一定時間の残業に対して割増賃金を定額で支払う固定残業代は、人件費の把握や時間外労働の抑制に効果的があるということで、導入する企業が増えています。
今回は、固定残業代の計算方法や導入のポイント、みなし労働時間制との違いを解説します。
固定残業代(みなし残業代)とは?
固定残業代とは、時間外労働や深夜残業、休日労働など一定時間の残業を想定し、その労働に対する割増賃金を毎月定額で支払うもので、「みなし残業代」とも呼ばれます。
通常、法定労働時間を超え時間外労働が発生した場合には、「超過労働時間×1.25倍の割増賃金」というように、都度計算して残業代が支払われます。
しかし、固定残業代では、一定の時間外労働を想定し、毎月定額で支払う仕組みのため、予め「40時間分の時間外労働手当」と定めれば、実残業時間が0時間でも40時間でも同じ残業代が支払われることとなります。
このように固定残業代は、実際の残業時間にかかわらず、あらかじめ想定された時間分の残業代を一律で支給する制度です。
固定残業代の計算方法
固定残業代には、2種類の計算方法があります。
どちらも本質的には同じですが、雇用契約書を作成する際の表記や、就業規則で残業代についての規定を作成する際などにいずれかの方法で記述する必要があるため、確認しておきましょう。
手当型の計算式
手当型の固定残業代とは、割増賃金の支払いに変えて、一定額の手当を支給する形態のことです。
具体的には「基本給30万円+固定残業代5万円」といった記述になります。
手当型の固定残業代の計算式は「固定残業代=時間単価×固定残業時間×割増率」で求めることができます。
仮に1ヵ月の賃金が300,000円の従業員に40時間の固定残業代を設定する場合は、以下の通りです。
固定残業代(300,000円÷160時間※時間単価)×40時間×1.25=93,750円
※基本給のみ、1ヶ月平均所定労働時間160時間、時間外労働手当を固定残業代とする場合
組込型の計算式
組み込み型の固定残業代とは、基本給の中に、割増賃金を組み込んで支給する形態のことです。
具体的には「基本給35万円(20時間分の固定残業代として5万円が含まれます)」というような表記となります。
組込型の計算方法は先に固定残業代を算出し、基本給から差し引くという計算式になります。
手当型と同じく、1ヵ月の賃金は賃金が300,000円の従業員に40時間の固定残業代を設定するケースで算出してみました。
固定残業代=300,000円÷(160+40×1.25)×40×1.25=60,000円
基本給=300,000円―60,000円=240,000円
固定残業代(みなし残業代)を正しく運用する方法
固定残業代を正しく運用するためには、いくつか遵守するべきポイントがあります。
具体的にみていきましょう。
固定残業代について就業規則で周知すること
固定残業代を導入する場合には、その詳細を就業規則に明記し従業員に周知しなければいけません。
個別の労働契約書についても、「時間外労働の〇時間分に相当する手当として〇円を支払う」など、時間数および金額を明示する必要があります。
通常の労働時間に対する賃金と固定残業に対する賃金を明確に区別すること
時間外労働等に対する割増賃金を定額で支払う場合は、法定労働時間分の賃金と固定残業の賃金とが明確に区別できなければいけません。
例えば、「月給25万円(固定残業代を含む)」という表記はNGです。
なぜなら、法定労働時間分の賃金と固定残業代の内訳や詳細が書かれていないからです。
正しくは、「月給25万円(40時間分の固定残業代5万円を含む)」となります。
給与明細にも、「固定残業手当」や「固定時間超過分手当」と記載し、明確にわかるようにしなければなりません。
固定残業時間と実残業時間が異なった場合の対応についても明記する
固定残業代を円滑に運用するためには固定残業時間よりも実労働時間が少ない場合、そして固定残業時間よりも実労働時間が多い場合、両方の対応について明確にしておかなければなりません。
原則、実労働時間が、あらかじめ決まっている時間より少ない場合でも、決められた固定残業代の全額を払わなくてはいけません。
固定残業代とは、あくまで「時間外労働の40時間分に達するまでは固定金額を支払う」というものだからです。
逆に実労働時間が50時間など、固定残業時間40時間よりも多いケースは、上回った分の割増賃金額を別途支払うことになります。
以上のように、固定残業代を正しく運用するには、
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固定残業代について就業規則で周知すること
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通常の労働時間に対する賃金と固定残業に対する賃金を明確に区別すること
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固定残業の時間と実労働時間が異なるケースの対応について明確にすること
という3点を遵守することが必要です。
固定残業代(みなし残業代)導入のポイント
ここでは、固定残業代を導入するポイントと流れをまとめてみました。
固定残業代の詳細を決める
まずは、どのような固定残業代制度を導入するのかを決めていきます。
固定残業時間を何時間に設定するのか、組込型か手当型かといった基本的な部分です。
固定残業時間は、会社が自由に設定することができます。30時間でも40時間でも問題ありませんが、雇用契約の内容と各種法律を照らし合わせ、問題の無い範囲で設定しましょう。
ちなみに※36協定では原則1ヵ月45時間が上限(例外もあり)とされています。
※36協定・・「時間外・休日労働に関する協定届」のこと。労働基準法第36条により、会社が残業や休日勤務を労働者に命ずる場合、労働組合と書面による協定を結び労働基準監督署に届け出ることが義務付けられている
従業員へ概要を説明し同意を得る
詳細が決まったら、次に従業員への説明を行います。
すべての従業員に納得して同意してもらうためには、説明会を開催して従業員に理解を深めてもらうことが大切です。
同意を得る際には、同意書を作成し、従業員に記載してもらいましょう。
万が一裁判などのトラブルに発展してしまった場合に客観的な証拠となります。
就業規則等の整備
従業員の同意が得られたら、就業規則、雇用契約書に固定残業代へ関する規定を設けましょう。
固定残業時間と金額を明確に表記し、固定残業時間を超えた残業があった場合は超過分を支払う旨もしっかり記載します。
その他、固定残業代が時間外割増賃金の支払いにのみ充てられるのか、それとも深夜割増賃金や休日割増賃金にも充当されるのかも明確に規定しましょう。
固定残業代(みなし残業代)のメリット・デメリット
次に、固定残業代を導入するメリットとデメリットについて説明します。
固定残業代(みなし残業代)3つのメリット
人件費が把握しやすい
固定残業代は、通常の残業制度と比べ毎月従業員に支払う賃金の変動が少ないため、人件費を把握しやすいというメリットがあります。
従業員の給与が安定する
固定残業代制度では毎月一定の金額を支払うため、従業員の給与は比較的安定します。
これにより、従業員のモチベーション向上などの効果も期待できます。
時間外労働の抑制につながる場合がある
固定残業代を採用すると、従業員は残業の有無にかかわらず固定残業代が支払われます。
そのため、従業員からすると、「給与が変動しないのであれば、効率よく仕事を進め早く退社する方が生産的だ」という思考になりやすく、結果的に法定時間外の労働が少なくなる場合があります。
固定残業代(みなし残業代)2つのデメリット
実残業時間が短くても余分に給与を支払うことになる
固定残業代は、実労働時間が固定残業時間以下でも、一定の金額を支払うことになります。
つまり、実労働時間が、固定残業時間より短い場合には、固定残業代を導入していない場合と比較し、余分に給与を支払うことになります。
固定残業代を導入することで新規の採用が難しくなるおそれがある
固定残業代の認知度は年々高まっていますが、すべての人が制度を正しく理解しているわけではありません。
中には「固定労働時間分は必ず働かなくてはいけない」、「固定残業時間を超えて働いても割増賃金がもらえない」など、制度に対して誤解を持っている方もいます。
このような誤解が生まれてしまうと採用活動の際、応募を踏みとどまらせてしまったり、内定を出しても辞退してしまうなど、新たな採用が難しくなったりということが無いとも言い切れません。
固定残業代(みなし残業代)が違法になるケースとは?
固定残業代は正しく運用しなければ違法となることもありますので以下のことに注意しましょう。
固定残業代の金額・時間が明確に記載されていない
固定残業代の金額と時間は、就業規則や労働契約書へ明確に記載されていなければなりません。
また、給与明細などでも法定労働時間に対する給与額と固定残業時間に対する給与がわかるように記載されていなければ違法な運用と判断される場合があります。
超過した分の残業代を支払わない
固定残業代はあくまでも、一定時間の残業を想定し、その労働に対する割増賃金を毎月定額で支払うものです。
超過した分の残業代を支払わなくてもいいという制度ではありません。
固定残業時間を超過した分の残業代を支払わないと違法となります。
労働基準法で定められている以上の固定残業時間を設定する
労働基準法では、時間外労働の上限は”月45時間・年360時間”と定められています。
また、原則である月45時間の時間外労働を超えることができるのは”年6ヶ月まで”です。
この上限を超えて、固定残業時間を設定するのは違法となります。
ただし、時間外労働の上限時間には例外や特例もあります。
詳しくは、お近くの労働局などで確認してみてください。
最低賃金を下回っている
固定残業代を導入する際に気を付けなくてはいけないのが、最低賃金を下回ってしまうことです。
最低賃金の計算は、基本給と諸手当(精解禁手当、通勤手当、家族手当は除く)のみが対象で、固定残業代を除いた状態で計算する必要があります。
うっかり固定残業代を含めた金額で賃金を計算し、気付かないうちに最低賃金を割っていたということがあれば、当然、違法となりますので注意しましょう。
企業側が固定残業代を周知しなかった
「固定残業代(みなし残業代)を正しく運用する方法」の項目でも書きましたが、固定残業代制度を取り入れる企業は、労働者への周知義務があります。
周知をせずに給与形態に固定残業代を含むというのは違法行為です。
みなし労働時間制との違い
固定残業代(みなし残業代)と、よく似た人事制度に“みなし労働時間制”があります。この2つは名称こそ似ていますが、全く別のものですので注意が必要です。
そもそも、固定残業代(みなし残業代)は、“残業時間”をあらかじめ“みなし”て、一定の残業代を支払うものです。
対して、みなし労働時間制は残業時間ではなく、“労働時間全体”をあらかじめ“みなして”報酬を決める制度です。
つまり、固定残業代(みなし残業代)と、みなし労働時間制の違いは、あらかじめ“みなす”部分が、残業代か労働時間全体かという点になります。
固定残業代(みなし残業代)は、様々な分野の職種で導入されていますが、みなし労働時間制はデザイナーやシステムエンジニア、テレビ番組のプロデューサーなど、働く時間が不規則な職種や労働時間と仕事の成果が結び付きづらい職種で導入されることがあります。
固定残業代(みなし労働残業代)は人件費の把握や時間外労働抑制に効果あり
あらかじめ一定時間の残業代を固定する固定残業代は、人件費の把握と時間外労働の抑制に効果があります。
また、会社の業績や繁閑などの事情に左右されずに給与額が安定するため、従業員の雇用環境整備にもつながり、定着率UPに期待ができます。
ただし、適切に運用しないと違法となるケースもあるため、注意が必要です。正しく運用して最大限メリットを享受しましょう。