ピープルアナリティクスは、自社の様々なデータを分析し、人事業務の意思決定に役立てる手法です。
属人的な判断が多い人事業務に活用することで、より適切な判断ができることから、大手企業を中心にピープルアナリティクスに取り組む企業が増えています。
この記事では、ピープルアナリティクスの概要やメリット、活用シーン、進め方について解説いたします。
ピープルアナリティクス実施のヒントになるよう、企業事例もご紹介いたしますので、ぜひご覧ください。
ピープルアナリティクスとは
ピープルアナリティクスとは、従業員や組織のデータを収集・分析することで、組織の課題を可視化し、解決のアクションにつなげるための手法です。
「HRアナリティクス」「タレントアナリティクス」と呼ばれることもあります。
ピープルアナリティクスでは、従業員の年齢・性別・給与のような基本的なデータはもちろん、行動ログや設備の利用状況など、様々なデータを収集・分析します。
データ分析の結果を採用・育成・配置・評価といった人事業務の意思決定に用いることで、客観的な判断ができるようになるのです。
ピープルアナリティクスの重要性
これまでの人事業務は、担当者の勘や経験にもとづいて意思決定されることが多かったため、公平性・透明性に課題がありました。
採用の場面では、他の従業員との相性など、経歴やスキルのように判断しづらいものもあるため、勘や経験に頼ってしまうこともあるでしょう。
しかし、面接官の主観にもとづいた判断は、ミスマッチを引き起こしやすく、結果的に早期離職につながります。
また、客観性に欠ける人事評価を行っては、従業員に納得感を与えられません。
こうした不透明な評価は従業員に不信感を与え、モチベーション低下を招きます。
ピープルアナリティクスは、データ分析で得た客観的な材料をもとに判断できるため、公平性や透明性を担保することができます。
ピープルアナリティクスが注目されている理由
ピープルアナリティクスは、Googleが行った「Project Oxygen」という、優秀なマネージャーの要件を研究した取り組みがきっかけとなって、世界的に広まりました。
人材の多様化が進む日本においては、旧来のような主観的な評価体制や取り組みでは対応しきれなくなってきたため、大手企業を中心に注目が高まっています。
様々なデータを分析することで、これまで見えていなかった新たな事実が判明するため、それを人事施策に活用しようする企業が増えています。
引用:PwC Japan「ピープルアナリティクスサーベイ 2019調査結果 人材データ活用の最前線―HRデータからピープルデータへ―」
PwC Japanの調査によると、人事データ分析の活用に取り組み済または予定ありの企業は、2016年時点で44%だったものの、2019年には51%に増加しています。
従業員数5,000名以上の大企業では、64%から85%にまで増えています。
また、活用データに関する3年後の展望として、「従業員意識調査」「キャリアプラン情報」「スキル情報」といった、エンゲージメントや育成に関する情報が上位です。
このことから、ピープルアナリティクスをタレントマネジメントへの活用を視野に入れていることが分かります。
ピープルアナリティクスで用いるデータ
ピープルアナリティクスへの理解を深めるためにも、どういったデータを分析するのか、代表的な4つのデータをご紹介いたします。
人材データ
人材データは、ピープルアナリティクスの基本的なデータとなる年齢や性別、所属部署、職位、給与といった個人情報です。
組織課題によっては、評価歴や勤怠、従業員の特性、保有スキルなども分析することがあります。
デジタルデータ
デジタルデータは、通話履歴や社用PCの利用状況、インターネットの閲覧履歴、メールの送受信先とその時間帯などです。
例えば、やり取りする頻度が高い相手と発揮されるパフォーマンスにどういった相関関係があるのかを測定することができます。
オフィスデータ
オフィスデータは、会社設備の利用・活用状況のデータです。
具体的には、時季や時間帯ごとのオフィス設備の利用頻度、会議室・休憩室・複合機の利用状況などが挙げられます。
会社設備の利用・活用状況をデータ分析すると、従業員の行動やコミュニケーションを把握できます。
行動データ
行動データは、就業中の従業員の行動を把握するデータです。
例えば、カレンダー機能を用いて自席にいる時間や会議時間の測定、GPSやアプリを活用して社用携帯から訪問先・外出時間の収集などが挙げられます。
ピープルアナリティクスのメリット
では、ピープルアナリティクスを導入すると、企業はどのようなメリットを得られるのでしょうか。
公平な判断
ピープルアナリティクス最大のメリットは、データにもとづいた客観的かつ公平な判断ができる点です。
これまで人事分野では、勘や経験にもとづいた属人的な意思決定が行われることが多く、公平性に課題がありました。
組織の様々なデータを分析すれば判断基準が明確になるため、評価者の主観に左右されることなく、定量的かつ客観的な判断ができるようになります。
また、データ分析すると今まで気づかなかった課題や傾向が見えてくることもあります。
「離職リスクの高い人材を見つけ出して早期に手を打つ」など、対策を講じることも可能です。
業務効率化
データは分析の仕方次第で様々な目的に活用できるため、ピープルアナリティクスを導入すると業務効率化につながります。
例えば、自社のハイパフォーマーを分析すれば、共通する行動特性から採用要件や選考基準を定義できるため、より効率的な採用活動が実現するでしょう。
ピープルアナリティクスの活用シーン
ピープルアナリティクスには様々な活用法があります。
ここでは、代表的な活用法についてご紹介いたします。
採用活動
採用活動の合否判断の材料として活用することが可能です。
例えば、
- 自社のハイパフォーマーを分析し、共通する要件をもとに選考を行う
- 過去の採用データから早期離職リスクの高い人材の傾向を抽出する
などが挙げられます。
データにもとづいた客観的な合否判断は、ミスマッチ防止効果があるため、入社後の早期活躍を期待できるでしょう。
また、筆記試験や適性検査で設定した設問と、選考時の判断材料との相関関係を分析すれば精度が上がるため、選考プロセスの効率化も可能です。
配置や育成
スキルや資格と性格適性検査の結果を組み合わせれば、新入社員と既存従業員の相性を測定することができるため、配属先決定の判断材料となります。
ハイパフォーマーの特性を部署ごとに把握すれば、適材適所の配置がしやすくなり、業績アップを期待できるでしょう。
また、自主的に学習するタイプかどうかを把握できれば、従業員の個性に合わせた適切なフォローを行えるため、育成の効果も出やすくなります。
離職の予防
勤怠状況や従業員満足度などのデータを分析すれば、退職リスクの高さやタイミングを予測できるため、退職を切り出される前に手を打つことが可能です。
また、離職率の高い部署を分析することでマネジメントの課題も見えてくるため、組織力の強化にもつながります。
ピープルアナリティクスの進め方
ピープルアナリティクス進め方は、「課題ファースト」と「データファースト」の2種類です。
それぞれの進め方を見ていきましょう。
課題ファースト
課題ファーストは、
- 課題の把握
- 仮説の設定
- データ収集
- 考察と解決策の検討
の順で進めていきます。
1.課題の把握
課題ファーストの場合、まず自社がどういった課題を抱えているのかを把握する必要があります。
既知の課題だけでなく、社内アンケートや面談によって現場の社員から上がってきた課題も含めて洗い出しましょう。
2.仮説の設定
課題を把握したら、「なぜその課題が発生するのか」考えられる原因や傾向の仮説を立てます。
3.データ収集
仮説を設定したら、「人材データ」「デジタルデータ」「オフィスデータ」など、立証に必要なデータの収集です。
既にあるデータだけで足りない場合は、新たなデータを取得します。
4.考察と解決策の検討
収集したデータと課題を照らし合わせて客観的に考察します。
考察から導き出した解決策は、すぐに実行して検証を行いましょう。
このステップを繰り返し行うことで、分析結果の精度を高めることができます。
データファースト
データファーストは、
- データ収集と整理
- 仮説の設定と分析
- 解決策の計画・実行
の順で進めていきます。
1.データ収集と整理
組織内の情報が一元管理されておらず、部署や業務ごとなど、点在している企業も多いでしょう。
データファーストの場合、既にある情報を一カ所に集めることから始めます。
手元にないデータについては、必要になったタイミングで収集すれば問題ありません。
2.仮説の設定と分析
整理ができたら仮説の設定とデータ分析です。
データ分析の専門家以外が分析する場合、最初は部署別や役職別、年代別のように、単純な切り口から仮説を立てて分析しましょう。
仮説の設定と分析を繰り返すと、課題や課題の原因・傾向、解決策の糸口を掴みやすくなります。
3.解決策の計画・実行
分析で見えてきた課題を解決するための対策を考え、実行に移します。実行後は効果検証を行い、適切な施策を講じることができたか確認しましょう。
ピープルアナリティクスの課題
ピープルアナリティクスの導入・実施には、課題や注意点があります。
従業員の個人情報保護
ピープルアナリティクスは、人事関連を中心とした様々なデータを収集・分析するため、個人情報の取り扱いには十分注意しなければなりません。
個人情報保護のためには、収集するデータの範囲を慎重に検討した上で、利用目的を従業員に説明し、合意を得ることが重要です。
自社の情報であっても、本人の同意なしに個人情報を勝手に利用したり、利用目的の範囲を超えて取り扱ったりした場合、個人情報保護法に抵触する可能性があります。
第三者にデータを渡す場合は、個人を識別できる情報を除いた集計データのみに絞りましょう。
データの整理や客観性
面談内容や評価の結果、従業員のスキル・特性といったデータを部署・職種ごとに保有していたり、異なるフォーマットを使っていたりする企業も多いです。
この場合、分析前にデータの整理を行わなければならないため、手間がかかります。
また、人事評価のような、評価者の主観が反映されやすいデータは客観性に欠けるため、注意が必要です。
データの整理や客観性の確保には、「データの一元管理」「凡例や入力基準を明確化して属人化を防ぐ」といった工夫が欠かせません。
分析するスキル
ピープルアナリティクスは目的に応じて、様々なデータを適切に収集・分析するため、担当者には相応のスキルが求められます。
必要なスキルレベルは実施するデータ分析によって異なりますが、Excelを活用した統計分析であれば、ある程度統計の知識を持っていれば実施できます。
ただし、データ分析に関する研修に参加させるなどの取り組みは必要でしょう。
本格的なピープルアナリティクスを行う場合、データサイエンティストのような専門人材が必要になります。
人材派遣や人材紹介の活用も視野に入れた人材確保を行いましょう。
人員不足
人事は必要最低限の人員で業務を回している企業が多いため、人的リソース不足でピープルアナリティクスに取り組めないケースも多々あります。
テクノロジーの導入で業務効率化を図るだけでも、業務負担を大幅に軽減できます。
とはいえ、ピープルアナリティクスに注力できるほどの時間を確保できない企業もあるでしょう。
人員不足の企業は、専門人材の採用や第三者への委託を行うことで、効果的にピープルアナリティクスを活用できます。
ピープルアナリティクスの取り組み事例
ピープルアナリティクス導入のヒントを得るためにも、他社の取り組み事例を見ていきましょう。
日立製作所
日立製作所では、2018年からピープルアナリティクスを採用領域に活用しています。
多様な事業展開をしている日立製作所は、事業ごとに適した人材が異なるため、採用に課題を抱えていました。
社内のハイパフォーマーの情報を収集・分析し、採用ポートフォリオを再構築したところ、新たなタイプの人材を採用することに成功しています。
また、生産性の調査結果で明らかになった「金曜日に残業しているチームは生産性が低い」という結果から、金曜日ノー残業デーを実施しました。
従業員全体の残業減少や、在宅勤務に切り替えやすくなったそうです。
ディー・エヌ・エー
ディー・エヌ・エーは、人材や組織開発を支援する取り組みとして、2017年にピープルアナリティクスのチームを設置しました。
また、2019年には人事データを収集・分析するHR Techチームを立ち上げ、「HRビジネスパートナー」と連携して、組織改善の仕組みづくりをバックアップしています。
具体的には、
マンスリーアンケート…過去1カ月のやりがいを7段階で評価するアンケート
組織状況アンケート…半期ごとに所属組織への評価を行うアンケート
360°フィードバック…半期ごとにメンバーがマネージャーを評価
によって、組織の状況を可視化することに成功しています。
ピープルアナリティクスで組織を改善
ピープルアナリティクスは、データにもとづいた人事業務の意思決定が行えるため、より効率的な組織運営が実現します。
データの分析次第では、これまで気づかなかった課題や傾向を発見することも可能です。
組織や人材の開発に大きく寄与することでしょう。
ただし、ピープルアナリティクスの効果を最大限発揮するには、データの適切な取り扱いや分析スキルが求められます。
ピープルアナリティクスの知見がない場合、データ分析者の育成や専門人材の採用といった施策を講じる必要があります。
ダイバーシティが進む今後は、さらにピープルアナリティクスの重要性は増していくため、今からピープルアナリティクスに取り組んでみてはいかがでしょうか。