチジョブホルダー制度で加入できる企業は2つです。
就労先が3つ以上ある場合、条件に該当する企業のいずれかから2つを選択する必要があります。
また、就労先が3つ以上ある被保険者がいずれかの企業を離職し、残り2つの企業で加入条件を満たしていれば資格喪失にはなりません。
収入が下がってもマルチ高年齢被保険者である以上、高年齢求職者給付金は支給されないことを把握しておきましょう。
従業員からの問い合わせにスムーズに対応できます。
雇用保険適用事業所設置届の提出が必要になることもある
雇用保険の適用を受けていない事業所で働いている従業員が、マルチ高年齢被保険者の資格取得を申し出た場合、雇用保険適用事業所になる必要があります。
そのため、企業はマルチ雇入届の申請と合わせて、事業所の所在地を管轄するハローワークに『雇用保険適用事業所設置届』を提出しなくてはなりません。
企業が代理手続きすることもある
マルチジョブホルダー制度は、本人による手続きが原則ですが、委任状があれば本人に代わって企業が各種手続きを行えるようになります。
従業員の代理人として手続きする場合の提出先は、当該従業員の居住地域を管轄するハローワークです。
通常の雇用保険の手続きとは提出先が違うため、間違えないよう注意しましょう。
また、代理手続きを依頼された企業が、社労士や労働保険事務組合などに委託する場合、注意が必要です。
企業に代わって、委託先が届出書類を作成するのは問題ありませんが、提出代行はできません。
提出も含めた手続きを外部に委託するには、当該従業員本人が社労士に委託する必要があります。
雇用保険マルチジョブホルダー制度で高年齢者の活躍を応援
雇用保険マルチジョブホルダー制度は、高年齢者が活躍できる社会をつくる一環として新設された制度です。
高年齢者の雇用保険加入要件を緩和したことにより、これまで適用対象外だった短時間勤務の高年齢者も安心して働けます。
従業員からの申し出があった際は、迅速に対応しましょう。