現状維持バイアスとは、「未知のものや変化を受け入れず、現状維持を望む」ことにより起こる心理的作用のことを指します。
これまでの経験や生活で誰しもが持っている心理傾向です。
そのため、無意識のうちに自信の成長を妨げていたり、他人を傷付けていたりすることもあります。
ここでは、現状維持バイアスの日常的に発生している具体例や、その克服方法について解説します。
1.現状維持バイアスとは
現状維持バイアスは1980年代にリチャード・ゼックハウザーとウィリアム・サミュエルソンによって提唱された「未知のものや変化を受け入れず、現状維持を望む」ことにより起こる心理的作用のことです。
心理学的に、知らないことや今までに経験したことのないことは受け入れたくない、という傾向が自然と現れるものです。
安定した状態を好むことは誰にでも当てはまる人間の心理で、たとえ有益なことが分かっていても未経験であることに対してマイナス思考になってしまいます。
このような心理になる理由には損失回避性という行動経済学的理論も関与しているでしょう。
未知のものを受け入れると現状よりも損失を発生するリスクがあるため、それを回避するよう心理的な作用が働きます。
そこで、現状維持バイアス自体を克服する努力が必要です。
何か新しいことをはじめるとき、導入しようとするとき、現状維持で十分である心理的作用が働きます。
そのためなかなか一歩前に進めない状態が続くこともあるでしょう。
そのような場合に備えて、なぜ現状維持バイアスが起こるのか、どのように乗り越えていくのかの例をご紹介します。
2.現状維持バイアスが起きる要因
現状維持バイアスが発生すると、「損失や失敗のリスクを極力回避したい」という思いになります。
どのような変化もメリットとデメリットの側面をもつことから、なるべくデメリットを回避したいあまりに、変化を受け入れない選択をしてしまうのです。
選択にせまられたときに、メリットよりデメリットを過大評価してしまうことを行動経済学では「プロスペクト理論」としています。
現状維持バイアスと似た性質の「デフォルト効果」という心理もあります。
デフォルト効果は初期設定を変更したくないという心理のことです。
初期設定への信頼や、初期設定を変更することで起こる損失回避を優先させることに繋がります。
これらは現状維持バイアスとも相互に作用し、似ているポイントです。
「デフォルトから変更したくない」という心理自体が現状維持バイアスです。
選択に迫られたとき、慣れ親しんだものを選ぼうとする心理も現状維持バイアスが関係しています。
繰り返し接している環境やものごとに対して好意をもつことを単純接触効果といいます。
また、保有効果という効果も現状維持バイアスに関連します。
すでに所持、使用しているものに価値を高く感じられたり、高く信頼を置いたりする効果のことです。
さらには過去の成功体験に基づく記憶からも、変化を受け入れにくいという習性があります。
このようにさまざまな心理学的、行動学的効果などから、なるべく現状のままでいたいという人間の思いが説明されています。
現状維持バイアスが発生することはしかたがないことであり、その思考に気づき、適切な対処を取ることが必要であるでしょう。
3.現状維持バイアスの具体例
現状維持バイアスがどのようにプライベートやビジネスシーンで発生しているのでしょうか。
ここで現状維持バイアスが発生している身近な具体例をご紹介します。
3.1.新商品を受け入れない
有名企業が新商品を販売しても、新商品よりも元の商品の方が結局よく売れる、という場面も現状維持バイアスの影響です。
事前のアンケートで、新商品と従来の商品を比較して、新商品の方がおいしい、という評価があったとします。
しかし、実際に商品として広く販売してみると従来の商品の方がより売れていることはよくあります。
これも現状維持バイアスがはたらき、「慣れ親しんだものを選びたい」「失敗をしたくない」という心理による結果がもたらす行動なのです。
3.2.毎回同じメニューを選ぶ
いきつけの飲食店で、いつも同じメニューを選んでしまうのも現状維持バイアスが影響しています。
新商品を食べてみようと思って出かけても、結局いつものメニューを注文してしまうのはよくあることです。
別の店に行ってみたり、普段とは違うメニューを頼んで「おいしくなかったらいやだな」「せっかく外食するのだから、安定したおいしさを楽しみたい」という心理が働いています。
3.3. 転職できない
待遇や給与など、自分が働く職場の環境に不満を抱える人がなかなか転職しないのも現状維持バイアスが影響しています。
慣れ親しんだ現在の職場が悪条件であっても、「新しい職場が今よりいい環境でないかもしれない」「何か見落としている条件があって、損をするのでは」と環境が変わることにネガティブな要素を探してしまうのです。
3.4. 同じ席に座る
さらに小さなことに目を向けると、通勤や通学の際にいつもと同じルート、交通機関では毎回同じ席に座る、なども現状維持バイアスが働いている結果で起こっている行動です。
自覚があるかないかは人それぞれですが、「慣れ親しんだ環境への安心感」を求める気持ちが作用して些細な行動も決められていることが多いのです。
3.5. サブスクリプションを解約しない
近年目にすることの多いサブスクリプションも、現状維持バイアスを上手に利用したサービスの一例です。
例えば、最初の1か月が無料もしくは割引で使用できる、と言われてお試しで契約したとします。
最初はおトクにサービスを利用できるのはもちろんですが、その期間を超えても「このまま契約を継続したほうが損をしないのでは」「現在の利用状況を継続したいな」とそのまま利用してしまいます。
「今までと変化すること」へのマイナスイメージや「損をするのでは」という潜在意識からの行動です。
4.現状維持バイアスの克服法
日常生活やビジネスシーンで深く浸透している現状維持バイアスを克服するためにはどうしたらいいのでしょうか。
特にビジネスシーンでは、公平な視点で判断することが非常に重要なポイントになります。
ここでは新しいツールの導入においてどのように現状維持バイアスを打破するのか、その方法について紹介します。
4.1.現状維持バイアスであることを認識する
まずはじめに、現状維持バイアスがあるということを認識することが重要です。
新しいツールを導入しようとする場合は、ほとんどの確率で反対意見が出てきます。
それが正当に判断されているものであればいいですが、そうでない場合もあります。
新しいものに対してきちんとした評価をせず、盲目的に「現行のままがいい」と考えてしまう場合には現状維持バイアスがかかっていることが多くあります。
しかし、先ほどの具体例のように現状維持バイアスは無意識のうちに影響しているものです。
そのような人にいきなり「現状維持バイアスがかかっています」と主張しても快く理解する人はあまりいません。
客観的に判断してもらえるよう、アドバイスを受けるような形でいろいろと質問することで、公平な判断をしてもらいやすくなる可能性があります。
そして、自分自身が新しい事業、新ツールの導入などに関わる時には、潜在意識の中に現状維持バイアスがあることを念頭におきましょう。
新旧にとらわれず、なるべく公平な判断をすることを意識しながら情報を集めます。
冷静な判断がよりよいビジネスチャンスに繋がります。
4.2. 第三者から意見を聞く
現状維持バイアスにかかりづらくするために、関係者以外の第三者の視点を加えるという方法もあります。
その第三者を専門的知識のある人に依頼することで、信用度の高いアドバイスを受けることが可能です。
現状に慣れ親しんでいる場合、それがスタンダードのように思われますが、外部からするとイレギュラーであることも多々あります。
第三者に相談するときには、現状維持バイアスがかかっているかもしれないことを伝え、それを踏まえて公正に判断してもらうよう伝えるのもいい方法だと思われます。
4.3.変化によるメリットを理解する
新規導入を検討しているものが、効果を数値で表せるものであれば、数値データを提示することも現状維持バイアス克服の一助となります。
数値を比較することで冷静に判断できるようになるからです。
導入に必要なコストとメリットだけでなく、ユーザーの満足度やランキング、サポートに必要な費用など、多方面にわたって数値で表すことができます。
現行のシステムやツールと、新規導入を検討するものの比較を検討してみると現状維持バイアスを克服することに繋がります。
4.4.テスト期間を設ける
新規ツールを導入する場合には、事前にデモンストレーションや試用期間を設定することで現状維持バイアスを排除できる可能性があります。
デモンストレーションにより、実際の効果を直接感じることができるため、新しいものに対するネガティブなイメージを払拭できます。
事前に従来のツールと比較検討、第三者への相談、デモンストレーションなどいくつかの克服法を組み合わせて実践することで、より多くの人から支持の得られる新規ツール導入に繋がるでしょう。
5. まとめ
現状維持バイアスとは何か、起きる原因やその克服方法をご紹介しました。
現状維持バイアスは「未知のものや変化を受け入れず、現状維持を望む」という心理から生まれる思考で、「変化により損をしたくない」という心理作用を表しています。
あらゆる日常生活やビジネスシーンでそのバイアスが働きます。
特にビジネスシーンでは、そのような先入観が損失に繋がる可能性があるので要注意です。
新しいツールやシステムなどを導入するときに反対意見が出ることは当然のことです。
しかし、それがきちんと公平に評価された判断であるかどうかが重要になります。
現状維持バイアスにより時代の流れに取り残されてしまうことが重大な懸念事項です。
そのため、現状維持バイアスを克服する工夫が必要になります。
決して現状維持バイアスはすべてがマイナスに作用するものではなく、失敗や損失から守ってくれるための心理作用です。
そのバイアスを認識して、適切に対処することでより大きな利益を得られる可能性を秘めていることも知っておきましょう。