近年では、「D&I(ダイバーシティ&インクルージョン)」を発展させた「DEI(ダイバーシティ・エクイティ・インクルージョン)」が、世界的に高い関心を集めています。
グローバル化によって社会の多様性が広がるにつれて、日本でもDEIを導入する企業が増えています。
本記事では、DEIとは何かをご説明したうえで注目される背景やメリット、推進ポイント、成功事例などをわかりやすく解説します。
DEIとは
DEI(ディー・イー・アイ)とは、
- diversity:ダイバーシティ(多様性)
- equity:エクイティ(公平性)
- inclusion :インクルージョン(包括性)
の頭文字をとった略語です。
従業員一人ひとりの多様な個性を最大限に活かすことが、企業にとってより高い価値の創造につながるという考え方です。
これまでは「D&I(ダイバーシティ&インクルージョン)」に取り組む企業が多かったですが、近年では「エクイティ(公平性)」を加えた「DEI」が広まっています。
企業が取り組むべきDEIとは、具体的にどのような考え方なのでしょうか。
DEIを構成する「ダイバーシティ」「エクイティ」「インクルージョン」の3つの要素についてご説明します。
Diversity(多様性)
「 Diversity:ダイバーシティ」とは、多様性を意味する言葉です。
人種や民族、年齢や性別、国籍や宗教などの違いにこだわることなく、多様な人材が集まっている状態を指します。
ダイバーシティには、
- 表層的ダイバーシティ…自分の意思で変えられないもの
- 深層的ダイバーシティ…内面的には大きな違いがあるものの、表面からはわかりにくい違いのこと
の2つの属性があります。
表層的ダイバーシティの例
- 人種
- 年齢
- ジェンダー
- 性的傾向
- 障がい
- 民族的な伝統
- 心理的能力
- 肉体的能力
など
深層的ダイバーシティの例
- 職務経験
- 収入
- 働き方
- コミュニケーションの取り方
- 受けてきた教育
- 組織上の役職
など
深層的ダイバーシティは、一見すると同じ状態に見えるため、違いに気づくのは難しい属性です。
企業を経営するには、人それぞれが持っている異なる特性や特質を理解し、自社に必要な多様性を取り入れることが重要です。
Equity(公平性)
「Equity:エクイティ」とは、公平性を意味する言葉です。
誰もが公平なチャンスを得て能力を発揮できるように、個々の異なる状況やニーズを考慮して、機会を提供する概念を指します。
企業や組織が多様性を受け入れるだけでなく、従業員一人ひとりの立場や生活環境、性別などの多様性に配慮し、それぞれに合った環境を整える取り組みです。
具体的な例としては、小さな子どもがいる人に合わせた福利厚生の提供や、リモートワークが必要な人が働きやすい制度を整えるなどが挙げられます。
それぞれが抱えた不均衡の調整を行うために、企業は従業員一人ひとりをサポートする制度をしっかりと整える必要があります。
「Equality」「Equity」の違い
DEIを構成する要素として重要なEquity(エクイティ)ですが、混同されやすい概念として、「Equality(イコーリティ)」があります。
イコーリティとは、平等という意味です。
この2つは、
- エクイティ…一人ひとりの状況に合わせて、情報や機会を変えて提供するという概念
- イコーリティ…それぞれの違いには着目せず、全員に同じ情報や機会を提供する概念
のように、考え方が異なります。
Inclusion(包括性)
「Inclusion:インクルージョン」とは、包括性を意味する言葉です。
企業内で従業員一人ひとりが、お互いを認めながら一緒に協力して働く状態を意味します。
多様性や公平性がある組織でも、それだけでは従業員が一体感を持って働ける環境になるわけではありません。
無意識の偏見が存在することを理解して、一人ひとりが互いの違いを認め、誰もが組織に貢献できる環境を作ることが「インクルージョン」の目標です。
DEIについて考える研修を設けたり、多様性に関する問題や悩みを気軽に相談できる場所を用意したりすると良いでしょう。
インクルージョンを促進させていくことは、従業員の満足度を高め、離職率を減少させるのにも役立ちます。企業は、従業員が互いの個性を認め合える環境を整えていくことが大切です。
DEIBとの違い
日本では、価値観の多様化や国際競争力の必要性からDEIが注目され始めています。
一方、ヨーロッパでは「ビロンギング(帰属意識)」の概念を取り入れた、DEIBが注目されています。
ビロンギングの意味や注目され始めている背景・理由をご説明しながら、DEIとの違いを解説します。
DEIBとは
DEIBに加えられた「B」は、「ビロンギング(Belonging)」の頭文字です。
所属を意味する単語「belong」がもとになっており、帰属意識のことを指します。心理的安全性が確保された居場所を作る、という意味合いの言葉です。
DEIは、企業が従業員に心地よい場所を提供する、企業視点の要素が強いアプローチです。
一方、ビロンギングは従業員自身が「自分の居場所がある」「受け入れられている」と感じてもらうことを意識した取り組みです。
したがって、DEIBは、
- 背景やライフステージの異なる多様なメンバーが最大限能力を発揮できる環境作り
- 従業員を組織内で受け入れ、帰属意識を高める
といった意味を持ち、従業員の意見を尊重して成長の機会を提供します。
つまり、「多様性が受容されて公平性が浸透した(DEI)結果、帰属意識(B)が高まる」という関係です。
DEIBが注目される背景・理由
DEIBが注目されるようになった背景や理由には「The Great Resignation:ザ・グレート・レジグネーション(大退職時代)」が関係しています。
欧米諸国では、新型コロナウイルスの流行が人々の生活観を変え、就労者がワークライフバランスを見直し、自分の望むことを追求する傾向が強まりました。
特にヨーロッパでは、退職者数が月に400万人を超える状況から「大退職時代」と呼ばれ、深刻な社会問題となっています。
大量退職の背景には、リモートワークによる疲労や、会社への愛着心の低下などが影響していると考えられます。
その結果、ヨーロッパ企業では帰属意識の重要性が見直され、DEIBが注目されるようになったのです。
DEIはなぜ必要なの?
ダイバーシティやエクイティを経営理念に取り入れる企業が増えていますが、なぜDEIが必要とされているのでしょうか。
ここでは、特に大きく関係していると考えられる「人材の多様化」「競争力の向上」に焦点を絞ってご紹介します。
人材の多様化
DEIが必要とされる理由には、終身雇用の崩壊と価値観の多様化が挙げられます。
終身雇用が崩壊したことで労働者の価値観は変わり、転職が一般化しました。
ワークライフバランスの重視や自分の能力を活かせる企業への転職など、従来と比べると労働者の価値観は大きく変化しています。
自分の理想とする環境やキャリアアップを求めて、転職をする人も多いです。
さらに、転職や副業、フリーランスなどさまざまな働き方が普及する中、企業は多様化した価値観へ対応する必要があります。
また、労働力人口の減少と、労働力の変化もDEIが必要とされる理由の一つです。
少子高齢化の影響で働き手が減少する中、女性やシニア層、外国籍人材が活躍しています。
人手不足が慢性化する中、性別や年齢、国籍などにとらわれない多様な人材を確保し、その人材が働きやすい環境を整えることが大事です。
競争力の向上
スマートフォンの普及などITの発展に伴い、急激にグローバル化が進みました。
その結果、日本企業が生き残るには世界市場に合った製品やサービスの開発、競争力の強化が重要な課題となっています。
企業の競争力を高めるには、日本的な慣習にとらわれず、国際的な視点を持つ人材の採用と育成が求められています。
しかし、日本の企業では異なる文化を持つ人と一緒に働くことに不慣れな就業者が多いため、外国籍の人材に能力を発揮してもらうことは容易ではありません。
グローバル化に適応する人材を採用するだけでなく、すべての従業員が快適に働ける職場環境の整備が重要です。
また、不慣れな環境で働く外国人材のために、生活面の支援を進めることも必要でしょう。
DEIに取り組むメリット
企業がDEIに取り組むメリットには、
- 人材不足の解消
- イノベーションの創出
- 企業価値の向上
が挙げられます。
それぞれについて具体的にご紹介します。
人材不足の解消
PwCがミレニアル世代(1980~1995年生まれ)を対象に実施した調査によると、男性の8割、女性の9割近くが「企業がダイバーシティに配慮しているかどうか」を重視すると回答しました。
この結果から、ダイバーシティの推進は、若い人材の獲得や採用力の強化につながると考えられます。
また、女性やシニア、外国人の雇用や活躍を促進することで、育児や介護などで労働を制約されていた人材の活躍を後押しできるでしょう。
人材の母集団を拡大し、新たな労働力を活用することで、慢性的な人材不足の解消が期待できます。
参考:PwC『ミレニアル世代の女性:新たな時代の人材』
イノベーションの創出
DEIに取り組むメリットには、イノベーションが生まれやすくなる点が挙げられます。
女性、シニア、外国人、LGBTQ、障がい者など、多様な背景や特性を持つ人材が集まる組織からは、多様な視点や価値観からアイデアが生まれます。
また、一人ひとりの意見やアイデアを尊重する風土が定着すれば、これまでにないイノベーションを事業やサービスに取り入れられます。
課題を多角的に考えられるようになれば、問題解決の糸口も見つかりやすくなるでしょう。
企業価値の向上
DEIに取り組み、本質的な多様性を実現している企業は、ESG(イーエスジー)の観点からの評価も期待できます。
ESGとは、「Environment:エンバイロメント(環境)」「Social:ソーシャル(社会)」「Governance:ガバナンス(企業統治)」の頭文字を合わせた言葉です。
ではなぜ、DEIへの取り組みがESGに貢献するかというと、女性活躍やダイバーシティの推進といった社会領域への取り組みにつながるからです。
ESG(環境・社会・ガバナンス)に配慮した企業は、多様なアイデアがうまれやすく、不祥事や倒産といった事業リスクが低い傾向にあります。
労働者や消費者に良い印象を与えるだけでなく、投資家にとっては投資を検討する際の重要な材料にもなっています。
したがって、ESG評価が高い企業は投資価値が高いとみなされるのです。
DEIを推進する際のポイント
DEIを推進するポイントには、
- ビジョンの明確化
- 経営層が率先してDEI推進に取り組む
- 人事管理制度の整備
- 組織風土の醸成
が挙げられます。
実際にDEIを推進するのに必要な、4つの要素について解説します。
ビジョンの明確化
まずは、DEIを推進することで
- 何を実現したいのか
- DEIをなぜ取り入れる必要があるのか
- どのようなメリットがあるか
- 目指すゴールは何か
を考え、具体的なビジョンを明確化しましょう。
外部機関が設定しているDEIの評価指標にもとづいて、具体的な数値目標を立てると、DEIが推進できている状態を設定できるでしょう。
また、多様性推進度の可視化には、「D&Iアワード」「新・ダイバーシティ経営企業100選」、女性の活躍度を測るには「なでしこ銘柄」などがあります。
DEIを実現するには、正確なデータにもとづいて社内の現状を把握することが重要です。
経営層が率先してDEI推進に取り組む
DEIに関するメッセージを経営層が率先して発信し、社内でDEIに関する意見交換の場を設けるなど、経営陣が本気でDEIを推進していることを示しましょう。
なぜDEIを推進するのか、どのようなビジョンを目指すのかを経営方針や事業計画に盛り込み、社内外に公表します。
ダイバーシティ・マネジメントを推進する経済産業省の「改訂版ダイバーシティ経営診断シート」や、パナソニックをはじめとするDEIに取り組む企業の方針が参考になるでしょう。
人事管理制度の整備
さまざまな価値観を持つ人材が集まれば、働き方に対する考え方も多様になります。
働き方に関係なく、求められる役割や成果によって公平に評価できる人事管理の仕組みづくりが必要です。
人事管理制度を整える例としては、
- 資格等級の基準を明確化したうえで半期ごとに目標を設定し、結果に応じて評価する目標管理制度を導入
- 勤務時間に関係なく、業務内容や成果物で従業員を評価する仕組みを整える
などがあります。
組織風土の醸成
個性や考え方、信条など、深層的な多様性を受け入れる組織風土を醸成することも重要です。
自分の考えや思いを表現しやすい組織では、新しい発想が生まれやすく、企業の成長や生産性の向上につながります。
同時に、アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)をなくす訓練も行いましょう。
性別・年齢・国籍・人種などで相手を評価し、判断する行為がアンコンシャス・バイアスにあたることを学び、意識と行動の改善に取り組みます。
DEIの取り組み企業事例
最後に、DEIに取り組む企業の事例を4つご紹介します。
日立グループ
日立グループでは、従業員の経歴・年齢・性別・セクシュアリティ・家族構成・障がい・人種・国籍・民族・宗教などの違いを受け入れ、一人ひとりを公平に処遇する多様で包括的な企業を目指しています。
「ジェンダーバランス」「文化的多様性」「世代の多様性」の3つのテーマに注力しています。
具体的には、
- グループ全体で女性活躍を推進するためのジェンダーバランスの実現
- 新たな市場の開拓とグローバルな成長のために、国籍の異なる優秀な人財がリーダーに昇進するための機会を提供
- イノベーションを持続的に創生するために、世代を超えた交流や連携を強化
といった取り組みです。
また、日立グループは、「女性活躍推進法」にもとづく取り組みの実施状況が優良な企業として、2017年に厚生労働省の認定マーク「えるぼし」を取得しました。
参考:厚生労働省『女性活躍推進法への取組状況』
パナソニック株式会社
パナソニックグループは、日本で初めて週休2日制を導入するなど、多様な人材が活躍できる環境づくりにいち早く取り組んできた企業です。
人的資本経営に関わる取り組みの一環として、ダイバーシティ(多様性)、エクイティ(公平性)、インクルージョン(包括性)を推進しています。
「挑戦する人と組織の活躍 」を実現するためにダイバーシティを推進し、「多様な人材がそれぞれの強みを最大限に発揮できる、働きがいのある会社 」を目指しています。
具体的な取り組みとしては、
- DEI啓発イベントの開催
- 国内主要生産拠点のバリアフリー化
- アンコンシャスバイアス・トレーニングの実施
- ワークライフバランス実現の支援(小学校就学前まで通算2年間取得可能な育児休業制度や、実家で介護サポートしながら週4勤務のフルリモートワークなど)
- 介護や学校行事などに利用できるファミリーサポート休暇の導入
などが挙げられます。
パナソニックのサイトではデータで見るパナソニックグループのDEIで、「人材」「教育と研修」「ダイバーシティと機会均等」に関するデータを開示しています。
株式会社カルビー
カルビーグループは、性別だけでなく、国籍・年齢・障がいの有無・個人の価値観・ライフスタイルなどの垣根を越えた多様な人材が活躍できる企業を目指しています。
特に、女性の活躍を最優先課題に掲げており、女性のエンパワーメントを推進することが次世代を含めた多様な働き方やキャリアを支援することにつながると考えています。
女性の活躍だけでなく、ダイバーシティ&インクルージョンの共通テーマとして、「誰もが持つ無意識の思い込みを意識し、誰もが平等に活躍できる機会を確保する」ことを掲げています。
具体的な取り組みとしては、
- 女性リーダーの育成を目的とした選抜型研修
- 女性専用のオンラインコミュニティを複数開設
- 育児休業から復帰した社員を対象とした「職場復帰セミナー」の開催
- スムーズな休業と復職のために行われる、妊娠から育児期までのコミュニケーションサポート
などです。
2022年には、女性活躍推進企業として「なでしこ銘柄」に選定されました。
まとめ
DEIとは、「ダイバーシティ(多様性)」「エクイティ(公平性)」「インクルージョン(包括性)」の頭文字をとった略称です。
企業経営において、社員一人ひとりの多様な個性を最大限に活かすことが、企業にとってより高い価値の創造につながるという考え方です。
グローバル化による競争激化や労働人口減少による人手不足が進む中、多様な人材を受け入れ、企業価値を向上させるDEIへの取り組みは、必要不可欠といえるでしょう。