2020年に成立した改正高年齢雇用安定法が、すべての企業を対象に2021年4月から施行されています。
これまでの内容に加え、新たに「70歳以上の就労機会確保」が努力義務として追加されたため、まだ実施していない企業もあるのではないでしょうか。
この記事では、高年齢雇用安定法を理解するために、改正に至った背景や改正前後の内容、罰則規定について解説いたします。
また、企業が対応すべきことや助成金についてもご紹介しますので、ぜひご覧ください。
本記事は2021年8月時点の記事です。
「高年齢雇用安定法」に関しては厚生労働省の以下のページ、資料をご確認ください。
厚生労働省:「高年齢者雇用安定法の改正~70歳までの就業機会確保~」
厚生労働省発表資料:「高年齢者雇用安定法改正の概要」
高年齢者雇用安定法とは何か?改正に至った背景
高年齢者雇用安定法とは、高年齢者の安定した雇用確保を目的とした法律です。
社会情勢に応じて内容は変更され、直近では2020年3月に改正法が可決・成立しました。改正後の高年齢者雇用安定法は、2021年4月から施行されています。
今回の改正では、改正前の内容に加えて「70歳までの就業機会確保の努力義務」が課されました。
高年齢者雇用安定法の制定や改正の背景
そもそも、なぜ高年齢者雇用安定法が存在するのでしょうか。
ここでは、制定や改正に至った背景についてご紹介いたします。
働き手の確保
参考:内閣府「令和2年版高齢社会白書(全体版)」
日本では少子高齢化社会が進行し、15~64歳の現役世代が減少し続けているため、従来のように、一部の人たちだけでは経済活動を維持できなくなっています。
日本経済を維持するには、女性や高年齢者、障碍者、外国人など、働く意欲のある人すべての就労を促進し、働き手を確保しなくてはなりません。
政府は「全員参加型」の社会を実現するため、各方面から様々なアプローチを行っており、高年齢者雇用安定法の改正もその一つです。
現役世代の負担軽減と財源確保
1960年代以前では、65歳以上の高年齢者1人を現役世代が支える割合は、10.0以上あったため、現役世代にかかる負担は少ないものでした。
しかし、平均寿命の延伸と出生率の低下によって年々その値は減少し、2020年には2.0、2065年には1.3にまで減少すると予想されています。
現役世代の負担軽減と年金支給の財源を確保するため、政府は年金支給開始年齢の段階的な引き上げや、支給額の減少といった施策を講じることになりました。
しかし、定年が60歳、年金支給開始が65歳では、5年間の空白期間が生じます。
そこで、空白期間をなくすために「高年齢者雇用安定法」で定年の引き上げや継続雇用などを盛り込んだのです。
高年齢者の高い労働意欲
参考:内閣府「令和2年版高齢社会白書(全体版)」
高齢社会白書の調査によると、現在仕事をしている60歳以上の人のうち、約4割が「働けるうちはいつまでも働きたい」と回答しています。
「70歳くらいまで」もしくはそれ以上の回答も合計すれば、約9割と多くの人が高い意欲を持っていることが分かります。
このように、社会的な問題と高年齢者の労働意欲を結びつけるものとして、高年齢雇用安定法は運用されています。
これまでと何が違う?2021年4月から施行された改正内容
では、改正前と改正後の高年齢者雇用安定法は、具体的にどのような違いがあるのでしょうか。
改正前の内容
これまでの高年齢者雇用安定法は、
- 60歳未満の定年禁止
- 65歳までの雇用確保措置
です。
なお、65歳までの雇用確保措置は、
- 65歳までの定年引き上げ
- 定年制の廃止
- 65歳までの継続雇用制度(再雇用制度・勤務延長制度等)導入
のいずれかを実施しなくてはなりません。
「高年齢者雇用確保措置」は義務のため、これに従わないと法律違反となります。
現段階で罰金などの罰則規定はありませんが、行政からの指導に従わなかった場合、社名を公表されることもあります。
改正後の内容
今回の改正では、65歳までの雇用確保義務に加えて、70歳までの就業機会を確保するため、「高年齢者就業確保措置」の努力義務が追加されました。
具体的な内容は、
-
- 70歳までの定年引き上げ
- 定年制の廃止
- 70歳までの継続雇用制度(再雇用制度・勤務延長制度)の導入(特殊関係事業主に加えて、他の事業主によるものを含む)
- 70歳まで継続的に業務委託契約を締結する制度の導入
- 70歳まで継続的に以下の事業に従事できる制度の導入
a.事業主が自ら実施する社会貢献事業
b.事業主が委託、出資(資金提供)等する団体が行う社会貢献事業
で、①~⑤のいずれかの措置を講じるよう努めなくてはなりません。
④⑤は、雇用以外で就業機会を提供する「創業支援等措置」と位置づけられています。
④⑤を導入するには労働組合の同意が必要であり、社会貢献事業に該当するかどうかが問題となります。よって、①~③で対応するのが現実的でしょう。
対象となる事業主は、
- 65歳~70歳未満の定年制度を導入している事業主
- 65歳までの継続雇用制度を導入している事業主
です。
改正後の“努力義務”とは?違反すると罰則はある?
「高年齢者就業確保措置」は努力義務ですが、そもそも“努力義務”とは何でしょうか。
努力義務とは、法律の条文で「~するよう努めなければならない」などと規定された義務のことです。
「義務規定とするには厳しすぎるが、法律の趣旨・目的からすれば守るのが望ましい」という場合に設けられます。
今回の「高年齢者就業確保措置」は、前改正に対応したばかりの事業主も多い中、さらに年齢の引き上げを義務づけるのは時期尚早、という見解がなされたと捉えて良いでしょう。
なお、高年齢者就業確保措置は、すべての企業に一律に適用されるため、自社に高年齢の従業員がいなくても、努力義務を負っていることは理解しておきましょう。
違反時の罰則について
努力義務は、あくまで自発的な行為を促すものなので、刑事罰や過料といった罰則はありませんが、「違反時のリスクがない」というわけではありません。
高年齢者就業確保措置を導入しないままでいると、行政指導の対象となる可能性があります。
「指導後も状況が改善していない」と判断された場合、勧告や社名公表といった措置を取られる可能性もあるため、注意が必要です。
また、法律の趣旨や目的に反する行為をしていた場合、損害賠償請求などの大きなトラブルに発展するリスクもあります。
高年齢者雇用安定法は社会的な背景をもとに、幾度も改正されています。
今後の改正で“努力義務規定”が“義務規定”に変更される可能性も十分あるため、早い段階から制度を整えておきましょう。
高年齢者を雇用する際に配慮すべき点
高年齢者を雇用する際は、健康や教育など様々な配慮が必要です。
健康への配慮
若年・中年者と比べると、高年齢者は健康上の問題が起こりやすくなります。
実際、労災死傷者数に占める60歳以上割合は26%と非常に多いことから、職場環境の改善や健康・体力の状態把握といった対策は欠かせません。
具体的には、
- 健康診断の実施・説明
- 健康状態を考慮した適正な配置
- 無理のない勤務形態
- 健康指導
などが挙げられます。
職場環境の配慮
高年齢者は身体的・精神的な機能が低下しているため、働きやすい環境を整えることも重要です。
例えば、
- 作業場所や通路、階段などの照度を適切に設定する
- 絵表示を取り入れる
- 暑熱・寒冷の対策を取る
- 会話や警告音を聞き取れるよう騒音対策を取る
- 段差の解消やスロープ・手すりの設置
- スリップ防止策
などの施策が挙げられます。
対応を検討する際は、厚生労働省「高年齢労働者に配慮した職場改善マニュアル」を参考にしましょう。
教育の配慮
高年齢者が定年前と違う業務に就くときは、その特性に応じた研修や訓練といった教育を実施し、円滑な就労をサポートするのが望ましいです。
また、高年齢者に対しては安全衛生教育の実施も必ず行いましょう。
加齢による身体的・精神的機能の低下を自覚することで、ある程度の労災防止効果を得らえます。
所得への配慮
定年後の賃金は、ピーク時の給与額の5~8割程度になるのが一般的です。
とはいえ、急激な給与引き下げは高年齢者に大きな不安を与えるだけでなく、生活にも支障をきたす可能性があるため、賃金にも配慮する必要があります。
定年後は「80%⇒70%⇒60%」のように、段階的な引き下げや、時給制度に変更する企業が多いです。
雇用を延長する「勤務延長制度」の場合、基本的に役職や賃金、労働条件などの変更はありません。
「再雇用制度」は、定年時に一度退職扱いにして、再度雇用契約を締結するため、役職や賃金、労働条件などが見直されます。フレキシブルな対応ができるため、多くの企業が導入しています。
また、賞与は従業員のモチベーションアップにつながりますが、金銭的報酬を与えると、在職老齢年金額の一部または全部が支給停止になることもあるため、注意が必要です。
改正後に企業が対応すべきこと
ここでは、改正後に企業が取るべき具体的な対応についてご紹介いたします。
措置の選択
高年齢者就業確保措置の5つのうち、自社でどの措置を導入するべきか労使間で十分に協議した上で選択してください。
このとき、高年齢従業員にも聞き取りを行うと、実態に即した措置を導入することができます。
なお、複数の措置を導入することも可能です。
対象者の設定
改正前の高年齢者雇用確保措置では、希望する高齢者全員を対象とした、制度の導入が義務づけられていました。
しかし、今回改正された「70歳までの継続雇用制度」や「創業支援等措置」では、対象者を限定する基準を設けることが可能です。
ただし、その場合は「過半数労働組合などの同意を得ることが望ましい」とされています。
原則、対象者基準の内容は労使に委ねられますが、十分協議して定めたものでも、高齢者雇用安定法の趣旨や労働関係法令に反するもの、公序良俗に反するものは認められません。
具体的には、「上司の推薦がある者のみ」などの曖昧な基準、「男性(女性)のみ」といった差別的基準は認められない可能性が高いため、注意が必要です。
高年齢者雇用状況等報告
常時31人以上を雇用する事業主は、毎年6月1日時点の高年齢者の雇用状況や定年年齢などをハローワークに届出しなくてはなりません。
今回の改正によって、高年齢雇用安定法に関する実施状況や措置の適用状況に関する項目が追加されています。
届出を怠っても罰則はありませんが、「高年齢者雇用状況等報告書」の届出が義務づけられているため、期日までに必ず提出しましょう。電子申請による提出も可能です。
離職する場合は「再就職支援措置」
解雇などで離職する高年齢者には、
- 求職活動に対する経済的支援
- 再就職や教育訓練受講などのあっせん
- 再就職支援体制の構築
などの「再就職援助措置」を講じるよう努めなければなりません。
それまで対象だった「事業主都合で離職せざるを得ない45歳~65歳」に加え、「65歳~69歳の高年齢者」や「対象者基準をクリアできず離職する高年齢者」も追加されました。
多様な従業員への再就職支援を行わなくてはならないため、しっかりと支援体制を整える必要があります。
また、職予定の高年齢者が希望するときは、当該労働者の能力などに十分配慮して、速やかに「求職活動支援書」を作成・交付しなければなりません。
迅速に対応できるよう、あらかじめ各従業員の能力などを正確に把握しておきましょう。
65歳超雇用推進助成金の活用で就業機会の確保を促進
高年齢者の就業機会確保を促進するため、「65歳超雇用促進助成金」が用意されています。
3つのコースがあり、助成内容や条件、支給額はそれぞれ異なります。
65歳超継続雇用促進コース
65歳超継続雇用促進コースは、
- 65歳以上への定年引き上げ
- 定年の定めの廃止
- 希望者全員を対象とする66歳以上の継続雇用制度の導入
- 他社による継続雇用制度の導入
のいずれかを実施した事業主に助成を行うコースです。
【支給額】
5万円~160万円
措置の内容や年齢の引き上げ幅などによって支給額が異なります。
小見出し:高年齢者無期雇用転換コース
50歳以上で定年年齢未満の有期契約労働者を、無期雇用に転換させた事業主に助成を行うコースです。
【支給額】
中小企業:48万円(生産性要件を満たした場合:60万円)/1人
中小企業以外:38万円(生産性要件を満たした場合:48万円)/1人
小見出し:高年齢者評価制度等雇用管理改善コース
高年齢者向けの雇用管理制度の整備にかかわる措置(能力評価・人事処遇制度・勤務制度の見直し、能力開発など)を実施した事業主経費の一部助成を行うコースです。
【支給額】
支給対象経費の額に助成率を乗じた額
中小企業:60%(生産性要件を満たした場合:75%)
中小企業以外:45%(生産性要件を満たした場合:60%)
支給対象経費は、初回に限り50万円とみなされます。2回目以降の申請は、総額50万円を上限として経費の実費が支給対象経費となります。
内容は変更となる可能性があるため、助成金を利用する際は必ず厚生労働省のページをご確認ください。
参考:厚生労働省「65歳超雇用推進助成金」
高年齢者の雇用を促進しよう
高年齢者雇用安定法の70歳までの就業確保措置は、現状“努力義務”に留まっています。
罰則規定はありませんが、場合によっては行政指導や社名公表といったペナルティを受けたり、訴訟トラブルに発展したりする可能性もあるため、注意が必要です。
積極的に高年齢者雇用に取り組めば、社内外へのアピールにもつながるため、人材確保の面でも有効でしょう。
今後はさらに少子高齢化が進むため、いずれ義務化される可能性も十分に考えられます。よって、今の段階から高年齢者の雇用に力を入れておくのが望ましいでしょう。
本記事は2021年8月時点の記事です。
「高年齢雇用安定法」に関しては厚生労働省の以下のページ、資料をご確認ください。
厚生労働省:「高年齢者雇用安定法の改正~70歳までの就業機会確保~」
厚生労働省発表資料:「高年齢者雇用安定法改正の概要」