「最近よく聞くソーシャルキャピタルとは何?」
「ソーシャルキャピタルの具体例を知りたい」
そのように思う人事担当者が増えています。
昨今注目を集めているソーシャルキャピタルは、人と人との関係性や繋がりを資源として扱う考え方です。
ソーシャルキャピタルが高い組織ほど事業を円滑に進めやすいため、ソーシャルキャピタルの醸成に取り組む企業は少なくありません。
今回は、ソーシャルキャピタルの意味や取り組むメリット、具体的な活用方法や導入例をご紹介します。
ソーシャルキャピタルとは?
「ソーシャルキャピタル(social capital)」とは、人と人の関係性そのものを資本だとする考え方です。
日本語では「社会関係資本」と訳されます。
物的資本 (Physical Capital) や人的資本 (Human Capital) といった資本と同様に、重要視され始めました。
ソーシャルキャピタルは、個人間のつながりを持つことで社会の効率性を高められるとしています。
そのため企業の業務効率アップにも役立つとして、企業からの注目を集めている概念です。
ソーシャルキャピタルの歴史と発展
ソーシャルキャピタルの発祥元はアメリカです。その概念が定義づけられたのは、アメリカの政治学者であるロバート・パットナム氏の著書がきっかけでした。
1993年に発表された著書「Making Democracy Work」ではイタリアの南北地方の差を比較しています。
研究の結果、ソーシャルキャピタルが醸成された北部は民主主義が浸透しており、経済的に発展しているとわかりました。
最終的にソーシャルキャピタルは「個人間のつながり、すなわち社会的ネットワーク、およびそこから生じる互酬性と信頼性の規範」であると結論付けられました。
この著書が経済を発展させたい地方や国家から注目された結果、多くの国や企業でソーシャルキャピタルの導入が進むようになったのです。
ソーシャルキャピタルを構成する3つの要素
ソーシャルキャピタルは主に3つの要素から構成されています。
- 信頼
- 規範
- ネットワーク
この3つの要素はお互いに影響しあっているため、それぞれの要素を理解した上で効率的に活用しましょう。それぞれについて解説します。
信頼
信頼はあらゆる取引で重要です。これまで企業にとっては「儲かること」が重要な貨幣経済が中心でしたが、現在は「信用できるか、愛着を抱けるか」が重要な信用経済に移行しています。
企業と顧客や個人間で確かな信頼があれば、成果物のクオリティや安全性、納期に対して不安を抱かずに済むでしょう。
事前に信用調査をするコストもかからないため、経済活動がスムーズに進みます。
パットナム氏は信頼を
- 知っている人に対する厚い信頼(親密な社会的ネットワークの資産)
- 知らない人に対する薄い信頼(地域における他のメンバーに対する一般的な信頼)
に分けました。
「薄い信頼」の方が多くの人との協力を促進できるため、ソーシャルキャピタルの形成に役立つとされています。
規範
多種多様に分類できる規範の中でも、特に重要なのが「互酬性の規範」です。
互酬性は、
- 均衡のとれた互酬性(同等価値のものを同時に交換する関係)
- 一般化された互酬性(現時点では不均衡な交換でも将来均衡がとれるとの相互期待を基にした交換の持続的関係)
の2つに分類できます。
一般化された互酬性は相手に短期的な利益をもたらし、当事者に長期的な利益をもたらすと考えられます。お互いに利益があるWin-Winな関係が、ソーシャルキャピタルの形成に欠かせません。
ネットワーク
ソーシャルキャピタルには、人と人や人と団体、団体同士など、それぞれのつながりが重要です。
ネットワークは以下の2つに分類できます。
- 垂直的なネットワーク
- 水平的なネットワーク
前者は、職場内の上司と部下の関係といった上下関係を指します。
後者は、合唱団や協同組合といった横のつながりのことです。
パットナム氏は、お互いに利益がある関係を築くために水平的なネットワークが必要だと考えました。直接顔を合わせて仲を深めるネットワークがあると、お互いに協力しやすくなるという考えです。
ソーシャルキャピタルのメリット
ソーシャルキャピタルはさまざまなメリットをもたらすものです。
ここでは、地域社会と個人の観点からみたメリットを解説します。
地域社会におけるソーシャルキャピタルのメリット
地域社会においては、地域活性化や安全性の向上が期待できるでしょう。
具体的なメリットは以下のとおりです。
- 業務効率化による企業の業績アップ
- 住民の交流が増えることによる地域活性化
- 交流の多い地域になることで、犯罪発生率が低下
- 安全で暮らしやすい地域になるため、人が集まりさらに地域活性化が見込める
- 住民同士の協力がしやすく、災害時の迅速な行動や早期復旧が実現する
地域社会でソーシャルキャピタルの醸成ができていると、住民同士がお互いに良好な関係を築きながら協力体制を取れます。
個人におけるソーシャルキャピタルのメリット
ソーシャルキャピタルのメリットは、個人単位でも感じられます。
具体的なメリットは以下のとおりです。
- 趣味の活動など、横のつながりで得た経験や知識を活かして仕事のスキルアップにつなげられる
- 個人の目標やキャリアビジョンの達成に協力してくれる人脈ができる
- 友人や家族だけでなく、企業や地域コミュニティなどからの支援を受けられる
- 相談しやすい環境にあることで、心身の健康を維持しやすくなる
- さまざまなネットワークを築くことで孤立を予防できる
地域社会で得た経験は個人のスキルアップなどにつながります。そのスキルを地域社会に還元することで、地域のソーシャルキャピタルの醸成に貢献し、より良い循環が生まれるでしょう。
ソーシャルキャピタルのデメリット
メリットの多いソーシャルキャピタルですが、デメリットもあります。
デメリットは以下の2つです。
- 排他性の向上
- 悪用の危険性
排他性の向上
ソーシャルキャピタルによってつながりが強化されるほど、それ以外の考え方を否定する「排他性」が高まります。
例えば、カルテルや人種差別活動のグループが現れた場合、それに反対するコミュニティが誕生するように、コミュニティ間の対立や経済活動の停滞をもたらす点はデメリットでしょう。
悪用の危険性
ソーシャルキャピタルは、社会的あるいは民主的な目的だけではなく、反社会的または非民主的な目的に使われる恐れもあるため注意が必要です。使い方によっては、犯罪の温床になり得るでしょう。
閉鎖的なソーシャルキャピタルは悪用されやすいです。悪用を防ぐには、特定のグループだけでなくあらゆる人がアクセスできる環境づくりが欠かせません。
企業におけるソーシャルキャピタルの重要性
地域社会や個人にとってメリットの多いソーシャルキャピタルですが、企業においてはどのような効果を発揮するのでしょうか。
ソーシャルキャピタルは、
- 事業の円滑化
- 離職率の低下
- 利益の拡大・安定化
の3点に大きく貢献します。
事業の円滑化
従業員間の関係性が良くなると、コミュニケーションの円滑化が期待できます。
従業員間のみならず部署間でのコミュニケーションが円滑化するため、業務の無駄がなくなり業務効率が向上するでしょう。
その結果、事業がスムーズに進むようになり、企業はスピーディに事業拡大ができます。
離職率の低下
良好な人間関係は、従業員が安心して働ける環境づくりに役立ちます。
いつでも相談できる相手がいることで、従業員が一人で不満や不安を溜め込むのを防げるでしょう。
これは離職防止効果もあり、採用コストや教育コストの削減といったメリットも生まれます。
利益の拡大・安定化
ソーシャルキャピタルは、企業と顧客間においても重要です。
地域社会と積極的に関わる企業は、知名度や好感度が高まり、消費者から選ばれやすくなるでしょう。地域貢献活動やSNSでの情報発信を通じて、企業のファンを増やすことは大きな宣伝効果を持つのです。
信頼を高めた企業は顧客から長く愛されやすくなるため、企業利益の拡大や安定化につながります。企業の継続的な成長にはソーシャルキャピタルが欠かせません。
ソーシャルキャピタルの醸成・活用方法
ソーシャルキャピタルの醸成したり活用したりする方法は以下の4つです。
- ジョブローテーションを取り入れる
- オフィスレイアウトを工夫する
- メンター制度や面接などでコミュニケーションを取る
- 社内レクリエーションを活性化させる
それぞれの方法を組み合わせて実践すると、効率的にソーシャルキャピタルの醸成と活用ができるでしょう。詳しく解説します。
ジョブローテーションを取り入れる
ジョブローテーションとは、従業員の能力開発を目的とした人事戦略です。
「従業員のスキルアップを促す」「幹部候補の育成を効率的に行う」といった、明確な意図を持って複数の職務を経験させます。
社内にあるさまざまな業務に実際に取り組むことで、各部署の業務内容や役割、会社全体の状況把握が可能になるでしょう。
他部署の実情を知れるため、思いやりのある関係構築ができるようになります。
オフィスレイアウトを工夫する
工夫されたオフィスレイアウトは、ソーシャルキャピタルの醸成をもたらします。
一般的な企業では決められた席で仕事をしますが、個人が自由に働く席を選べるフリーアドレス型だと、水平方向での関係構築がしやすいです。
部署に関わらずコミュニケーションが発生するので、社内の人脈づくりにも役立つでしょう。
メンター制度や面談などでコミュニケーションを取る
適切なコミュニケーションは、良好な人間関係を築く上で欠かせません。
企業は、従業員が無理なく働ける環境づくりをするためにメンター制度や定期的な面談の機会を導入するとよいでしょう。
メンター制度とは、先輩社員がメンターとして従業員の相談に乗ったり、業務のサポートをしたりする制度です。いざというときに頼れるメンターを決めることで、従業員が気軽に相談して悩みを解消することができます。
面接といった対面でヒアリングする機会があると、職場の人間関係を良好に保ちやすくなるので積極的に取り入れましょう。
社内レクリエーションを活性化させる
コミュニケーション不足の企業には、社内レクリエーションの実施が効果的です。
社内レクリエーションは
- 従業員のリフレッシュ
- 社内のコミュニケーションの促進
- モチベーションや帰属意識の向上
- 社内の一体感の強化
といったメリットをもたらします。
立場に関係なくさまざまなメンバーが参加し、部署や年齢、役職にとらわれない幅広いコミュニケーションが実現できるでしょう。
ソーシャルキャピタルの事例
ソーシャルキャピタルの取り組みの例を紹介します。
具体的なアクションを知って、企業活動に活かせるポイントを見つけてください。
東京都墨田区
東京都墨田区は、高齢者とのつながりを重視した取り組みを実施しています。
高齢者が人と関わりを持つことは、フレイル予防に効果的だとされており、さまざまなコミュニティ活動を推進しているのが特徴です。
フレイルとは「Frailty(虚弱)」を意味する言葉で、要介護になる前に陥りやすい身体的機能や認知機能の低下が見られる状態を指します。
墨田区の施策は、高齢者同士のオンラインコミュニティを設置したり、日常的にスマートフォンを使えるようにアプリを提供したりといったものでした。
習慣化アプリ「みんチャレ」を導入することで、デジタルデバイスをより身近なものにすることに成功しています。
東京都府中市
東京都府中市も、高齢者の健康維持に配慮した取り組みが行われています。
令和3年4月には、高齢者同士のつながりを強化するために習慣化アプリ「みんチャレ」を導入しました。コロナ禍で人と人とのコミュニケーションが減っていたタイミングだったため、孤独感を抱きやすい高齢者が、地域住民とのつながりを感じられる良い機会になったといえるでしょう。
これにより、1年で219人が事業に参加し、アプリ利用者の1日の歩数は1,600歩にまで増加するといった健康促進効果が得られています。
まとめ
ソーシャルキャピタルは、地域社会や個人、企業がより良い関係を保っていくために重要な概念です。
互いに関わり合って成長を続けるためには、「信頼」「規範」「ネットワーク」の3要素を重視した取り組みを実践することが重要です。
企業のソーシャルキャピタルに関する取り組みはさまざまありますが、社内の現状に合わせた施策を検討し、実践していきましょう。