
企業の組織図には現れない、現場のリアルな人間関係である「インフォーマル組織」。
近年、テレワークの普及によるエンゲージメントの低下や、イノベーション創出の限界といった課題を背景に、このインフォーマル組織の重要性が再注目されています。
従業員同士の自然発生的なつながりを敵対視するのではなく、協働のパートナーとして認め、人事としてどのように活性化させていくべきか、その具体的な手法や事例を解説します。
【1】インフォーマル組織の基本定義と重要性
組織開発を推進するうえで、まず理解しておきたいのが「インフォーマル組織」の持つ本来の役割と誕生の経緯です。公式な仕組みだけでは動かない、人間の心理に焦点を当ててその重要性を解説します。
1-1. インフォーマル組織の定義と歴史的背景
インフォーマル組織(非公式組織)とは、職制や部門といった公式な枠組みとは無関係に、社員同士が趣味や価値観、好意などの個人的な信頼関係をベースに自然発生的に形成したネットワークや集団のことです。
この概念が注目されるようになったきっかけは、1920年代から1930年代にかけてアメリカのウエスタン・エレクトリック社ホーソン工場でおこなわれた「ホーソン実験」にあります。
生産性を向上させる要因を追究する中で、以下の事実が明らかになりました。
・作業環境の物理的条件よりも、職場の人間関係が重要である
・「自分たちが注目されている」という心理的充足感が意欲に直結する
・職場内に自然に生まれたグループの独自規範が従業員のパフォーマンスに劇的な影響を与える
ここから、人間は単に経済的条件だけで動くのではなく、社会的な関係性や帰属感を重視して行動する存在であるとする「人間関係論」の確立につながりました。
1-2. フォーマル組織との役割・目的の違い
公式に意図して作られるフォーマル組織(公式組織)と、自然に生まれるインフォーマル組織には、以下のような明確な違いがあります。
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比較項目 |
フォーマル組織(公式組織) |
インフォーマル組織(非公式組織) |
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目的 |
経営方針や企業目標の達成 |
個人の感情や帰属欲求の充足 |
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構造 |
権限・階層・命令系統が明確 |
役職や部署に縛られない柔軟なつながり |
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発生 |
意図的・公式に設計される |
価値観や好意ベースで自然発生する |
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情報伝達 |
公式なルート(会議・報告書等) |
非公式なルート(雑談・飲み会等) |
【2】インフォーマル組織が再注目されている背景
現代のビジネス環境において、従来の厳格なピラミッド型組織や公式な制度だけでは、従業員のパフォーマンスや自発的なイノベーションを引き出すことが難しくなっています。
再注目の背景には3つの大きな要因があります。
2-1. テレワーク普及による雑談減少と孤独感
テレワークや在宅勤務の急激な普及は、業務効率化をもたらした一方で、社員間のカジュアルな「雑談」を激減させました。
業務報告や会議といったフォーマルな会話だけになり、非公式な交流が失われたことで、社員が感じる孤独感や会社との距離感が大きくなり、メンタルヘルスや帰属意識の低下が深刻な課題となっています。
テレワーク環境にあっても自発的に社員がつながり合えるインフォーマル組織を意図的に発生させ、社員の心の支えとできるかが重要な鍵となります。
2-2. 従業員エンゲージメントと心理的安全性の向上
従業員のエンゲージメントを向上させるためには、「この職場に自分の居場所がある」という帰属感や安心感を提供することが重要です。
インフォーマルなつながりの中で本音を漏らせる仲間ができることで、職場全体の心理的安全性が飛躍的に向上します。
この心理的安定こそが、日々の主体的な行動やアイデア発信を後押しし、定着率の向上へとつながります。
2-3. イノベーションを創出する「知の探索」の源泉
縦割りのフォーマル組織は情報の効率的な処理に優れる反面、イノベーションに必要な「異なる知と知の結合」を阻害するサイロ化に陥りやすい傾向があります。
これに対してインフォーマル組織は、趣味や個人のネットワークで結ばれているため、部署をまたいだ多様な人材がカジュアルに意見交換を繰り返す環境が生まれ、新しいアイデアが創出されやすくなります。
【3】インフォーマル組織がもたらす3つのメリット
非公式な集団を適切に活性化させることで、人事や現場マネジメントにおいて非常に強力な効果を引き出すことができます。
3-1. コミュニケーションと情報伝達のスピードアップ
インフォーマル組織の最大の強みは、その圧倒的なコミュニケーションスピードと柔軟性にあります。
普段から築かれている非公式な信頼関係を介せば、トラブルの予兆や顧客の些細な反応、他部署が抱える困りごとなどがスムーズに共有され、大きな問題になる前に迅速な意思決定やアクションを取ることが可能になります。
3-2. 部署の垣根を超えた協力体制と業務効率化
通常、異なる部署へ協力を要請する際には形式的な手続きが伴いますが、インフォーマルな親交があれば「少し困っているのだが、力になってくれないか」というカジュアルな相談が成立します。
部署の壁を越えたスピーディな連携が生まれることで、全社的な業務効率化と改善提案が活発化します。
3-3. 組織文化の醸成と離職率の低下
会社の理念やビジョンは、従業員が日々のインフォーマルな対話を通じて解釈を共有し、互いにフィードバックし合うプロセスを経て初めて生きた組織文化として定着します。
また、職場内に深い信頼で結ばれた仲間がいるという事実は、困難にぶつかった際の最大の支えとなり、離職を未然に防ぐ決定的な動機となります。
【4】人事が知っておくべきデメリットとリスク
インフォーマル組織の活性化は多くのメリットをもたらす反面、非公式であるがゆえに人事や管理職によるコントロールが難しく、一歩間違えると組織運営を歪ませるリスクをはらんでいます。
「良かれと思って活性化させたが逆効果になった」という事態を防ぐためにも、人事が警戒しておくべき主な3つのデメリットとリスクを正しく理解しておきましょう。
4-1. 排他的な「派閥」の形成と強い同調圧力
インフォーマルな結びつきが特定グループ内で強まりすぎると、外部を寄せ付けない閉鎖的な「派閥」へと変化するリスクがあります。
派閥化が進むと、新しく入社したメンバーや他部署の社員を排除する雰囲気が生まれ、組織内の風通しが著しく悪化します。
さらに、グループ内部で強力な同調圧力が働くことで、異論や新しいアイデアを言い出しにくくなり、多様な意見を吸い上げるというイノベーションの土壌そのものが失われてしまう恐れがあります。
4-2. 陰のボス(非公式な上下関係)の出現とハラスメントの隠蔽
公式な役職とは別に、勤続年数の長さや声の大きさなどを背景とした「陰のボス(インフォーマル・リーダー)」が存在感を持つケースがあります。
このような非公式な上下関係が肥大化すると、上司の正規の指揮命令を無視して陰のボスの指示が優先されるなど、組織の統制(ガバナンス)が機能しなくなります。
また、密室化した人間関係の中でパワーハラスメントやいじめが発生しても、被害者が声を上げにくく、周囲も見て見ぬふりをするなど、ハラスメントが長期間隠蔽される温床となりかねません。
4-3. 不確実な噂話の蔓延と公私混同
非公式な情報伝達ルート(いわゆる「噂話のネットワーク」)は伝達スピードが速い反面、事実とは異なる情報や歪められた不満が拡散しやすいという欠点があります。
評価制度への不満や役員の人事異動に関する根拠のない噂が広まることで、社内の不信感や不安を無駄に煽ってしまう結果となります。
さらに、仲の良さや個人的な好悪が業務上の判断に影響を及ぼし、特定のメンバーだけに有益な情報を共有したり、成果を正当に評価しなくなったりする「公私混同(馴れ合い)」が生じるリスクも高まります。
【5】人事が取り組むべき「管理しない」活性化施策
インフォーマル組織は自然発生するものであるため、ルールや監視でコントロールしようとすると反発を招きます。
人事の役割は、自発的につながりたくなるような環境を「仕掛ける」ことにあります。
5-1. コミュニケーションを誘発するオフィス設計
オフィスのレイアウトを見直し、異なる部署のメンバーが自然と立ち寄る「マグネットスペース」を設けることが有効です。
設備の集約: 給湯スペースや複合機、カフェカウンターなどを特定の場所に集約する。
家具の工夫: 座り心地の良いソファやハイテーブルを配置し、立ち話を誘発する。
こうした物理的な仕掛けが、部署を越えた偶然の出会いを後押しします。
5-2. 部活動・サークル活動の制度化と費用補助
従業員が自発的に立ち上げた部活動やサークル活動を会社として制度化し、活動費用の一部を補助するアプローチです。
制度化により、中途入社者や他部署の社員が参加するハードルが下がり、社内の人脈ネットワークが複層化します。
5-3. オンライン上の「雑談の場」の意図的な設計
テレワーク環境でのコミュニケーション断絶を防ぐため、デジタル空間でのつながりを生むきっかけを作ります。
・チャットツール上に「ペット」「アウトドア」など業務外のトピックチャンネルを用意する。
・1on1の冒頭にプライベートな共有時間を設ける。
・オンラインでの社内イベント費用を補助する。
といった施策が考えられます。
5-4. 監視せずフォーマル組織との適切なバランスを保つ
インフォーマル組織を健全に稼働させるためには、「監視」ではなく適切な距離を保った「見守り」が求められます。
情報のゆがみを防止するために公式での速やかな情報開示の仕組みを設け、非公式なつながりが肥大化してフォーマル組織を脅かすことを防ぎましょう。
【6】インフォーマル組織活性化の成功事例
非公式なつながりを上手くビジネスの力やエンゲージメントに変えている企業の具体的な取り組み事例を紹介します。
6-1. 【Sansan】「Know Me」による部門横断の交流支援
施策の内容:「過去に飲んだことがない他部署の社員」同士が3名以内で飲み会や食事をおこなう際に、会社が費用(1人あたり規定額)を補助する制度「Know Me(ノーミー)」を導入。
得られた効果: 公式な指示ラインだけでは生まれない偶然の会話が活発になり、異なる部署間のコラボレーションや情報共有の円滑化に貢献しています。
6-2. 【カルビー】「完全フリーアドレス化」での雑談誘発
施策の内容: オフィス環境において固定席を排除するフリーアドレス化を推進。席配置の工夫などを通じて、部署を超えた接触機会を創出。
得られた効果: 毎日異なる部署や職階の社員と隣り合わせになることで、業務外のカジュアルな挨拶や日常の会話が自然と生まれる環境を整備。組織全体の柔軟性とスピード感を高めています。
6-3. 【サイバーエージェント】オンライン「雑談の場」設計
施策の内容: テレワーク下でも社員が帰属意識を感じられるよう、オンライン懇親会の補助や、社員同士が趣味や関心で気軽に集まる部活動のコミュニティ設計を積極的に実施。
得られた効果: 孤立感の払拭だけでなく、自発的なプロジェクト立ち上げや部署横断での問題解決をオンライン上でもスピーディにおこなえる体制を確立しています。
【7】まとめ
現代の激しいビジネス環境において、組織図というフォーマルな枠組みだけで従業員の感情、帰属意識、そしてイノベーションを引き出すことには限界があります。
従業員一人ひとりが「この場所に仲間がいる、受け入れられている」と感じるインフォーマル組織の活性化は、組織に心理的安全性をもたらし、結果として離職率の低下やチームを越えた業務効率化へと直結します。
人事に求められる役割は、非公式なつながりをコントロールしようとすることではなく、その自然発生を支援する「仕掛け」を作り、見守りながらフォーマル組織との調和を保つことです。
現場に息づく非公式ネットワークを頼もしいパートナーに変え、会社の持続的な成長を支えていきましょう。


