採用活動を行う上で、「採用」や「内定」という言葉が出てきますが、どのような違いがあるのかご存じでしょうか。
どちらも似たような言葉ですが、実は意味が全然違います。
この違いを正しく理解していないと、企業と応募者の間に齟齬が生まれ、トラブルの原因になってしまうかもしれません。
そこで今回は、「採用」「内定」の違いについて解説していきます。
「採用通知書」と「内定通知書」の違いや内定を出すときに気を付けるべきこともご紹介していますので、ぜひご覧ください。
「採用」「内定」「内々定」それぞれの意味とは?
「採用」「内定」「内々定」、どれも似たような言葉ですがそれぞれ意味は異なります。
では、どのような違いがあるのか見ていきましょう。
採用
採用は、応募者が採用試験を通過し「合格」している状態です。
この段階では、企業側が一方的に雇用する意思を示しているだけであって、応募者の入社意思は分かりません。
そのため、入社してもらうには応募者に「入社意志」を確認する必要があります。
内定
内定は、企業の雇用意思と応募者の入社意志、双方の意思が固まった状態です。
法的には、
企業へ応募する行為…労働契約申し込み
応募者へ内定通知する行為…労働契約承諾
と解釈されるため、内定は労働契約の一種(解約権留保付の労働契約)として扱われ、法的拘束力が発生します。
内々定
内々定は、企業が主に新卒生に対して「内定を約束している状態」であり、労働契約は発生しないため法的拘束力はありません。
政府が発表した「2020年度卒業・修了予定者等の就職・採用活動に関する要請」によると、内定解禁日は10月1日以降としているため、それ以前は「内々定」という形を取っています。
法的拘束力はないため、企業側と内定者側の双方から内々定を取り消すことは可能です。
しかし、過去には下記のように内々定取り消しを行った企業に対し、学生が訴訟を起こした事案もあります。
内々定取り消しの事案:福岡地裁H22.6
【概要】
企業から「採用内々定のご連絡」と「入社承諾書」が送付されてきたため、当該学生は直ちに記名押印の上、返送。
これに合わせて他社の選考や内定を辞退したが、内定解禁日の直前に「採用内容内々定の取り消しご連絡」が送付されてきた。
【判断】
裁判所は「内々定で労働契約は成立しない」としたものの、
-
内定解禁日直前の内々定取り消しであったこと
-
取り消し理由について、十分な説明がなされなかったこと
を理由として、「労働契約締結過程における信義則に反した不法行為」と判断。
企業へ慰謝料100万円の支払い命令が下された。
内々定に法的拘束力はなくても、「労働契約締結過程である」と判断されていることから、誠実な対応が必要であると言えるでしょう。
「採用通知書」と「内定通知書」の違い
採用や内定に際して、応募者に「採用通知書」や「内定通知書」を送ることが多いですが、この2つの書類にはどのような違いがあるのでしょうか。
採用通知書
採用通知書は、採用試験に合格した応募者に対して、「採用」することを通知する書類です。
しかし、「採用通知書」という書類に法的な定義はないため、「何を示す書類なのか」は、企業によって異なります。
あくまで採用の合否を伝えることが目的のため、内定通知書よりは簡易的な内容になっているケースが多いです。
内定通知書(採用内定通知書)
内定通知書は申し込まれた労働契約に対し、企業が承諾する意思を証拠として示す書類です。
内定通知書については発行の義務はないものの、内定を出した証拠として法的な効力を持つ書類となりますので、発行には注意が必要です。
内容についても法的な定義はありませんが、一般的には
-
入社日
-
入社日までに必要な書類(入社成約書や身元保証書など)
-
内定取り消し事由
を記載しているケースが多いです。
内定の事実を書面で残しておくことは内定後のトラブル回避にも繋がるため、内定通知書は発行しておくことをおすすめします。
内定を出す際に気を付けるべきこと
雇用したいと思う人材が表れたら、企業は内定者獲得に向けて動き出す必要があります。
ここでは、内定を出す際に気を付けるべきことをご紹介します。
連絡、通知のスピード感
応募者のほとんどは同時並行で複数社の選考を受けているため、面接後の連絡が遅くなると内定者を獲得しづらくなります。
連絡が遅いと「不採用なのか」「いつまで待っていればいいのか」といった不安感や不信感を抱いてしまうためです。
また、早めの就職を希望する人が多い中途採用では、最も早く内定が決まった企業へ就職する傾向にあります。
機会損失を減らすためにも、連絡や内定通知は早めに行いましょう。
内定者フォロー
採用市場は空前の売り手市場が続いており、求人倍率も高水準になっている影響から、複数の企業から内定を獲得している求職者も珍しくありません。
特に新卒採用では、職場の人間関係や仕事に対して不安を感じている学生も多いため、その不安を払拭させることが重要です。
面談や食事会、懇親会といった内定者フォローを行うと、就職に対する不安・懸念の解消にもつながり、内定辞退を減らすことができるでしょう。
内定取り消しの取り扱い
内定取り消しは、応募者へ内定通知してから入社するまでの間に、企業が内定を取り消すことです。
文書によって内定通知を受け、入社同意書や誓約書といった書面を提出した内定の場合、「解雇」に相当します。
解雇は労働契約法第16条によって、下記のように定められています。
簡単に言うと「第三者から見ても解雇が妥当と認められなかったら無効」ということですね。
下記は、内定取り消しによる過去の判例です。
大日本印刷採用内定取消事件:S54.7.20最二小判
【概要】
在籍大学の推薦を受け応募した結果、採用内定を得た。
後日、企業から内定通知書と誓約書が送られてきたため、指定日までに返送。
在籍大学では、内定を得た場合はその会社に入社し、以降他社選考を受けないという「先決優先指導」を行っていた。
当該学生もそれに従って就職活動を中止したが、理由の明示もなく、突如採用内定を取り消された。
【判断】
解約権を留保した労働契約が成立しているとした上で、「解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ社会通念上相当とは認めがたい」と判断。
内定取り消しが無効となった。
上記のように、正当な理由なしでの内定取り消しはトラブルのもとになります。
では、内定取り消しが認められるケースにはどのようなものなのがあるのでしょうか。
内定取り消しが有効とされる事由
内定取り消しは、原則下記の場合に限られるとされています。
「採用内定の取消事由を採用内定当時には知ることができず、また知ることが期待できないような合理的事由であり、社会通念上相当とされるもの」
では、具体的にはどのようなことが挙げられるのでしょうか。
内定者側、企業側それぞれの都合による内定取り消しについてみていきましょう。
内定者側の都合による内定取り消し
内定者側の都合による内定取り消しが認められる具体例は、下記のようなケースが挙げられます。
-
内定者の健康状態が急激に悪化し、働けなくなった場合
-
単位不足や退学によって、卒業できなかった場合
-
提出書類に虚偽の内容をした場合
-
犯罪行為やSNSなどに不適切な投稿をした場合
企業側の都合による内定取り消し
企業側の都合による内定取り消しは、「新規の採用ができなくなるような不測の経営事情が発生した場合」とされています。
不況などの経営悪化による内定取り消しの場合、原則として整理解雇の要件を全て満たす必要があります。
【整理解雇の要件】
-
人員削減の必要性があること
-
解雇を回避するために最大限努力したこと
-
解雇対象者の人選が合理的に行われていること
-
労働者への説明や協議手続きを尽くしたこと
また、内定取り消しが解雇とみなされた場合、労働基準法第20条の「解雇の予告規定」が適用となる可能性があります。
(解雇の予告)
使用者は、労働者を解雇しようとする場合においては、少なくとも三十日前にその予告をしなければならない。
三十日前に予告をしない使用者は、三十日分以上の平均賃金を支払わなければならない。
但し、天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となった場合又は労働者の責に帰すべき事由に基づいて解雇する場合においては、この限りでない。
電子政府の総合窓口e-Gov「労働基準法20条」
解雇予告は30日前までに行う必要があるため、やむを得ず内定取り消しを行う場合はできる限り早めに通知しましょう。
内定取り消しは、訴訟を起こされる可能性もあることから慎重な判断が必要です。
トラブル回避のためにも、弁護士などの専門家へ相談も検討する必要があるかもしれませんね。
「採用」と「内定」の違いを把握してトラブル回避
ご紹介したように「採用」「内定」「内々定」は、それぞれ意味が異なります。
この違いを理解していないと応募者との間に齟齬が発生し、トラブルの原因や最悪の場合、法律に反してしまう可能性もあるので十分に注意しましょう。
また、「入社してほしい!」という人材に出会えたら、できる限り早めに連絡して入社まで内定者フォローを行うことが重要です。
せっかく内定を出した人が辞退してしまわないように企業としてできることを実践しましょう。
万が一、内定取り消しを行う場合は、訴訟を起こされる可能性もあるため、弁護士などへ相談すると安心ですね。