
現代社会では、AI(人工知能)やDX(デジタルトランスフォーメーション)といった技術革新が急速に進み、私たちを取り巻くビジネス環境は常に変化しています。
このような時代において、企業と個人が持続的に成長していくために不可欠な考え方が「リスキリング」です。
この記事では、リスキリングの基本的な意味から、なぜ今これほど注目されているのか、リカレント教育などの類似概念との違い、企業と個人それぞれにとってのメリット・デメリットまでを解説します。
さらに、具体的な始め方や活用できる助成金、先進企業の導入事例など、リスキリングに関する情報を網羅的に紹介していきます。
【1】リスキリングとは?
リスキリングという言葉は、社会やビジネス環境が急速に変化する現代において、個人と企業がともに成長していくために不可欠なキーワードとして広く認識されるようになりました。
ここでは、このリスキリングという言葉が持つ本質的な意味と、単なるスキルアップとは一線を画する戦略的な側面について、深く掘り下げていきます。
1-1. リスキリングの基本的な意味
本記事におけるリスキリングは、「新しい職業に就くため、あるいは今の職業で必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを獲得する/させること」と定義されます。
特に、この概念は技術革新によって生まれる新たな職務や、既存の業務内容が大きく変容する職務に対し、社内の人材を適応させるための企業主導の取り組みという側面を強く持っています。
世界経済フォーラムが提唱したこのリスキリングという概念は、単に個人の自己啓発に留まらず、企業が事業構造の変革を進める上で、既存の従業員の価値を再発見し、雇用を維持しながら新たな事業領域へ展開していくための戦略的な人材育成を指します。
1-2. なぜ今、リスキリングが注目されているのか?
リスキリングが現代において急速に重要性を増している背景には、複数の要因が複雑に絡み合っています。
リスキリングが注目されている背景には、いくつかの大きな要因があります。
まず挙げられるのが、DX(デジタルトランスフォーメーション)の加速と、AIや自動化技術の普及です。
これまで人が行っていた定型業務の多くがシステムに置き換わりつつあり、一方でデジタル技術を扱える人材の需要は急増しています。
企業は業務効率化や新規事業の創出を進めたいものの、それを担えるデジタル人材が不足しているという課題に直面しています。
さらに、この技術革新は「第4次産業革命」と呼ばれる産業構造の大転換を伴っており、データ分析やクラウド、サイバーセキュリティといった専門スキルが業界を問わず必要とされています。
こうした変化に適応し競争力を維持するため、企業は社員に新しいスキルを習得させる重要性を強く感じるようになっています。
加えて、政府の後押しも大きな要因です。
岸田政権は「人への投資」を重点政策とし、リスキリング支援に5年間で1兆円を投じると発表しました。
国家レベルでの支援により、企業も個人もリスキリングに取り組みやすい環境が整いつつあります。
最後に、労働市場の変化も無視できません。特に先端IT人材は深刻に不足しており、外部から採用するには時間もコストもかかります。
このため、企業は外部採用だけに頼るのではなく、自社の業務を理解した既存社員を育成して新たな役割を任せる方が効果的と考えるようになっています。
これら複数の要因が重なり、リスキリングは企業・個人の双方にとって「避けて通れないテーマ」となっているのです。
【2】リカレント教育やアンラーニングとの違い
リスキリングという言葉の理解を深めるためには、似たような文脈で使われることの多い「リカレント教育」「アンラーニング」「生涯学習」といった概念との違いを明確にすることが大切です。
これらの学びの形はそれぞれ異なる目的と主体を持ち、リスキリングが持つ独自の位置づけを理解することで、より効果的な人材育成やキャリア形成の戦略を立てられるようになります。
このセクションでは、それぞれの言葉が指す意味を明確にしながら、リスキリングとの比較を通じて、それぞれの学びがどのような文脈で重要となるのかを詳しく解説していきます。
2-1. リカレント教育との違い
リカレント教育は「Recurrent Education」という言葉が示す通り、「循環・回帰」を意味します。
これは、個人が自身のキャリアの中で、一度仕事から離れて大学や専門学校などの教育機関で学び直し、新たな知識やスキルを習得した後に再び仕事に戻るという、より広範で主体的な学びの概念です。
個人の関心やキャリアプランに基づいて、長期的な視点で自己投資を行う側面が強く、休職や離職を伴う場合もあります。
学びの期間や内容は個人の自由裁量に委ねられることが一般的です。
一方でリスキリングは、主に企業が事業戦略に基づいて主導する、より目的志向の強い取り組みです。
DX推進や新規事業への参入など、企業が直面する特定の事業課題や技術革新に対応するため、従業員に新しい職務に必要なスキルを戦略的に習得させます。
つまり、リカレント教育が「個人の主体的な学び」であり、その目的が「より広範な知識習得や自己実現」にあるのに対し、リスキリングは「企業の事業戦略に紐づく学び」であり、目的が「特定の職務への適応や事業変革」に焦点を当てている点で大きく異なります。
2-2. アンラーニングとの違い
アンラーニング(Unlearning)は「学習棄却」とも訳され、過去に習得した知識やスキル、あるいは固定観念や成功体験といった思考様式が、現代の変化に対応できなくなったり、新たな学習の妨げになったりする場合に、それらを意識的に「手放す」「捨て去る」プロセスを指します。
例えば、特定の業務の進め方が非効率になっていると認識し、新しいツールや手法を受け入れるために従来のやり方を変えることなどがアンラーニングに該当します。
これは、新しい知識を学ぶことと同じくらい、あるいはそれ以上に重要なプロセスとされています。
このアンラーニングは、リスキリングと補完関係にあります。リスキリングが「新しい知識やスキルを積極的に加える」プロセスであるのに対し、アンラーニングは「陳腐化した古い知識やスキルを捨てる」プロセスです。
古い知識や考え方に囚われていると、新しいスキルを効果的に習得したり、新しい視点で業務に取り組んだりすることが難しくなります。そのため、アンラーニングによって思考の柔軟性を高めることが、リスキリング成功の重要な土台になると言えるでしょう。
2-3. 生涯学習との違い
生涯学習とは、人生のあらゆる段階において、個人の自由な意思に基づき、学校教育、社会教育、文化活動、スポーツ活動、レクリエーション活動など、生涯にわたって学び続けること全般を指す極めて広範な概念です。
職業スキルに限定されず、教養、文化、趣味、健康など、個人の自己実現や豊かな人生を送るためのあらゆる学びが含まれます。学びの主体はあくまで個人であり、その目的も個人の内発的な動機に基づいています。
これに対してリスキリングは、企業の生産性向上や事業変革、あるいは個人の市場価値向上といった、よりビジネス上の目的に直結した「職業スキルの再開発」に焦点を当てた学びです。
具体的に必要とされるスキルを特定し、それを集中的に習得することで、特定の職務や業務領域において新しい価値を生み出すことを目指します。
つまり、生涯学習が「人生全般における学びの総称」であるのに対し、リスキリングは「ビジネスやキャリアに特化した職業スキル開発」であるという点で、目的の範囲と焦点が明確に異なっています。
【3】リスキリングのメリット
リスキリングは、企業と従業員の双方に多大な恩恵をもたらします。
単に新しいスキルを習得するだけでなく、組織全体の成長を促し、個人のキャリア形成にも深く関わる、多面的なメリットを詳しく見ていきましょう。
3-1. 企業側のメリット
企業がリスキリングに積極的に取り組むことで、経営戦略上の具体的な利点を享受できます。
DX推進からコスト削減、さらにはイノベーションの創出に至るまで、戦略的な人材投資がもたらすポジティブな影響について掘り下げます。
DX化の推進と人材不足の解消
リスキリングによって既存の従業員がデジタルスキルを習得することで、社内のITリテラシーが飛躍的に向上し、DXプロジェクトが円滑に進むようになります。
たとえば、データ分析のスキルを持つ人材が増えれば、意思決定のスピードと精度が向上し、デジタルを活用した新規事業の立ち上げもスムーズになるでしょう。
また、外部の労働市場で獲得が非常に困難な先端IT人材やDX推進人材を、自社の業務や文化を熟知している従業員の中から育成できる点は大きな強みです。
これにより、深刻化する人材不足を解消する有効な一手となり、外部採用に依存しない持続可能な組織体制を構築することができます。
従業員エンゲージメントと生産性の向上
企業が従業員の成長機会に投資する姿勢を示すことは、従業員からの信頼とエンゲージメント(仕事への熱意や貢献意欲)を高める効果があります。
会社が自身の成長を支援してくれると感じることで、従業員は仕事に対するモチベーションを維持しやすくなります。
学習を通じて新たなスキルを身につけた従業員は、より効率的かつ高度な業務を遂行できるようになります。
例えば、プログラミングスキルを習得した経理担当者が定型業務を自動化すれば、より戦略的な業務に時間を割けるようになり、結果として組織全体の生産性向上に直結します。
これは、個人の成長が組織全体のパフォーマンス向上に繋がる好循環を生み出すことにもなります。
採用コストの削減とイノベーションの創出
専門スキルを持つ人材を中途採用する場合、高額な採用コストや、入社後のオンボーディング期間、企業文化への適応期間など、見えないコストも発生します。
これらを考慮すると、既存従業員をリスキリングによって育成する方が、費用対効果が高いケースが少なくありません。
さらに、異なる部署の従業員が新しいスキルを習得し、既存の知識や経験と組み合わせることで、これまでの発想にとらわれない新しいアイデアやビジネスモデルが生まれやすくなります。
例えば、マーケティング担当者がデータサイエンスのスキルを身につけることで、顧客行動の深掘りが可能になり、画期的なサービス開発へと繋がるなど、組織全体のイノベーション創出に大きく貢献する可能性があります。
3-2. 個人(従業員)側のメリット
リスキリングは、従業員一人ひとりのキャリアにポジティブな変化をもたらします。
自身の市場価値を高め、仕事のやりがいを再発見するなど、個人が得られる具体的なメリットについて詳しく見ていきましょう。
キャリアアップと市場価値の向上
AI、データサイエンス、Webマーケティングといった現代のビジネスにおいて需要の高いスキルを習得することは、個人のキャリアを大きく加速させます。
社内での昇進や、より専門的な職務への異動など、キャリアアップの機会が飛躍的に広がるでしょう。
また、自身のスキルセットが更新され、市場で求められる能力を身につけることで、転職市場における市場価値が高まります。
これにより、現在の会社に留まるか、あるいは新たな環境に挑戦するかといった、キャリアの選択肢が多様になるという大きなメリットを享受できます。
例えば、プログラミングスキルを習得すれば、エンジニア職への転職も視野に入るなど、自身の可能性を広げることができます。
新しい業務への挑戦とやりがいの発見
新しいスキルを身につけることで、これまで関わることのなかった業務やプロジェクトに挑戦する機会が生まれます。
これにより、日々の業務にマンネリを感じていたとしても、キャリアの停滞感を打破し、新たな仕事の面白さややりがいを発見することに繋がります。
自身の成長を実感し、新しい分野で活躍できることは、仕事に対するモチベーションの向上に大きく貢献します。
例えば、データ分析スキルを身につけて新規事業の立ち上げに参画する、Webデザインスキルを活かして社内サービスのUI/UX改善に貢献するなど、具体的な形で貢献できる喜びは、仕事への意欲をさらに高めてくれるでしょう。
【4】リスキリングで何を学ぶべき?おすすめの分野・スキル
リスキリングを始めたいと考えている方や、導入を検討している企業のご担当者様に向けて、具体的にどのようなスキルを学ぶべきか、その指針をご紹介します。
特に需要が高く、多くの業界で応用可能な分野を中心に解説しますので、ご自身の状況と照らし合わせながら参考にしてみてください。
4-1. DX・IT分野(プログラミング、Webマーケティングなど)
現代のビジネスにおいて不可欠なDX(デジタルトランスフォーメーション)やIT分野のスキルは、リスキリングの代表的な選択肢です。
たとえば、プログラミングスキルはエンジニア職だけでなく、非エンジニア職でも業務効率化に大いに役立ちます。Pythonのような言語を習得すれば、データ処理の自動化や簡単なウェブアプリケーション開発が可能になり、日々の業務を大幅に改善できるでしょう。
また、Webマーケティングのスキルも多くの企業で需要が高まっています。
SEO(検索エンジン最適化)の知識を身につけることで自社サイトへの集客力を高めたり、SNS活用法を学ぶことで顧客との新たな接点を生み出したりできます。
広告運用スキルは、限られた予算の中で最大の効果を出すための重要な役割を担います。
これらのスキルは、企業のデジタル化を推進し、新たなビジネスチャンスを創出するために不可欠です。
営業職であれば顧客へのデジタルソリューション提案に、企画職であればデータに基づいた戦略立案に、バックオフィスであれば業務プロセスの自動化に貢献するなど、多岐にわたる業務でその価値を発揮します。
4-2. データサイエンス分野(AI、機械学習、統計分析など)
データに基づいた意思決定がビジネスの成否を分ける現代において、データサイエンス分野のスキルは非常に注目されています。
AI(人工知能)や機械学習の基本的な仕組みを理解することで、業務におけるデータ活用アイデアが豊富に生まれるでしょう。
また、ビジネス課題を解決するための統計分析手法を習得すれば、膨大なデータから意味のあるパターンや傾向を読み解き、具体的なアクションに繋げられるようになります。
データサイエンスのスキルは、マーケティング部門で顧客行動の予測に、営業部門でターゲット顧客の特定に、製品開発部門で新機能の需要予測に、人事部門で従業員のエンゲージメント分析になど、あらゆる職種と業界で活用され、企業の競争力強化に貢献します。
4-3. 自身のキャリアプランに合わせたスキル選択が重要
これまでご紹介したDX・IT分野やデータサイエンス分野は、現代において非常に需要の高いスキルですが、闇雲に学ぶことが必ずしも最善とは限りません。
リスキリングで何を学ぶべきかを決める上で最も重要なのは、ご自身のキャリアプランや、所属する企業の事業戦略に合致しているかどうかです。
「流行っているから」という理由だけで特定のスキルを追い求めるのではなく、まずはご自身の現在の職務内容、将来的に目指したいキャリアパス、そして所属する業界全体の動向などを総合的に分析してみてください。
その上で、どのスキルがご自身のキャリアアップや企業の成長に本当に価値をもたらすのかを見極めるプロセスが不可欠です。
明確な目的意識を持ってスキルを選択することが、学習のモチベーション維持にも繋がり、リスキリングを成功させる鍵となるでしょう。
【5】リスキリングのデメリット・注意点
リスキリングは企業と個人にとって多くのメリットをもたらしますが、導入や実践においては課題や注意点も存在します。
これらのリスクを事前に把握し、適切な対策を講じることが、リスキリングを成功させるために非常に重要です。
5-1. 企業側のデメリット
企業がリスキリングを推進する際には、費用や時間、そして育成した人材の流出といった現実的な課題に直面することがあります。
これらのデメリットを理解し、計画的に取り組むことが求められます。
導入コストと時間的負担
リスキリングの導入には、直接的なコストが発生します。
例えば、外部の研修プログラムの受講料、eラーニングシステムの利用料、専門講師への謝礼などが挙げられます。
これらの金銭的な支出は、特に中小企業にとって大きな負担となる可能性があります。
金銭的コストだけでなく、時間的な負担も無視できません。
従業員が研修に参加する間、その分の労働力を代替するためのコストや、業務時間内に学習を認めることによる短期的な生産性低下も考慮する必要があります。
リスキリングの成果が表れるまでには一定の時間が必要となるため、その間の企業活動への影響も踏まえた計画が不可欠です。
スキル習得後の転職リスク
企業が多大なコストと時間をかけて従業員を育成し、市場価値の高い新しいスキルを習得させたとしても、その従業員がより良い条件を求めて競合他社へ転職してしまうリスクがあります。
これは「育成投資の回収不能リスク」として、多くの企業が懸念している点です。
このリスクを低減するためには、単にスキルを習得させるだけでなく、習得したスキルに見合った処遇改善や、新たなスキルを活かせる魅力的なキャリアパスを社内に提示することが不可欠です。
従業員が「この会社でこそ、このスキルを最大限に活かせる」と感じられるような環境作りが求められます。
5-2. 個人(従業員)側のデメリット・注意点
リスキリングは個人のキャリアにとって大きなチャンスとなり得ますが、従業員側にも学習時間の確保といった物理的な課題や、学習成果が適切に評価されないかもしれないという心理的な課題が存在します。
これらの注意点を認識し、計画的に取り組むことが重要です。
学習時間の確保が難しい
従業員がリスキリングに取り組む上で直面する最大の課題の一つは、学習時間の確保の難しさです。
日々の通常業務に加えて学習時間を捻出する必要があり、特に企業からの十分なサポートがない場合、プライベートな時間を削らなければならない状況に陥りがちです。
これにより、心身の負担が大きくなり、学習を継続することが困難になる可能性があります。
仕事、学習、そして私生活のバランスを取ることは容易ではありません。
特に育児や介護などと両立しながら学習を進める従業員にとっては、学習時間の確保がさらに厳しいものとなります。
企業は、業務時間内での学習を推奨したり、学習に集中できる環境を提供したりするなど、従業員が学びやすい環境を整えることが重要です。
必ずしも評価や処遇に繋がらない可能性
従業員が多大な努力をして新しいスキルを習得したとしても、それが必ずしも昇進、昇給、あるいは希望する部署への異動といった具体的な評価や処遇に結びつくとは限りません。
会社側に習得したスキルを活かすポジションが不足していたり、人事評価制度がスキル習得を適切に評価する仕組みになっていなかったりする場合があるためです。
このような状況では、従業員の学習意欲の低下や、企業への不満に繋がりかねません。
リスキリングは、スキルを習得するだけでなく、そのスキルを実務で活用し、会社や個人の成果に繋げることで初めて意味を持ちます。
企業は、リスキリングの成果を正当に評価し、処遇に反映させる制度を整備することが、従業員のモチベーション維持と企業全体の成長のために不可欠です。
【6】リスキリングの始め方【企業向け5ステップ】
企業がリスキリングを導入する際には、場当たり的に始めるのではなく、戦略的かつ効果的な手順を踏むことが重要です。
ここからは、計画から実行、評価までの一連のプロセスを5つのステップに分けて具体的に解説します。
この手順を踏むことで、リスキリング担当者が明確なアクションプランを描き、成功へと導くための指針を提供します。
6-1. ステップ1:自社の現状と必要なスキルを可視化する
リスキリング導入の最初のステップは、自社の経営戦略や事業目標を深く理解し、それを達成するために将来的にどのようなスキルが必要になるかを具体的に定義することです。
例えば、新規事業の立ち上げを計画しているならば、その事業を推進するために不可欠な技術スキルやビジネススキルを特定します。
次に、現在従業員がどのようなスキルを持っているかを調査・分析することが重要です。
これは「スキルマップ」や「スキルインベントリー」と呼ばれるものを作成することで可視化できます。
従業員の保有スキル、経験、興味などを把握し、自社が目指す姿(To-Be)と現状(As-Is)との間にどのようなスキルギャップがあるのかを明確に特定します。このギャップを正確に把握することが、効果的なリスキリングプログラム設計の出発点となります。
このプロセスを通じて、漠然とした「スキルアップが必要」という認識から、具体的な「〇〇のスキルを持つ人材が〇〇人不足している」という課題へと落とし込むことができます。
これにより、リスキリングの目的が明確になり、その後のプログラム選定や効果測定の基準が確立されます。

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6-2. ステップ2:学習プログラムを設計・選定する
ステップ1で特定されたスキルギャップを埋めるために、具体的な学習プログラムを計画する段階です。
学習プログラムには、社内で独自に研修を開発する方法、外部の専門機関やコンサルタントに委託する方法、UdemyやCourseraなどのオンライン学習プラットフォーム(eラーニング)を導入する方法など、さまざまな選択肢があります。
プログラムを選定する際には、対象となる従業員の現在のスキルレベル、職種、学習に割ける時間、そして予算を総合的に考慮することが必要です。
たとえば、基礎的な知識習得にはeラーニングが効率的ですが、実践的なスキルや高度な専門知識の習得には、講師から直接指導を受けられる外部研修やOJT(On-the-Job Training)が適しています。
これらの学習方法を組み合わせる「ブレンディッドラーニング」の考え方を取り入れることで、より効果的で柔軟な学習環境を提供することができます。
また、従業員が意欲的に学べるように、興味や関心に合わせた選択肢を提示することも重要です。
一方的にプログラムを押し付けるのではなく、従業員自身が「学びたい」と感じるような魅力的な内容や、実践で役立つことが明確にわかるようなプログラムを選ぶことが成功の鍵となります。
6-3. ステップ3:従業員が学びやすい環境を整備する
学習プログラムを用意するだけでは、リスキリングは成功しません。
従業員が意欲的に学び続けられるための環境作りが非常に重要です。
具体的な環境整備としては、まず学習時間を業務時間として認定する制度の導入が挙げられます。
日々の業務と並行して学習を進めるのは大きな負担となるため、企業が公式に学習時間を保障することで、従業員は安心して学習に取り組めます。
次に、学習にかかる費用を会社が補助する制度も有効です。
オンライン講座の受講料や専門書購入費など、金銭的な負担を軽減することで、従業員の学習へのハードルを下げられます。
また、学習の進捗状況を共有し合える社内コミュニティの形成も、モチベーション維持に貢献します。
共に学ぶ仲間がいることで、疑問を解決したり、互いに励まし合ったりする機会が生まれ、学習の継続を促します。
さらに、上司が部下の学びを奨励・支援する文化の醸成も不可欠です。
上司自身がリスキリングの重要性を理解し、部下の学習成果を評価し、実践の機会を提供することで、組織全体として学びを推進する雰囲気が作られます。
物理的、金銭的、そして心理的なサポート体制を包括的に構築することが、リスキリングを定着させるための土台となります。
6-4. ステップ4:学習したスキルを実践で活かす機会を提供する
リスキリングを単なる「研修のやりっぱなし」で終わらせず、その成果を最大化するために最も重要なステップが、学習したスキルを実践で活かす機会の提供です。
どんなに優れたスキルを習得しても、それを実際の業務で使わなければ知識は定着せず、従業員のモチベーションも低下してしまいます。
新しいスキルを必要とするプロジェクトへのアサインや、社内公募制度による異動の促進、OJT(On-the-Job Training)との連携などを積極的に行い、インプットした知識をアウトプットできる場を作り出すことが不可欠です。
スキルが実務で役立つ成功体験は、従業員の自信と次の学習意欲に繋がり、好循環を生み出します。
例えば、プログラミングスキルを学んだ従業員に業務自動化ツールの開発を任せたり、データ分析スキルを習得した従業員に経営戦略立案のためのデータ分析を依頼したりするなど、具体的な活用機会を設けることで、リスキリングの投資対効果も高まります。
実践の場を通じてスキルを磨き、成長を実感できる仕組みを構築することが、リスキリングを組織に根付かせる上で非常に重要です。
6-5. ステップ5:効果測定とフィードバックを行う
リスキリング施策が企業にどのような効果をもたらしたのか、その投資対効果(ROI)を測定し、継続的に改善していくためのプロセスが効果測定とフィードバックです。
具体的には、研修前後の従業員のスキル習熟度をテストで確認したり、研修後の満足度アンケートを実施したりして、定性・定量の両面から効果を測定します。
さらに重要なのは、学習したスキルが実際の業務改善や業績にどれだけ貢献したかを分析することです。
例えば、「リスキリングによって開発サイクルが20%短縮された」「データに基づいたマーケティング施策で顧客獲得コストが15%削減された」といった具体的なKPI(重要業績評価指標)を設定し、その達成度を評価します。
測定結果は、従業員個人へのフィードバックとして活用することで、自身の成長を可視化し、次の目標設定に役立てることができます。ま
た、プログラム自体の見直しにも不可欠です。効果が低いプログラムは内容を改善したり、より効果的なものに切り替えたりするなど、PDCAサイクル(計画・実行・評価・改善)を回しながらリスキリング施策を最適化していきます。
このような継続的な改善活動が、企業全体のリスキリング文化を醸成し、持続的な成長へと繋がります。
【7】リスキリングの成功ポイントと失敗する特徴
リスキリングは、企業と個人の双方にとって変革の機会をもたらしますが、その取り組み方次第で成果は大きく異なります。
ここでは、これまでの解説を踏まえ、リスキリングを成功に導くための重要なポイントと、逆に陥りがちな失敗パターンを詳しく見ていきましょう。
成功事例と失敗事例から得られる教訓を通じて、リスキリングをより効果的に進めるためのヒントを提供します。
7-1. 成功のポイント【企業編】
企業がリスキリング施策を成功させるためには、単に研修プログラムを提供するだけでなく、組織全体の文化や制度設計にも深く関わる戦略的な視点が不可欠です。
ここでは、企業がリスキリングを推進する上で特に押さえるべき重要なポイントを解説します。
経営層を巻き込み全社で取り組む
リスキリングは、単なる従業員のスキルアップではなく、企業の経営戦略そのものであるという認識を持つことが成功の第一歩です。
デジタルトランスフォーメーション(DX)の推進や新たな事業展開を見据えたリスキリングは、経営トップがその必要性を自らの言葉で明確に発信し、強力なリーダーシップを発揮することで初めて全社的な協力体制が構築されます。
経営層のコミットメントが明確であれば、リスキリングに必要な予算や人的リソースが適切に確保され、部署間の連携もスムーズに進むため、施策全体が加速します。
これにより、従業員も会社が本気で取り組んでいることを理解し、学習へのモチベーションも高まるでしょう。
従業員の自発性を尊重し、キャリアパスと連動させる
リスキリングは、従業員に強制するものであってはなりません。
トップダウンで一方的に学習を義務付けるようなアプローチは、従業員の反発を招き、学習効果を低下させる原因となります。
企業は、従業員一人ひとりのキャリア志向に真摯に向き合い、リスキリングが個人の将来的なキャリアアップや新しい職務への挑戦にどのように繋がるのかを具体的に示すことが重要ですです。
多様な学習プログラムや選択肢を提供し、従業員が自身の興味や目標に基づいて自発的に学びを選択できる仕組みを整えることで、学習への意欲が飛躍的に向上します。
個人の自発的な学びを促す文化の醸成こそが、リスキリングを組織に定着させる鍵となります。
7-2. 成功のポイント【個人編】
個人がリスキリングに取り組み、自身のキャリアに結びつけるためには、学習に対する心構えや具体的な行動が重要になります。
ここでは、忙しい日々の中でリスキリングを継続し、成果を出すために心がけておきたいポイントを解説します。
明確な目的意識を持つ
個人がリスキリングを継続する上で最も重要なのは、「何のために学ぶのか」という明確な目的意識を持つことです。
単に「流行っているから」「会社に言われたから」といった曖昧な理由では、学習の途中でモチベーションを維持することが難しくなります。
「3年後にデータ分析を活かせる部署に異動したい」「現在の営業業務を自動化して、顧客戦略の立案に時間を割きたい」「Webマーケティングのスキルを身につけて、将来的にはフリーランスとして独立したい」など、具体的で、自分事として捉えられる目標を設定しましょう。
この具体的な目標が、学習における困難を乗り越える原動力となり、リスキリングを成功に導くための羅針盤となります。
外部サービスやeラーニングを有効活用する
リスキリングは、必ずしも企業が提供するプログラムだけに頼る必要はありません。
個人の状況に合わせて、外部の多様な学習ツールやサービスを積極的に活用することで、効率的かつ効果的にスキルを習得できます。
例えば、世界中の大学の講座を受講できるCoursera(コーセラ)や、実践的なスキルを学べるUdemy(ユーデミー)、ビジネスパーソン向けの学習プラットフォームであるLinkedInラーニングなど、海外には質の高いeラーニングサービスが多数存在します。
また、国内にもプログラミングスクールやデータサイエンス専門講座、Webマーケティングスクールなど、短期間で実践的なスキルを身につけられるサービスが豊富にあります。
自分の学習スタイル、ペース、習得したいレベルに合わせてこれらのサービスを組み合わせることで、多忙な中でも無理なくリスキリングを進めることが可能です。
7-3. 失敗する企業・個人の特徴
リスキリングは多くのメリットをもたらす一方で、その取り組み方によっては期待する効果が得られないこともあります。
ここでは、リスキリングがうまくいかない典型的なパターンを企業側と個人側の双方から具体的に示し、同じ失敗を避けるための注意喚起とします。
【企業】「やりっぱなし」でスキルが定着しない
リスキリングで失敗する企業の典型例は、研修プログラムを実施すること自体が目的となってしまい、その後のフォローアップや実践機会の提供がおろそかになる「やりっぱなし」の状態です。
従業員が新しいスキルを学んでも、それを実際の業務で活用する機会が与えられなければ、知識はすぐに忘れ去られ、せっかくの学びも定着しません。結果として、投資した研修費用や従業員の学習時間が無駄になるだけでなく、学習した従業員のモチベーションも低下し、組織全体のリスキリングへの意欲が損なわれてしまいます。
最終的には、現場の業務改善や事業変革にも繋がらず、企業は多大なコストを投じたにもかかわらず、何の成果も得られないという最悪の結果を招くことになります。
【個人】目的が曖昧でモチベーションが続かない
個人がリスキリングで失敗する最も一般的な特徴は、学習の目的が曖昧なまま始めてしまうケースです。
「何となく流行っているから」「会社に言われたから」といった理由で学習を始めても、自分自身のキャリアビジョンや具体的な目標と結びついていないと、困難な壁にぶつかったときにモチベーションを維持するのが難しくなります。学習の途中で興味を失ってしまったり、挫折してしまったりする可能性が高まります。
また、スキル習得自体が目的化してしまい、そのスキルをどのように実務で活かすかという視点が欠けていると、せっかく学んだスキルも宝の持ち腐れとなり、結局キャリアアップや市場価値向上に繋がらないまま終わってしまうリスクがあります。
【9】リスキリングに活用できる助成金・補助金
企業がリスキリングを導入する際、ネックとなるのが費用負担です。
しかし、国や地方自治体は、企業のリスキリング推進を強力に後押しするための様々な助成金や補助金制度を用意しています。
これらの制度を上手に活用することで、教育研修にかかるコストを大幅に軽減し、より戦略的な人材育成が可能になります。
ここでは、代表的な助成金・補助金制度の概要や対象、活用方法について詳しく解説します。
9-1.人材開発支援助成金(事業展開等リスキリング支援コース)
厚生労働省が管轄する「人材開発支援助成金」は、企業の労働者の職業能力開発を支援する目的で設けられた助成金です。
その中でも「事業展開等リスキリング支援コース」は、新規事業の立ち上げや事業展開に伴い、既存の従業員に新しいスキルを習得させるためのリスキリングを特にサポートします。
このコースでは、訓練経費と訓練期間中の賃金の一部が助成の対象となります。具体的には、訓練に要した費用の最大75%(中小企業の場合)と、訓練時間に応じた賃金の一部(1人1時間あたり最大960円)が支給されます。
助成対象となる訓練には、デジタルスキル習得のためのプログラミング講座やデータ分析研修、ITツールの活用研修などが含まれます。
助成金を受けるためには、あらかじめ訓練計画を提出し、厚生労働省の認定を受ける必要があります。
また、訓練実施後の報告も求められますので、最新の要件や手続きの詳細については、必ず厚生労働省の公式サイトや管轄の労働局に確認することをおすすめします。
9-2.DXリスキリング助成金(東京都の例)
国が主導する助成金制度に加えて、地方自治体も地域の中小企業を支援するために独自のリスキリング関連制度を設けています。
その一例として、東京都中小企業振興公社が実施する「DXリスキリング助成金」が挙げられます。
この助成金は、東京都内に本社または事業所を持つ中小企業を対象に、DX推進に必要なスキルを習得させるための民間教育機関の講座受講料などを助成するものです。
DX人材の育成を目的としているため、AI、IoT、ビッグデータ、クラウドなどの分野における実践的なスキル習得に特化したプログラムが主な対象となります。
都内の中小企業がこの助成金を活用することで、従業員のデジタルスキルを向上させ、競争力強化を図ることができます。
このように、地方自治体独自のリスキリング支援制度は、地域経済の活性化にも貢献しています。自社の所在地がある都道府県や市区町村でも同様の制度がないか、積極的に情報を収集し確認することが重要です。
9-3.IT導入補助金
リスキリングのための直接的な訓練費用への助成とは少し異なりますが、「IT導入補助金」もリスキリング環境の整備に活用できる制度です。
この補助金は、中小企業・小規模事業者の業務効率化や生産性向上を目的として、ITツールの導入費用の一部を補助するものです。
リスキリングとの関連では、eラーニングシステムやLMS(学習管理システム)といった従業員の学習を支援するITツールの導入費用が対象となる場合があります。
これらのシステムを導入することで、従業員は場所や時間を選ばずに自分のペースで学習を進めることが可能になり、企業は従業員の学習履歴や進捗状況を一元的に管理できるようになります。
IT導入補助金は、企業のデジタル化を推進し、結果として従業員のリスキリングを間接的に支援する重要な制度と言えます。
この補助金を活用して学習環境を整備することも、リスキリングを効果的に進めるための一つの戦略となるでしょう。補助対象となるITツールや申請要件は年度によって変更されるため、最新の情報を確認するようにしてください。
【10】まとめ
この記事では、現代社会で不可欠となりつつある「リスキリング」について、その基本的な意味から具体的な始め方、メリット・デメリット、そして成功のポイントまでを幅広く解説しました。
リスキリングは、単なるスキルアップにとどまらず、新しい職務や大幅に変化するスキルに適応するための戦略的な学びであり、DXの加速や技術革新が進む現代において、企業と個人双方にとっての「不可欠な生存戦略」と言えるでしょう。
企業にとっては、DX推進、人手不足の解消、従業員エンゲージメントの向上、そしてイノベーションの創出に繋がり、個人にとっては、キャリアアップ、市場価値の向上、そして新しい仕事のやりがい発見といった多大なメリットがあります。
一方で、導入コストや時間的負担、スキル習得後の転職リスク、学習時間の確保の難しさといったデメリットや注意点も存在します。
リスキリングを成功させるためには、企業側は経営層を巻き込んだ全社的な取り組みと従業員の自発性を尊重する文化醸成が、個人側は明確な目的意識を持ち、外部サービスも活用しながら継続的に学ぶ姿勢が重要です。
また、国や地方自治体による助成金・補助金も積極的に活用することで、導入のハードルを下げることができます。
リスキリングは一過性のブームではなく、変化の激しい時代を生き抜くための「継続的な取り組み」が求められます。
この記事が、リスキリングへの理解を深め、皆様が変化を恐れずに新しい学びへの一歩を踏み出すきっかけとなれば幸いです。未来のキャリアを自ら創造するために、今日からリスキリングを始めてみましょう。


