「上司が部下の挨拶を無視する」
「重要ではない用件に対しては返事が遅くなる」
職場で上記のような様子はありませんか?
これらは「インシビリティ」と呼ばれる、職場での小さな無礼の例です。
職場でのインシビリティを見逃すと、生産性の低下や職場環境の悪化につながりかねません。
本記事では、インシビリティが近年注目を集めている理由や効果的な向き合い方をご紹介します。
そもそも「インシビリティ」とは
「インシビリティ(Incivility)」とは、他人への思いやりや配慮のない、不親切で失礼な言動を指します。
例えば、
・挨拶を無視される
・会議で意見を聞かれない
・メールの返信が遅い
・約束の時間に遅刻する
などがインシビリティの例です。
これらの行動の一つひとつは「大したことがない」と思いやすいですが、受ける側にとっては無視できないストレス源となるでしょう。
インシビリティに気づかず放置すると、小さな不満が蓄積されて職場全体の雰囲気が悪化します。
結果的に、従業員のモチベーション低下や組織の生産性低下をもたらすため注意が必要です。
インシビリティの特徴は、必ずしも悪意を持って行われるわけではない点にあります。
視覚効果のように目に見える形で現れるわけではないため、無意識のうちに相手を傷つけてしまうケースも多く、それゆえに対応が難しい「隠れた問題」だといえるでしょう。
「インシビリティ」が注目されているワケ
インシビリティは、職場環境を改善するための新たな観点として注目を集めています。
インシビリティが注目されている背景にあるのは、ハラスメントとは言い切れない「グレーゾーン」の問題です。
近年、さまざまなハラスメントが話題となり、ハラスメントの発生件数は少なくなっています。
一方、明らかにハラスメントだとは認識できないグレーゾーンの言動が問題視されているのです。
例えば、挨拶を無視する、相手の意見に関心を示さない、特定の人だけ呼び捨てにするといった行動は、インシビリティに該当します。
これらの行動はハラスメントだと断定できる行為ではありませんが、被害を受けた人の心には隠れた傷やわだかまりが残るものです。
インシビリティへの対策は、職場の透明性を保ち、ハラスメントとして顕在化する前に、職場の問題を解決することにつながります。
もしかして私も?身近に潜む「インシビリティ」
インシビリティは無自覚でしてしまいやすいため、誰もが加害者にも被害者にもなりえます。
忙しいときや不安なとき、自分が正しいと感じているときなど、疲労感や優越感を持っている場合に起きやすいので注意しましょう。
よくあるインシビリティは、「冷たい対応」と「やらない行為(不作為)」に大別できます。
具体的な行為は以下のとおりです。
・冷たい対応
→挨拶しても無視する、または無愛想に返す
→会話中に相手の目を見ず、パソコンやスマートフォンを操作し続ける
→同僚の提案や意見に対して、冷ややかな態度や表情を示す
→部下や後輩の質問に対して、面倒くさそうに答える
→チーム内で特定の人だけを会話や雑談から排除する
・やらない行為(不作為)
→必要な情報を共有しない、または共有を遅らせる
→会議の招集や議事録の共有を怠る
→同僚のミスを指摘せず、そのまま放置する
→チームメンバーの成果や努力を認めない、褒めない
→新入社員や異動してきた社員に対して、必要な指導やサポートを行わない
インシビリティを放置すると、職場全体の雰囲気が悪化します。
行為を受けた人は仕事へのモチベーションが下がるだけでなく、精神的な苦痛から離職に至る可能性もあるのです。
「インシビリティ」がもたらす影響とは
インシビリティは加害者と被害者だけの問題ではなく、職場全体に影響を及ぼすため対策が必要です。
ここでは、以下の2つの面からインシビリティがもたらす影響を解説します。
・個人にもたらす影響
・職場にもたらす影響
「個人にもたらす影響」
インシビリティは行為をする側にも受ける側だけではなく、第三者にも影響があります。
・加害者
行為をする側は、その言動がインシビリティだと気づいていないケースが多いのが特徴です。
そのため、無自覚に人を傷つけてしまっています。
・被害者
インシビリティを受ける側は、もやもやとした嫌な気持ちになるでしょう。
さらに積み重なれば、心理的なストレスが増大して仕事のパフォーマンスが下がります。
さらに職場の居心地が悪化するため、離職を選ぶ人が少なくありません。
・第三者
たとえ当事者ではなくても、インシビリティによる雰囲気の悪化に気づいている従業員は「居心地の悪い職場にはいたくない」と退職を選ぶ可能性があるでしょう。
黙認されているからといって「自分もやって良い」と考える人が増えると、いじめやハラスメントに発展するかもしれません。
「職場にもたらす影響」
インシビリティが組織内で横行すると、その影響は個人にとどまらず組織全体に波及します。
無礼な言動が蔓延することで職場が緊張状態になり、従業員の精神的ストレスが増加するでしょう。
結果として、組織の生産性が低下し、業務効率が悪化します。
適切なコミュニケーションが行われず職場の人間関係が悪化することで起きるのが、ワークエンゲージメントの低下です。
これにより従業員のモチベーションが下がるとともに、仕事への愛着や熱意が失われ、組織への帰属意識が薄れていきます。
インシビリティが常態化すると、他部署にも悪影響をもたらすため早急な対策が必要です。
長期化すれば組織風土そのものが悪化して、問題の解決がより困難になりかねません。
インシビリティが生じる3つの要因
なぜインシビリティが生じるのでしょうか。
要因として以下の3つが挙げられます。
・性格特性
・生育環境
・偏った先入観・価値観
それぞれ解説します。
性格特性
インシビリティの発生要因には、個人の性格特性が関係していることがあります。
例えば、
・自己中心的な傾向がある
・他者への共感力が低い
・攻撃性が高い
といった特性を持つ人は、無意識のうちに相手への配慮に欠ける言動をとりがちです。
自身の言動で「相手がどのような気持ちになるか」を想像しにくい人は、インシビリティにならないよう心がける必要があります。
生育環境
個人の生育環境も、インシビリティの一因となります。
なぜなら家庭や学校での経験が、人との関わり方やその人にとっての常識を形づくるからです。
例えば、以下のようなケースがあるでしょう。
・家庭で大事されなかった人は他者を大切に扱えない(大切にする方法がわからない)
・成果重視の教育を受けてきたため、自分の利益を優先して他者を慮れない
・家族が遠慮なく意見を言い合っていたため、歯に衣着せぬ物言いが当たり前になっている
育った環境が礼儀や思いやりを重視しない環境や、親子関係が希薄だった場合は、インシビリティを無意識にしやすくなります。
生育環境から身についたコミュニケーションの癖は、意識的な努力で変えられるため、自身の行動を見直すことが大切です。
偏った潜入間・価値観
偏った先入観や価値観もインシビリティの要因になります。
特定の価値観にとらわれることで、無意識に他者に対する配慮が欠けた行動を取るケースがあるからです。
例えば、以下の内容はインシビリティにつながりかねない、偏った価値観だといえます。
・わからないことは自ら聞きにくるべき
・新人は朝早く出社するべき
・若いうちは苦労するもの
・管理職は優秀であるべき
年齢や性別、出身地などによる差別意識や、「上下関係は厳しくあるべき」といった古い価値観が、インシビリティにつながることがあるのです。
私は大丈夫?「インシビリティ」に気づける「自動思考」5選
インシビリティは誰もが無意識で行っている可能性があります。
では自身がインシビリティを行っているかどうか確認する方法はあるのでしょうか。
インシビリティに気づくためには、「自動思考」を知ることが大切です。
ここでは、自動思考の概要と関連性の高い自動思考を5つご紹介します。
そもしも「自動思考」とは
「自動思考」とは、私たちの意識下で瞬時に浮かぶ考えや感情のことを指します。
ある状況に直面したときに自然と生じる思考パターンであるため、意識的にコントロールしたり認知したりするのは難しいです。
例えば、大事な仕事や試験の前に「絶対に失敗する」と思い込んだり、たったひとつの失敗で「自分は本当にだめな人間だ」と評価したりした経験はないでしょうか。
このようなケースでは自動思考が働いています。
以下で、インシビリティと関連性の高い5つの「自動思考」をご紹介します。
・二極化思考
・感情的決めつけ
・レッテル貼り
・個人化
・過度の一般化
それぞれの思考パターンを知り、自分の言動を振り返ってみましょう。
二極化思考
物事を「良い」か「悪い」、「成功」か「失敗」のように、物事を両極端にとらえてしまう思考パターンです。
中間の状態や複雑な側面を無視し、状況を二極化してしまいます。
柔軟な判断や対応が困難になり、小さなミスを許せず理不尽に冷たい態度を取るといった行動を取りやすくなるのです。
感情的決めつけ
根拠がないのに、感情に基づいて事実を判断してしまう思考パターンです。
「不安を感じるから危険に違いない」「落ち込んでいるから自分には価値がない」といったように、感情を現実と同一視してしまいます。
状況が客観的に見えないようになり、適切な対処や行動を取りにくくなるのが懸念点です。
レッテル貼り
自分や他人に対して、特定の特徴をもとに単純化したラベルをつける思考パターンです。
「私は優秀だ」「彼はいつもあの仕事で失敗する」といった具合に、一面的な特徴で全体を判断してしまいます。
偏見を持ちやすくなるため、無意識に自分が上だと感じたり、相手を見下したりして、横柄な態度を取るケースが少なくありません。
個人化
自分に関係のない出来事や自分の責任ではない状況を、すべて「自分のせいだ」と考えてしまう思考パターンです。
「メールの返信が遅いのは私が何か間違えていたのかも」「上司が指導してくれないのは自分が不出来だからだ」といったように、過剰な自己責任を感じてしまうのが特徴です。
インシビリティを受けるなどして個人化が起きていると、不必要な罪悪感やストレスを抱え込むことになります。
過度の一般化
限られた経験や情報から、その状況が「すべてに当てはまる」と結論を導き出してしまう思考パターンです。
「一度失敗したからこれからも失敗する」「ミスを報告したら怒られた。上司に報告すると怒られる」といったように、特定の出来事を普遍化して決めつけてしまいます。
「インシビリティ」に気づいたら3つのステップで向き合おう
インシビリティを放置していると、知らず知らずのうちに大きな問題やハラスメントに発展する可能性があります。
そのため、インシビリティに気づいた場合は、適切な方法で向き合うことが大切です。
具体的には、以下の3つのステップを踏むことをおすすめします。
・自身の認知に気づく
・考え続ける事を辞める
・行動の置き換えをする
それぞれ解説します。
自身の認知に気づく
インシビリティに向き合うために最初に行うのは、自分の自動思考や認知の癖に気づくことです。
つい使ってしまうネガティブワードを意識すると、自身の思考パターンが認識できるでしょう。
例えば、以下のワードに注目します。
・絶対に〜ない
・普通は〜、常識的には〜
・〜であるべき
無意識に決めつけたり、自分の価値観に固執したりしていないでしょうか。
意識して自らの言動を見直す習慣をつけ、自身の認知に気づきを得ることがインシビリティの改善に向けた第一歩です。
考え続ける事を辞める
自身の思考パターンを認識したら、その思考パターンで考え続ける事を辞める努力をしてみましょう。
無意識に陥りやすい思考パターンから抜け出すのは難しいかもしれません。
そのようなときは、一時的にその場を離れるのが効果的です。
コーヒーを買いに行ったり、少し散歩したりして、物理的に状況から距離を置くと良いでしょう。
思考のループから解放されることで感情のコントロールがしやすくなり、結果として行動の選択肢が広がります。
行動の置き換えをする
自動思考に気づいてそれを止めることができたら、次はその思考をポジティブなものに書き換えていきましょう。
「別の考え方はできないだろうか」と自分に問いかけ、異なる視点や解決策を探ります。
思いつかない場合は、親しい人や家族、尊敬する人ならどのように考えるかを思い浮かべてみましょう。
自分以外の立場から物事を見直すと、新しい考え方が見つかりやすくなります。
ネガティブな思考パターンからポジティブな思考に変換できれば、他者の気持ちを考慮した言動を取れるようになるはずです。
まとめ
今回は、職場の小さな無礼や無視を指す「インシビリティ」について解説しました。
インシビリティは、その透明性や見えにくさゆえに見過ごされがちですが、職場環境に大きな影響を与える隠れた問題です。
インシビリティに向き合うためには、自動思考を知ったうえで、まずは自身の認知に気づく必要があります。
ネガティブな思考から抜け出し、行動を置き換えることで、より健全なコミュニケーションと職場環境を実現することができるはずです。
従業員の精神的な安定を確保し、組織を活性化するためにも、インシビリティには適切に対処していきましょう。