ウェルビーイングは、肉体的・精神的・社会的に満たされた状態であることを指す概念です。
ウェルビーイングを行うと、生産性向上など様々なメリットを得られることから、近年ウェルビーイングを重視した組織運営の重要性が高まっています。
また、ウェルビーイングは、ワークライフバランスの実現を目指した「働き方改革の推進」にも通ずるため、ウェルビーイングに取り組む企業が増加しています。
とはいえ、「ウェルビーイングとは何か」「具体的に何をすれば良いのか」不明な点も多いでしょう。
そこでこの記事では、ウェルビーイングの概要、注目されている背景、メリット・デメリットについて解説いたします。
ウェルビーイングへの具体的な取り組みや、企業事例もご紹介しますので、ぜひご覧ください。
ウェルビーイングとは?
「ウェルビーイング(well-being)」とは、心身ともに健やかで、社会的にも満たされた状態にあることを指す概念です。
「健康」「幸福」とも訳されるウェルビーイングについて初めて言及されたのは、
Health is a state of complete physical, mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity.
健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあることをいいます。(日本WHO協会訳)
WHO「世界保健機関(WHO)憲章とは」
という、世界保健機関(WHO)憲章の草案がきっかけです。
以降、身体だけでなく、精神面や社会面も含めて良好な状態を”健康”とする「ウェルビーイング」の考えが広まりました。
近年では、様々な調査から幸福度の高い従業員は業務パフォーマンスが高い傾向にあることが分かり、ビジネスシーンでの注目度が高まっています。
ウェルビーイングを構成する5つの要素
では、従業員がどういった状態であれば「満たされている」と言えるのでしょうか。
アメリカのコンサルティング企業ギャロップ社では、ウェルビーイングの構成要素として以下の5つを定義づけています。
Career Wellbeing(キャリアウェルビーイング)
キャリアウェルビーイングは、人生におけるキャリアの幸福です。
仕事や勉強はもちろん、子育て、ボランティア活動、趣味など、自分の時間を何にどのくらい費やしているかを知り、それを改善することで納得感を得られます。
Social Wellbeing(ソーシャルウェルビーイング)
ソーシャルウェルビーイングは、人間関係の幸福です。
日常生活において、信頼関係や愛情といった深い人間関係を築くことが、社会生活の充実につながります。
ビジネスの面では、上司・同僚・部下との関係性を表します。
Financial Wellbeing(フィナンシャルウェルビーイング)
フィナンシャルウェルビーイングは、経済的な幸福です。
報酬を得る手段や資産の運用管理など、自分の経済状況をきちんと管理することで経済的な幸福につながります。
Physical Wellbeing(フィジカルウェルビーイング)
フィジカルウェルビーイングは、精神的・身体的な幸福です。
「仕事や日常生活を前向きな気持ちで取り組めているかどうか」であり、長時間労働の有無や職場環境といった、仕事の影響が大きい要素と言えます。
Community Wellbeing(コミュニティウェルビーイング)
コミュニティウェルビーイングは、地域社会の幸福です。
居住しているエリアや所属している組織での関係性を表しており、適度に関係を持つことで充実感を得られます。
ビジネス面では、会社や所属部署、取引先などが該当します。
これらの要素をもとに従業員の状態を把握できれば、新制度や職場環境改善策の材料としても活用できるでしょう。
ウェルビーイングは世界的に注目されている
株式会社バークレーヴァウチャーズ「2016年度 Edenred-Ipsos Barometer 調査」
バークレーヴァウチャーズ(現:株式会社エデンレッドジャパン)では、2016年に世界15ヶ国を対象とした職場におけるウェルビーイングの実態を調査しました。
ウェルビーイングの満足度を見ると、
インド…88%
メキシコ…81%
アメリカ/チリ/ブラジル…77%
の国が高水準です。
15ヶ国全体の平均では満足度71%と高水準であるため、ウェルビーイングが世界的に注目されていることは明らかでしょう。
一方、日本のウェルビーイング満足度は44%と最下位です。
14位のイタリアが63%のため、日本のウェルビーイングが他国と比べて非常に低い状況にあることが分かります。
ウェルビーイングが注目されている背景
世界的に注目度の高いウェルビーイングですが、日本でも大手を中心に取り組む企業が増えてきています。
ここでは、ウェルビーイングが注目されるようになった背景についてご紹介いたします。
人手不足と人材流動性の活発化
少子高齢化の進む日本では、年々生産年齢人口(15~64歳)が減少しているため、企業間の採用競争が激化しています。
さらに、終身雇用が崩壊したことで転職が一般化したため、若い世代を中心に人材の流動性が活発化しました。
そのため、人材確保や従業員の離職防止は企業の大きな課題となっています。
こうした厳しい状況の中で安定的に人材を確保するには、高給与や高待遇をアピールするだけでは不十分でしょう。
ウェルビーイングは、単なる待遇のアピールではありません。
従業員やその家族が満たされる状態になるよう、組織を運営していくため、他社との差別化を図れます。
ウェルビーイングに取り組むと、採用力や従業員の定着率向上につながるため、注目されているのです。
価値観の多様化
グローバル化の影響などにより、人種や宗教、性別、ワークスタイルにとらわれずに働く「ダイバーシティ」が加速度的に普及しました。
多様な価値観を有する人たちが各々の能力を存分に発揮してもらうには、アイデンティティや働き方への配慮が欠かせません。
企業が個々の従業員に合わせた柔軟な対応を取ることで、従業員満足度や企業競争力の向上につながるため、ウェルビーイングの重要性が高まりました。
働き方改革の推進
2019年4月から順次施行されている働き方改革は、長時間労働の是正や生産性向上を目的としています。
総労働時間を減らしつつ生産性を向上させるには、ITの活用はもちろん、従業員の幸福度を高めて、パフォーマンスを向上させる必要があります。
つまり、ウェルビーイングへの取り組みが、働き方改革の推進に大きく影響するため、注目度が高まっているのです。
SDGsの影響
SDGs(持続可能な開発目標)とは、2030年までに持続可能で、より良い世界を目指す国際社会共通の目標です。
この目標の中に「すべての人に健康と福祉を」という項目が設けられていることから、ウェルビーイングへの注目がさらに高まりました。
ウェルビーイングに取り組むメリット
では、企業がウェルビーイングに取り組むとどういったメリットを得られるのでしょうか。
心身の健康の維持・増進
ウェルビーイングに取り組むには、従業員が心身ともに満たされる状態になるよう、環境や制度を整える必要があります。
例えば、時短勤務やフレックスタイム、リモートワークの導入、コミュニケーションツールや昇降式のデスク導入などを行っている企業が多いです。
職場環境や人間関係が改善されれば、精神的・身体的にかかる負担を軽減できるため、従業員の心身の健康を守り、促進することができます。
離職率低下・採用力向上
ウェルビーイングを行うには、従業員満足度調査のような、調査・診断による現状把握が欠かせません。
様々な調査によって従業員一人ひとりの状況・状態が分かれば、適切なフォローを行えるため、従業員の心身の健康を維持・増進することが可能です。
心身ともに健やかな従業員が増えれば、必然的に離職率は低下します。
また、ウェルビーイングを重視した組織運営をしている企業は、他社との差別化を図れるため、求職者への訴求力も高まります。
少子高齢化で採用競争が激化している状況下において、ウェルビーイングへの取り組みは、強力なアピールポイントになるでしょう。
生産性の向上
引用:経済産業省「企業の「健康経営」ガイドブック」
ウェルビーイングへの取り組みは、生産性向上にもつながります。
心身ともに健やかな状態にある人と、そうでない人とでは、パフォーマンスに差が出るのは当然のことです。
実際、経済産業省と東京証券取引所が主催する「健康経営銘柄」に選出された企業は、TOPIXとの比較において、株価が優位に推移しています。
もちろん、ウェルビーイングへの取り組みだけで劇的に生産性が向上するわけではありませんが、生産性を向上させる要素の一つであることは間違いないでしょう。
ウェルビーイングへの取り組み
ウェルビーイングに取り組むと様々なメリットを得られることは分かりましたが、具体的にどうしたら良いのでしょうか。
ここでは、ウェルビーイングへの取り組みについてご紹介いたします。
労働環境の改善
労働環境の改善は、ウェルビーイングに欠かせない要素です。
特に、長時間労働の是正や雇用形態・勤務形態の柔軟化、有給休暇取得率の向上は、働き方改革でも求められているため、これらへの取り組みは欠かせません。
前提として、こうした施策を行うには、出勤・退勤時間や残業時間、有給取得・残日数といった、従業員の勤怠状況を正しく把握・管理しておく必要があります。
勤怠管理を紙などのアナログな手法で行っている場合は、勤怠管理システムの導入がウェルビーイングの第一歩となるでしょう。
同時に、業務効率化のためのAIツール導入や、評価基準の見直しなども必要です。
職場環境の改善
1日の中でも多くの時間をオフィスで過ごすため、社内設備やデスクの配置といった、職場環境の改善は重要です。
例えば、
- 作業導線やコミュニケーションを重視したデスク配置
- 休憩・軽く体を動かせる部屋
- 集中やリラックスができる空間
- 禁煙・分煙の徹底
- コミュニケーションツール
などが挙げられます。
様々な部署の従業員が集まるオープンスペースを設ければ、社内コミュニケーションの活性化につながります。
また、外国人を雇用する場合は、多言語表示や祈祷室の設置といった施策も検討する必要があるでしょう。
福利厚生制度の改善
従業員やその家族が満たされた状態になるには、福利厚生制度の改善も重要なポイントです。
社会保険などの「法定福利厚生」はもちろんですが、住宅手当や通勤手当、健康診断といった「法定外福利厚生」にも注力しましょう。
法定外福利厚生は、従業員へのサービスのようなものなので、福利厚生を充実させるとウェルビーイングにつながります。
法定外福利厚生には、
- スポーツクラブ・レジャー施設・療養施設の利用料割引
- 社員食堂の無料・割引利用
- 食事手当
- 育児休暇
- 託児施設の設置
などがあります。
ただし、子どものいない従業員が育児休暇を使わないように、求めるものは人それぞれです。
画一的なものにしてしまうと、一部従業員の不満が高まることもあるため、一人ひとりが必要なサービスを選択できる「カフェテリアプラン」の導入がおすすめです。
また、従業員同士が互いに少額の報酬を送り合う「ピアボーナス」も、ウェルビーイングの推進につながるとして、注目が高まっています。
メンタルヘルス対策や健康維持・増進の取り組み
ウェルビーイングは、設備や制度を用意するだけで実現できるものではありません。
従業員の心身の健康を守るには、まず一人ひとりの健康状態を把握する必要があるため、健康診断やストレスチェックなど実施しましょう。
その上で、
- ヨガやウォーキングといった健康増進活動への参加呼びかけ
- 高ストレス者には産業医のカウンセリングを受けさせる
- メンタルヘルス研修の実施
- 相談窓口の設置
などを行うと、ウェルビーイングの実現につながります。
また、栄養士監修の食事を社員食堂で提供することで、従業員の健康管理を図る企業も多いです。専門家との連携は、ウェルビーイングに大きく役立つでしょう。
ウェルビーイングの企業事例
ここでは、他の企業がどのようにウェルビーイングに取り組んでいるのか、事例をご紹介いたします。
ウェルビーイングに取り組むヒントになるので、ぜひご覧ください。
PwC Japanグループ
ロンドンを本拠地とするPwC(プライスウォーターハウスクーパース)では、
PwCは、従業員一人一人が心身とも健康で、高いモチベーションで仕事に取り組める環境づくりを進めています。
PwC Japanグループ「ウェルビーイング(健康経営)」
と健康経営を表明し、各地でウェルビーイングを実践しています。
取り組み内容
健康維持・増進活動の推進
定期健康診断や予防接種の補助、ウェルビーイングセミナー(運動・食事・睡眠セミナーなど)、マッサージルームの設置などを行っています。
メンタルヘルス対策の推進
年1回のストレスチェックやメンタルヘルス研修、相談窓口(産業医・看護師常駐)、カウンセリングサービス、職場復帰支援プログラムなどを実施しています。
長時間労働対策の推進
リモートワークの推進やコアなしのフレックスタイム、夜間・休日の連絡を制限するコミュニケーションルール、残業時間のモニタリングなどで、長時間労働を防止しています。
味の素グループ
味の素では、以下の健康宣言を表明しています。
味の素グループは、世界の食と健康、そして明日のよりよい生活に最大限貢献できるよう、社員の健康維持・増進を支援します
味の素グループ「健康宣言&外部からの評価・表彰」
健康経営の取り組みが評価され、味の素株式会社は4年連続、味の素冷凍食品株式会社は2年連続で「大規模法人部門(ホワイト500)」の認定を受けています。
また、味の素株式会社は、食料品業種において4年連続で「健康系銘柄」に選定されました。
取り組み内容
健康管理サービス「My Health」
My Healthは、従業員が自分の健康状態を手軽に確認できる従業員専用のウェブサイトです。
健康診断などの結果が時系列で表示されたり、総実労働時間を一目で確認できたりするため、自分の健康状態やパフォーマンスの変化に気づくことができます。
健康アドバイスアプリ「カロママプラス」
食事や運動記録などの日々の健康データを入力することで、状況に応じた健康指導や栄養指導を受けられます。
受動喫煙対策
味の素グループは「吸わない会社」宣言を表明しており、非喫煙者率88%を目標に据えています。
2020年4月には、全事業所で就業時間内の禁煙を開始し、2022年度までには社内敷地内における全面禁煙を目指しています。
この他にも、適正糖質セミナーや特定保健指導、女性の健康指導、メンタルヘルス予防・回復プログラムなども行っています。
楽天グループ
楽天もウェルビーイングに注力している企業の一つで、「楽天健康宣言」を表明しています。
従業員の心身の健康を「ウェルネス」を通じて向上させ、社会と楽天に関わるすべての人をエンパワーするための活動に取り組んでいます。
楽天「従業員の健康・安全とウェルネス」
楽天では、「Body(健康的な体)」「 Mind(健康的な心)」「 Intake(健康的に取り入れるもの)」の要素を組み合わせてウェルビーイングに取り組んでいます。
取り組み内容
健康セミナーの開催
外部専門家を招いた健康に関するセミナーを定期開催しており、健康への関心や理解促進を図っています。
習慣化を促す実践的取り組み
毎週月曜日の「朝会」において、ストレッチの時間を取り入れている他、業務時間前に行う早朝エクササイズ「楽天ウェルネスモーニング(自由参加)」も実施しています。
健康をサポートする設備
栄養バランスの整った食事の無料提供や全オフィスへの電動昇降式デスク導入を行っています。
その他、フィットネスジム・スパの利用、マッサージ鍼灸を受けることも可能です。
大和証券グループ
企業理念に「人材の重視」を掲げる大和証券では、
「社員の幸福」と「会社の生産性向上」を両立すること、そして「社員が長期にわたって元気に活き活きと働き続けられる環境を整備」することを目指して、社員の健康保持・増進に戦略的に取り組んでいます。
大和証券グループ「健康経営」
と表明し、2008年から様々な取り組みを行っています。
その結果、経済産業省と東京証券取引所が共同で選定する「健康経営銘柄」に6年連続で選定、「健康経営優良法人(ホワイト500)」には、4年連続で選定されています。
取り組み内容
KA・RA・DAいきいきプロジェクト~Healthy Lifestyle~
従業員の健康意識向上を目的としたプロジェクトです。
健康増進イベントへの取り組みに応じて参加した従業員にポイントが付与され、貯めたポイントを景品と交換できる仕組みを導入しています。
ハラハチ(腹八分目プログラム)/ウォーキングチャレンジ
ハライチは、「全食事回数の3分の2以上を腹八分目までにする」「減量または体重維持」を達成すると、対象者にポイントが付与されます。
ウォーキングチャレンジは、3ヶ月間1日1万歩を目標にウォーキングに挑戦するものです。
どちらもポイントインセンティブで、累計ポイントが55歳以降の給与に反映される仕組みになっています。
Daiwa ELLE Plan
2018年10月から、女性特有の健康課題を包括的にサポートする「Daiwa ELLE Plan」を導入しています。
更年期の対策支援やエル休暇(月経・更年期の体調不良、不妊治療)、特定不妊治療の費用補助など、幅広くサポートしています。
アシックスグループ
アシックスでは、以下の健康経営宣言を制定し、ウェルビーイングに取り組んでいます。
アシックスは、従業員とその家族の“Well-being(身体的・精神的・社会的に良好である状態)”を目指し、健康促進活動を行なっていきます
アシックス「アシックスの健康経営」
アシックスでは、ウェルビーイングへの積極的な取り組みにより、経済産業省と東京証券取引所が主催する「健康経営銘柄」に2年連続で選定されています。
また、「健康経営優良法人2021~大規模法人部門(ホワイト500)~」にも選定されました。
取り組み内容
ASICS HEALTH CARE CHECK
アシックスが開発した健康増進プログラム「ASICS HEALTH CARE CHECK」実施しています。
従業員の健康度や健康寿命の予測結果をもとに、継続可能な健康増進プランを個別に提供しています。
運動推進セミナー
従業員の運動機会を創出できるよう、プレミアムフライデーやノー残業デーを活用してセミナーを実施しています。
メンタルヘルス研修
ラインケアやセルフケアなどのメンタルヘルス研修を、アシックスグループの全社員に向けて実施しています。
ウェルビーイングを重視した経営で組織力を強化
少子高齢化や価値観の多様化、グローバル化により、人材獲得競争は年々激しさを増しています。
これまでのように、待遇だけをアピールするだけでは、離職防止や人材確保を行うことは困難でしょう。
従業員が満たされた状態で働けるよう、ウェルビーイングを重視した組織運営を行えば、他社と差別化が図れるため、採用力向上や離職率低下を期待できます。
また、生産性向上も期待できるため、結果的には組織力強化につながるでしょう。
企業が生き残るには、ウェルビーイングへの取り組みが欠かせないと言えるため、早めに実施してみてはいかがでしょうか。