近年、ビジネスの場面で「デザイン思考」という言葉を耳にする機会が増えたのではないでしょうか。
デザイン思考は、デザイン業務で用いられる思考方法ですが、ユーザーのニーズを起点に問題解決策を導き出すため、ビジネスにも転用可能です。
実際、Appleや任天堂といった名だたる企業も、デザイン思考を使って革新的な製品を生み出しています。
この記事では、ビジネスパーソンが身につけておきたい「デザイン思考」の概要やプロセス、ポイント、活用できるフレームワークについてご紹介いたします。
また、メリットや注意点、事例についてもまとめていますので、ぜひご覧ください。
デザイン思考とは?アート思考やシステム思考との違い
デザイン思考とは、デザインに必要な思考プロセスを活用し、ビジネス上の問題に対して最適な解決策を導き出すための思考方法です。
そもそも「デザインする」という動詞には、“新しい可能性を見つけるための問題解決プロセス”といった意味があります。
つまり、顧客のニーズを基盤に「課題解決や、より良い価値を提供するにはどうすれば良いか」という視点でアイデアを創出することです。
デザイン思考の3つの特徴
デザイン思考には、3つの特徴があります。
具体的には、
- 問題解決で最も重視する要素は、ユーザーの共感や満足である
- 問題定義と解決意図を明確にした上で、アイデアの創出と組み合わせて試行錯誤を繰り返し、ブラッシュアップしていく
- 固定概念やバイアス、前例は排除して考える
です。
「問題は何か」「この仮説は正しいのか」のように、いくつも自問自答しながら課題解決に挑戦します。
デザイン思考は、デザイン業務を行う際に用いられるものですが、思考方法を学んで繰り返し実践していけば、デザイン関係者以外も身につきます。
アート思考との違い
アート思考とは、自分の自由な発想でアイデアを発想することです。
デザイン思考もアート思考もアイデアを出すための思考方法ですが、両者には明確な違いがあります。
デザイン思考が顧客のニーズを基盤とするのに対し、アート思考が基盤とするのは自分の自由な発想です。
実現可能性や顧客ニーズに関係なく自由に発想するので、斬新なアイデアが生み出されることもあります。
それぞれに長所と短所があるため、「既存プロダクトの飛躍はデザイン思考」「ゼロベースでの創出はアート思考」のように、目的やシーンに応じて使い分けることが重要です。
システム思考との違い
システム思考とは、物事を俯瞰して捉え、系統的に考える思考方法です。
問題をシステム的に捉え、全体像を行動などの様々な要素のつながりとして構造化して、本質的な原因を探ります。
そこから問題解決を導き出す考え方のことを「システム思考」と言います。
デザイン思考とシステム思考の違いは、顧客のニーズを起点とするデザイン思考に対し、システム思考が課題や問題を起点とする点です。
デザイン思考とシステム思考を組み合わせて、課題解決に取り組むこともあります。
なぜ今デザイン思考が必要なのか
ではなぜ、デザイン思考が注目を集めているのでしょうか。
その理由として、VUCA時代の到来による価値観や社会環境の変化が挙げられます。
VUCAとは、「Volatility(変動)」「Uncertainty(不確実)」「Complexity(複雑)」「Ambiguity(曖昧)」の頭文字を取った言葉です。
大量生産・大量消費の時代は、人々の価値観・ニーズはほぼ同じだったため、多少使い勝手が悪くても新しさのある製品や高性能な製品を出せば、購入してもらえました。
しかし、近年はIT技術の急速な進化やグローバル化などの影響で、価値観やニーズは多様化し、企業を取り巻くビジネス環境は変化しています。
変化が激しく先を予測するのが困難なVUCA時代に突入したため、これまでの「広く浅く万人受けする商品・サービス」ではニーズを満たすことができなくなったのです。
多様化・複雑化したニーズへの解決策を迅速に導き出さなくてはならないため、ユーザーのニーズを起点としたデザイン思考が注目を集めるようになりました。
デザイン思考のプロセス
ここでは、デザイン思考の具体的なプロセスをご紹介いたします。
共感(Empathize)
共感は、デザイン思考の核となる重要な過程です。
価値あるイノベーションを創出するには、ユーザーへの理解を深めなくてはなりません。
なぜ、どのように行動するのか、どんなニーズがあって、どう考えているのかを観察・インタビューなどで探ります。
問題定義(Define)
共感の段階で得た情報をもとに、ユーザーの潜在的な課題やニーズを定義します。
ユーザーは、自分自身の本質的なニーズを理解していないことも多いため、言語化された情報を深掘りして、課題を抽出することが重要です。
例えば、「椅子が欲しい」というニーズに対する潜在的なニーズは、「テレワーク環境を整えて、仕事に集中したい」かもしれません。
このように、顕在化したニーズの背景まで考えれば、方向性やコンセプトを策定しやすくなります。
アイデア創造(Ideate)
問題定義の段階で設定した方向性やコンセプトを実現するために、アイデアやアプローチ法を出していきます。
アイデア出しは、質よりも量が重要です。
ブレインストーミングを実施して、各メンバーに思いついたことを自由に発言してもらいましょう。
プロトタイプ(Prototype)
チームの支持を集めたアイデアをいくつかピックアップして、製品やサービスの試作品を作ります。
試作は、
- 創造と問題解決
- 会話をはじめる
- 早く安く失敗する
- 解決策構築プロセスの管理
などの目的があるため、「形にすること」が重要です。
ユーザーと会話できるものなら、紙とテープで作った簡易的な試作品で構いません。完成度の高さは求めず、簡易的な試作品を作りましょう。
素早く安価に試作品を作ることで、低コストで様々なアイデアを追及できます。
テスト(Test)
試作品が完成したら、ユーザーテストを行って「ユーザーのニーズに見合ったものになっているか」「きちんと機能しているか」などを確認します。
ユーザーから得たフィードバックを商品やサービスに反映させ、ブラッシュアップしていきます。
デザイン思考の各プロセスでのポイント
デザイン思考は、「共感」〜「テスト」まで5つのプロセスがあります。
ここでは、その各プロセスを実行する際に押さえておきたいポイントや、具体的なやり方についてご紹介いたします。
共感(Empathize)
共感するには、「観察」や「インタビュー」といった方法が有効です。
観察
「何をしているのか」「どのように行動しているのか」「どうしてその行動をしたのか」を問いかけると、ユーザーの潜在的なニーズや課題の理解に役立ちます。
なお、「ユーザーはこんな風に感じているはずだ」などの先入観があると、事実を捻じ曲げて解釈してしまう可能性があるため、注意が必要です。
先入観を持たず、ユーザー行動をありのまま受け止めてください。
インタビュー
ユーザーにインタビューする際は、スムーズに進行できるよう、質問の流れや聞くことをあらかじめ決めておくのがポイントです。
このとき、「普段は」など曖昧な表現は避け「○○のとき、あなたはどういう行動を取りますか?」のように、具体的な状況について聞きましょう。
その後に「それはなぜですか?」と深掘りしてください。予想外の興味深い回答が出てくることもあります。
行動と発言が矛盾しているユーザーは多いです。矛盾点は、気づきのヒントになるため、注目してみてください。
問題定義(Define)
観察やインタビューした中から特徴的なユーザーに焦点を絞り、その人をイメージしながら進めるのがポイントです。
そのユーザーの発言や行動、考え、感情をまとめた「共感マップ」を作成して、特徴や事実、ニーズを洗い出します。
不満やニーズは推測を交えても構いませんが、その人の行動や発言(事実)にもとづいたものにしましょう。
ニーズを洗い出したら、その人の考えを想像しつつ「なぜ困っているのか」など、ニーズや課題の理由を掘り下げてください。
顕在的なニーズや課題に対して「なぜ」と深掘りすると、「それはつまりこういう問題があるからではないか」と定義することができます。
ここで洗い出した「特徴的なユーザー」「そのユーザーのニーズ」「なぜなら」を組み合わせることで、問題定義が完成します。
アイデア創造(Ideate)
適切な解決策を導き出すには、「何についてのアイデアを出すのか」テーマを決めることが重要です。
問題定義文に対して、「こうしてはどうか」「○○するにはどうしたら良いか」問いかけを考えましょう。
チーム内でいくつか問いかけが出てきたら投票を行い、最も投票数が多いものをテーマに設定して、アイデアを出していきます。
ブレインストーミングで出てきたアイデアは、ホワイトボードに書いて可視化しましょう。アイデアが全体に共有されると、他のメンバーの刺激になります。
アイデアを評価・判断すると、メンバーが委縮して新たな意見が出にくくなるため、突飛な意見でも否定しないことがポイントです。
また、「○○を思い浮かべて」「〇秒以内に〜をできる限り多く思い浮かべて」のように、何らかの成約を設けるのも、アイデアを引き出すのに有効です。
アイデアを選択する際は、「最も喜ばしいもの」「合理的な選択」「最も意外だったもの」など、3つの投票基準を設けて投票しましょう。
票を多く集めたアイデアを2〜3個ピックアップしたら、試作段階へ進みます。
プロトタイプ(Prototype)
この段階でポイントとなるのは、「変数を決めること」「ユーザー主導で作ること」です。
変数を決める
「変数(変わる可能性のある部分)」を決めると、各プロトタイプで何をテストしようとしているのかが明確になります。
変数が把握できれば、すべての解決策に対応した複雑なプロトタイプを作る必要はなくなります。
また、いくつもの変数を一つのプロトタイプに入れてしまうと、ユーザーからフィードバックをもらっても、何に対する反応なのかが分かりません。
ユーザー主導で作る
ユーザーにプロトタイプを使ってもらい、その反応を観察して利用体験を聞きながらフィードバックを得ます。
ユーザー主導でプロトタイプを作ると、ユーザーが何を作ろうとしているのかが分かるため、新たな視点やニーズが見えてきます。
テスト(Test)
テストでは、経験してもらうことがポイントです。
ユーザーにプロトタイプを渡し、彼らがどのようにプロトタイプを使うか、どういった反応をするか観察します。
誤用も含めた素直な反応を見ることが目的なので、説明は必要最低限に留めてください。
プロトタイプ制作理由や、制作者の考えを伝えるのはNGです。
ユーザーがプロトタイプを使った感想や質問に耳を傾けると、改善すべき点が見えてきます。
また、ユーザーに複数のプロトタイプを試してもらうと比較できるため、潜在的ニーズの把握に役立ちます。
デザイン思考に役立つフレームワーク
デザイン思考と相性の良いフレームワークをご紹介いたします。
共感マップ
共感マップとは、ユーザーのニーズを把握するためのフレームワークです。
ペルソナ(特定のユーザー)の考えや価値観を理解するために、
- 見ているもの
- 聞いていること
- 考え・感じていること
- 行動・言動
- 痛み・ストレス
- 望んでいること
の6つの要素を書き出して整理します。
ビジネスモデルキャンバス
ビジネスモデルキャンバスとは、ビジネスモデルを分析し、その構造を可視化したフレームワークです。
具体的には、
- 顧客セグメント
- 価値提案
- チャネル
- 顧客との関係性
- リソース
- 主要活動
- パートナー
- コスト構造
の9つの要素から成り立っています。
ビジネス構造を分解することで、新たな課題や気づきを得られるため、課題解決のヒントを得ることができます。
事業環境マップとSWOT分析
事業環境マップは、外部環境を分析するフレームワークです。
事業を取り巻く外部環境を、
- 市場
- 産業
- トレンド
- マクロ経済
の4つに分類します。
また、
- Strength(強み)
- Weakness(弱み)
- Opportunity(機会)
- Threat(脅威)
の4要素を分析する「SWOT分析」を組み合わせると、内部環境と外部環境を把握できます。
デザイン思考のメリット
では、デザイン思考を実践するとどういった効果を得られるのでしょうか。
新しいアイデアやイノベーションの創出につながる
デザイン思考では、ブレインストーミングなどで、様々なアイデアを大量に出します。
アイデアを批評されることありませんし、試行錯誤を繰り返してブラッシュアップしていくため、「とりあえず意見を出す・トライする」という考えが習慣化しやすいです。
メンバーは失敗を恐れずに提案するようになるため、新しいアイデアやイノベーションの創出につながります。
多様な意見を受容できるようになる
デザイン思考には、多様な意見が欠かせません。
というのも、それぞれの意見を否定せずに向き合うことで、新たな気づきやアイデアが生まれるからです。
ときには、ニーズや課題解決を実現するために、異なる意見を組み合わせることもあります。
チーム力が強化される
デザイン思考は、チームメンバーが意見を出し合うことで真価を発揮します。
役職や在籍年数に関係なく、全員が自由に発言するため、普段のコミュニケーションも活発化するでしょう。
コミュニケーションが活発化すれば、情報共有がスムーズになったり、互いに助け合ったりするようになるため、チーム力強化につながります。
デザイン思考の注意点
ここでは、デザイン思考に取り組む際の注意点についてご紹介いたします。
ゼロベースでの創出には向いていない
デザイン思考は、ユーザーのニーズを起点として新しいアイデアを生み出す思考方法です。
そのため、既存の製品やサービスをアップデートするには有効ですが、ユーザーがいないゼロベースの状態から、新しい製品やサービスを生み出すのには向いていません。
結果を重視しすぎる
デザイン思考に固執するあまり、プロセス(前提)よりも結果を重視しすぎる傾向にあります。
結果を重視しすぎると、アウトプットがありきたりなものになってしまうため、本質的な課題の解決になりません。
「共感」でユーザーの潜在的なニーズを把握し、「問題定義」で根本的な問題を明らかにすることが重要です。
デザイン思考を活用した企業事例
私たちの身の回りには、デザイン思考を活用して製品化されたものがあります。
では、どういった製品がデザイン思考で生み出されたのか、事例を見ていきましょう。
Apple「iPod」
音楽プレイヤーの「iPod」は、デザイン思考から生まれた製品です。
共感
競合他社製品の分析や、ユーザーがどのように音楽を聞いているのかを徹底的に観察・分析するところから開始しました。
その結果、多くのユーザーが「CD⇒PC⇒プレイヤー」の手順で音楽データを移すことに手間を感じていることが判明しました。
また、「どこにいても、その場で選んだ音楽を聴きたい」という潜在的ニーズも発見しています。
問題定義
共感段階のニーズから「すべての音楽をポケットに入れて持ち運ぶ」といったコンセプトを確立しました。
アイデア
回転する円盤で画面操作できるマウスや、iPodとPCを自動同期させるシステムなど斬新なアイデアが生まれました。
プロトタイプ&テスト
創業者スティーブ・ジョブズからの度重なる改善要請により、試作とテストを繰り返したiPodは、世界的な大ヒットを記録しています。
任天堂「Wii」
人気の家庭用ゲーム機「Wii」も、デザイン思考で生み出された製品です。
共感
任天堂では従業員の家庭を調査することからはじめました。
調査の結果、「ゲーム機があることで親子関係が悪化している」「ゲーム機があると、リビングでの子どもの滞在時間が短い」といった状況であることが判明しました。
問題定義
共感で得た情報から、「家族で楽しむことができて、親子関係を良くするゲーム機」を開発テーマに設定しました。
アイデア
開発チームからは、「家族みんなで使える」「リモコンのようなコントローラー」「リビングに置いても邪魔にならないコンパクトな本体」などの案が生まれました。
プロトタイプ&テスト
重さや形、操作性といった細かな点を検討して、1,000回以上の試作を行った末、「Wii」が誕生しました。販売台数は1億台を超えています。
デザイン思考でイノベーションを創造
デザイン思考は、デザイナーがデザイン業務で活用する思考方法です。
しかし、ユーザーのニーズを起点に問題解決を図ることから、今ではビジネスにも転用されています。
デザイン関係者以外も積極的に活用すれば、より良い製品・サービスを生み出せるでしょう。
プロダクトの開発だけでなく、あらゆるシーンで活用できるため、ご紹介したプロセスやフレームワークを参考に、実践してみてはいかがでしょうか。