「自分の意見を押し通してしまう」「つい相手の意見に従ってしまう」など、自己主張に課題を感じている人も多いのではないでしょうか。
自分の意見を主張するのも重要ですが、あまり過剰になるとトラブルの原因になります。
そこで注目されているのが、相手を尊重しつつ、自分の意見を主張する「アサーティブ・コミュニケーション」です。
ダイバーシティが進む近年では、多様な価値観を持つ人たちと働く機会が増えていることから、重要性は増しています。
この記事では、アサーティブ・コミュニケーションの概要や注目されている理由、構成要素について解説いたします。
また、トレーニング方法や具体例についてもまとめていますので、ぜひご覧ください。
アサーティブ・コミュニケーションとは
アサーティブ・コミュニケーションとは、相手の意見を尊重しつつ、自分の意見や気持ちを適切に伝えることです。
アサーティブ(Assertive)は、「断定的な」「断言する」「はっきり自己主張する」といった強めの意味を持ちますが、アサーティブ・コミュニケーションは一方的な自己主張ではありません。
どちらか一方が意見を押し通りたり、主張を控えたりすることではなく、互いの考えを尊重した上で意見交換するコミュニケーション方法を言います。
NPO法人アサーティブジャパンの森田汐生氏によると、アサーティブ・コミュニケーションは、
自分の気持ちや意見を、相手の気持ちも尊重しながら、誠実に、率直に、そして対等に表現すること
引用:特定非営利活動法人 アサーティブジャパン「はじめに」
としています。
相手を不快にさせずに自分の意見を伝えられるアサーティブ・コミュニケーションは、すべてのビジネスパーソンが身につけるべきスキルと言えるでしょう。
アサーティブ・コミュニケーションは、1949年頃のアメリカで生み出され、人種差別やジェンダー差別の是正を求める活動の中「いかに自己主張をするか」を模索する過程で発達してきました。
グローバル化やダイバーシティが進む現代において、国籍や人種、民族、ジェンダーなど、多様なアイデンティティを持つ人材と接する機会が増えています。
こうした環境の中で円滑にコミュニケーションを取るには、アサーティブ・コミュニケーションが欠かせません。今後はさらに重要性が高まるでしょう。
3種類の自己主張方法
アメリカの心理学者ジョセフ・ウォルピ氏は、自己主張の方法を3つに分類しています。
ここでは、3種類の自己主張方法についてご紹介いたします。
アグレッシブ(攻撃的な自己主張)
アグレッシブは、物事や自分の考えを相手にはっきりと伝えられる一方、相手の立場や意見、感情を無視してしまいます。
例えば、
- 自己中心的
- 不機嫌・忙しい雰囲気を醸し出す
- 否定から入る
- 意見が通らないと感情的になる
- 勝ち負けにこだわる
などです。
相手への配慮が欠けているため、相手を委縮させてしまいます。
人間関係で衝突することも多く、ハラスメントにつながりやすいタイプです。
ノンアサーティブ(受け身的な自己主張)
ノンアサーティブは、自己主張せず受け身に徹するタイプで、アグレッシブとは真逆です。
相手の立場や気持ち、意見を尊重できる一方、自分の意見や気持ちを伝えることを苦手とします。
例えば、
- あまり自己主張しない
- 頼まれたものを断れない
- あいまいな表現を多用する
- 言い訳が多い
- 気遣ってほしい、自分の思いは伝わっていると思っている
などです。
自分の気持ちを抑え込んでしまうため、ストレスや不満を溜め込みやすいタイプです。
ストレスや不満が溜まりすぎて、爆発させてしまう人もいます。
アサーティブ(攻撃的でも受け身的でもない自己主張)
アサーティブは、相手の意見を尊重しつつ、しっかりと自分の意見も伝えられるバランスの取れたタイプです。
例えば、
- 相手の意見を容認できる
- その場に応じた適切な表現ができる
- 自分の気持ちや考えをしっかりと伝えられる
- 話し合いでお互いに納得できる結論を導き出せる
などです。
意見が違っても適切な表現で冷静に話し合うことができます。相手を傷つけずに建設的な意見交換ができるため、お互いに納得できる結論を導き出せます。
アサーティブ・コミュニケーションが重要視される理由
ここでは、アサーティブ・コミュニケーションが重要視される理由についてご紹介いたします。
ハラスメント対策
2016年に行われた厚生労働省「職場のハラスメントに関する実態調査について」によると、パワハラを受けた経験のある人は32.5%と、2012年度の25.3%よりも増加しており、職場内のコミュニケーションに問題があることは明らかです。
ハラスメントを受けると、不満の増大やモチベーション低下につながるだけでなく、訴訟などのトラブルにも発展する可能性があります。
アグレッシブなコミュニケーションはパワハラと認識されやすくなるため、ハラスメント対策の一つとしてアサーティブ・コミュニケーションが重要視されるようになりました。
メンタルヘルス対策
参考:厚生労働省「精神障害に関する事案の労災補償状況」
精神障がいによる労災補償の状況を見ると、2016年に1,586件だった請求件数が2020年には2,051件と大幅に増加、支給決定件数も増加傾向にあります。
同調査が行った精神障がいのきっかけとなった出来事では、
- パワハラを受けた
- 暴行・いじめ・嫌がらせを受けた
- 上司や同僚とのトラブル
といった、対人関係によるトラブルが多いです。
この結果からも分かるように、対人関係のトラブルは心の健康を損ねる大きな要因となるため、アサーティブ・コミュニケーションの重要性が高まりました。
アサーティブ・コミュニケーションで適切に自己主張できるようになれば、ノンアサーティブなコミュニケーションを取りがちな従業員のストレスも緩和されます。
自分のキャパシティを超える仕事を抱えこんでしまうリスクも低下するでしょう。
よって、アサーティブ・コミュニケーションが根づけば、ハラスメント防止だけでなく、従業員のメンタルヘルス対策にもなるのです。
社内コミュニケーションの活性化
相手に配慮しつつ、しっかりと自己主張できる環境は、職場の風通しを良くします。
風通しの良い職場では、情報共有や相談、連携がスムーズに行われ、意見交換も活発になるため、パフォーマンスや生産性の向上につながります。
従業員が自分の意見を適切に主張できるようになれば、新たな課題の発見やアイデアが創出されやすくなるため、組織力の持続的な成長を期待できるでしょう。
企業の競争力を高めるためにも、アサーティブ・コミュニケーションは必要不可欠なのです。
アサーティブ・コミュニケーションを構成する4つの柱
NPO法人アサーティブジャパンの森田氏は、アサーティブ・コミュニケーションの心構えとして、「誠実」「率直」「対等」「自己責任」の4つの柱を提唱しています。
つまり、この4つを意識していれば、自ずとアサーティブ・コミュニケーションになるということです。
誠実
まずは、自分にも相手にも誠実になることが重要です。
自分の意見が相手と異なる場合でも、一方的な意見の押しつけや感情的な反論をせず、相手の主張を受け止めてから自分の意見を伝えましょう。
また、相手を優先するあまり、自分の意見を押し込めて賛同するのもアサーティブではありません。
いきなり反論したり、無条件に相手の意見に賛同したりするのではなく、相手の主張を受け止めた上で丁寧な自己主張をすれば、トラブルを回避できます。
率直
現状や要求、意見は率直に伝えましょう。
回りくどい言い方だと、正確な意図が伝わらないこともあるため、自分がどう思っているのか率直に伝えることが重要です。
具体的には、「みんなこう思っています」のように、第三者の主張として伝えるのではなく、「私はこう思います」と自分を主語にして伝えましょう。
対等
上司や部下、顧客、取引先など、自分と相手の立場が違っても、対等に意見交換することを意識しましょう。
目上の相手に委縮して主張を控えることや、強い立場だからといって一方的に意見を押しつける行為はアサーティブではありません。
自分と相手は対等であることを意識して向き合うことが重要です。
自己責任
アサーティブ・コミュニケーシでは、言ったこと・言わなかったことの結果は、すべて自分の責任です。
「やっぱりそうなると思った」「自分がこういう態度なのは相手に問題があるから」のように、後出しでの言い訳や責任転嫁をするのはアサーティブではありません。
100%相手に非があるケースは稀です。
結果を自分事として捉えるようになれば、アサーティブ・コミュニケーションが実践しやすくなります。
アサーティブ・コミュニケーションのトレーニング方法
ここでは、アサーティブ・コミュニケーションを身につけるためのトレーニング方法をご紹介します。
DESC法
アサーティブ・コミュニケーションを身につけるためのトレーニング方法として有効なのが、「DESC(デスク)法」です。
DESC法とは、
- 描写(Describe)
- 表現(Explain)
- 提案(Specify)
- 選択(Choose)
の4つに整理して伝える方法です。
描写(Describe)
自分の状況や相手の行動を具体的かつ客観的に描写します。
描写の段階で伝えるのは、事実のみです。自分の気持ちや相手の意図、推測などは含めません。
【描写の例】
「約束の時間から20分過ぎている、連絡も来ない」
表現(Explain)
描写で伝えた事実に対する自分の気持ちなどの主観的意見を伝えます。
ただし、感情的にならないよう注意しましょう。相手に配慮しつつ率直に伝えることが重要です。
【表現の例】
「時間になっても来ないし連絡もないから、不安になった」
提案(Specify)
相手にどうして欲しいのか、具体的な解決案や妥協案を提案します。
提案の段階では、命令や強要している印象を与えないよう注意が必要です。相手に納得してもらえるように、丁寧に伝えましょう。
【提案の例】
「次から遅刻しそうなときは早めに連絡してもらえる?」
選択(Choose)
提案に対する相手の反応に対する、自分の行動を示します。柔軟な対応を心がけましょう。
【選択の例】
連絡をくれるなら待つけど、連絡しなかったら帰る」
態度や振る舞いも重要
アサーティブ・コミュニケーションを身につけるには、何をどのように伝えるかだけでなく、態度や振る舞いを意識することも重要です。
表情
笑顔で注意しても重大さが伝わらないように、言葉と表情の一致性は重要です。
真剣な話や注意をするとき、断るときには真剣な表情をしましょう。
目線
目線も重要です。
相手を見ずに話すのはNGですが、上目遣いは卑屈な印象や媚びたような印象を与えますし、見下ろすと威圧的で横柄な印象を与えるため、極力目線の高さを合わせましょう。
声
真剣な話や注意、謝罪するときには少し低めの声で話すなど、話題に応じて声のトーンや話すスピードを変えましょう。
立ち位置
コミュニケーションを取る際は、立ち位置にも配慮しましょう。
真剣な話をするときは相手の顔や目がよく見える真正面に、相手を委縮させたくないときは90度など少しズレた位置にすると、心理的に適切な距離感を保てます。
アサーティブ・コミュニケーションの具体例
では、アサーティブ・コミュニケーションの具体例を見ていきましょう。
部下への表現
部下に対してアグレッシブなコミュニケーションを取ってしまう上司は多いですが、パワハラにつながるため、伝え方には注意が必要です。
相手が自分よりも目下の相手であっても、意見の押しつけや威圧的な叱責は避け、部下を尊重しながら「何をどうしてほしいのか」を具体的に伝えましょう。
例えば、依頼していた書類が期日までに上がってこなかった場合は、
「○○の書類の期日、昨日までだけどどうなっていますか?」
「進捗度合いによってはスケジュール調整しないといけないし、内容も確認しないといけないから、報告なしは困ります」
「期日までにできないと思ったら、その時点で相談してもらえますか?」
「資料作成の手伝いやスケジュール調整もできるかもしれないので」
のように、明確に伝えるのがポイントです。
「次は気をつけて」「何でこんなこともできないんだ」など、あいまいな表現や非難を行っても改善には至りません。
上司への表現
自分よりも上の立場の人には、ノンアサーティブなコミュニケーションをしがちです。
しかし、上司の指示が常に正しいとは限りません。
きちんと意見を伝えられず、無条件に賛同していると自分のキャパシティを超える業務抱え込み、トラブルを招く可能性があります。
例えば、急に仕事を依頼された場合は、
「すみませんが、この仕事を受けると○○が間に合わなくなってしまいます」
「明日の何時までに必要でしょうか?今日は手をつけられませんが、明朝から取りかかることは可能です」
「スケジュールに問題ないようでしたらこちらで対応いたしますが、いかがでしょうか」
など、できること・できないことを明確に伝えた上で提案しましょう。
顧客や取引先への表現
社外の人と交流する機会がある場合、顧客や取引先から何かを依頼されたり、誘われたりすることもあります。
顧客や取引先は断りづらい相手ですが、ノンアサーティブなコミュニケーションをすると後々トラブルに発展するため、できないことは明確に伝えることが重要です。
例えば、対応できない要望を依頼された場合は、
「確かに○○があれば便利ですよね。申し訳ございませんが、弊社では○○は取り扱っておりません。」
「ただ、○○に似た商品で~というものがございます」
「こちらなら、こういうアプローチでこんな風にフォローできるのですが、いかがでしょうか」
のように代替案とセットで伝えるのがポイントです。
また、食事などに誘われた場合は、「お誘いいただきありがとうございます」と、気持ちを受け取った上で断れば気まずくなりません。
断るときは「大変申し上げにくいのですが」と、断りづらいことを意思表示するのも良いですし、「すみませんが、会社で禁止されているので」ときっぱり伝えるのも有効です。
アサーティブ・コミュニケーションの重要性は増していく
相手を尊重しながら自分の意見も主張するアサーティブ・コミュニケーションは、ハラスメントの防止やメンタルヘルス対策にもなります。
ダイバーシティが進み、国籍や性別、働き方など多様な人材と働く機会が増える今後、アサーティブ・コミュニケーションの重要性はさらに高まるでしょう。
ご紹介した内容を参考に、アサーティブ・コミュニケーションを実践してみてはいかがでしょうか。