従業員から退職の申し出があったとき、企業は退職希望者に対してどのようなサポートができるのでしょうか。
離職を経験した人の中には、退職時のやり取りやサポートへの不満から、企業にネガティブなイメージを抱く人がいます。ネガティブなイメージは企業のブランドイメージに悪影響を与える可能性があるため、企業は「円満退社」を目指すことが重要です。
企業が離職者をサポートする方法に、「オフボーディング」があります。オフボーディングを行うメリットや実施のポイントを知り、従業員の退職経験の向上を目指しましょう。
オフボーディングとは?
「オフボーディング」とは、従業員が離職をする際に企業が実施するサポートのことです。
具体的には、
- 離職時の事務手続き
- 社内ツールからのアカウント削除処理
- 退職理由のヒアリング
- 貸与物の返却手続き(PC、携帯電話など)
を行います。
オフボーディングは、離職者を無理に引き止めるための施策ではありません。企業が離職者を快く送り出し、離職者がわだかまりを持たずに退職するサポートが実施の目的です。
「良好な関係を築き、維持すること」が重要視されるオフボーディングを実施して、円満退社を目指しましょう。
オンボーディングとの違い
オフボーディングとよく似た言葉に「オンボーディング」があります。オンボーディングは、新入社員を対象にした教育制度や育成プログラムを指します。
飛行機や船に乗った状態を意味する「オンボード(on board)」という言葉のとおり、新入社員が会社という大きな船の一員として活躍できる状態を目指して教育するのがオンボーディングです。
オフボーディングとの大きな違いは、施策を実施する対象です。オフボーディングは離職希望者への施策である一方、オンボーディングは新入社員を対象にしています。
オフボーディングが注目される背景
以前は、退職時の事務手続き以外に、企業が退職者のサポートを行うことはほとんどありませんでした。
しかし昨今、退職者の気持ちに寄り添うことを重視したオフボーディングが注目を集めています。その背景にある、2つの社会的変化を紹介します。
SNSの普及で退職者の声が広まりやすくなったから
TwitterやInstagramといったSNSの普及により、個人の発信内容が日本全国へ届きやすくなりました。これは、退職者が企業について発した内容が、企業の評判やイメージを大きく左右する事態につながります。
特に、ネガティブな意見は拡散されやすい傾向にあるので注意しましょう。インターネット上には、退職した企業について抱いていた在籍中の不満や退職時の対応への不満が多く公開されています。
「在籍中はともかく、退職時の対応が本当に重要なのか」と、疑問をお持ちの人事担当者もいらっしゃるかもしれません。
過去に実施されたアンケートでは、退職者の55.%が「退職するまでに不快な思いをした」と回答しています。
引用:アルムナビ「退職者への不誠実な対応は超リスク!社員の良い送り出し方を退職者の声から探る」
さらに「退職するまでに不快な思いをした」と答えた人の56.9%が、会社への好感度が下がったと回答しています。
引用:アルムナビ「退職者への不誠実な対応は超リスク!社員の良い送り出し方を退職者の声から探る」
アンケートの回答結果からわかるように、退職時の対応が会社の最終的な印象を大きく変えてしまいます。退職時の対応を誤るとSNSを通してネガティブな印象が広まり、採用活動がスムーズに進まなくなる可能性があるため、注意して対応する必要があるでしょう。
アルムナイが一般化したから
「アルムナイ」とは、自社で働いていた人を再度雇用することを意味します。本来は「卒業生」という意味の英単語ですが、ビジネスにおいては「元従業員」を指して用いられています。
雇用の流動化が進み、終身雇用制度が当たり前ではなくなった昨今、人材不足を解消する施策としてアルムナイ制度を導入する企業が増えてきました。
企業にとっては、自社の雰囲気や業務フローを把握している人材を雇用するため、採用後のミスマッチが少ないメリットがあります。
企業は、離職した従業員を将来再雇用する可能性を踏まえ、ていねいな対応を心がけることが大切です。従業員が「また戻っても良いかも」と感じられる誠実な対応を徹底すれば、離職後の再雇用につながる可能性が高まるでしょう。
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アルムナイについて詳しく知りたい方は「アルムナイ制度とは?退職者も貴重な人材に!」もご覧ください。
オフボーディングを行うメリット
事務手続き以外でも離職者のサポートを行うオフボーディングを実施すると、必要な人的コストや時間的コストは増えるかもしれません。
しかし、オフボーディングを行うことで
- 離職率の改善
- 突然の退職を防げる
- ブランディングにつながる
- ロイヤリティが向上する
といったメリットを得られるため、コスト以上の成果が期待できます。
オフボーディングを行うと得られる4つのメリットを解説します。
離職率の改善
離職希望者の「なぜ退職したいのか」という本音を知ることは、離職率の改善に役立ちます。
退職を検討する理由は人それぞれですが、中には社内のハラスメントやいじめ、不正が原因で退職するケースもあります。退職理由を知ることが、社内の問題解決につながるかもしれません。
その他の退職理由としては、
- 福利厚生が充実していない
- 正当な評価がされていない
- 希望する仕事ができていない
- キャリアビジョンが明確ではない
が挙げられます。
個人の退職理由をきっかけに、人事評価制度の見直しや従業員との個人面談の導入といった改善策を打ち立てるとよいでしょう。これを継続することで、従業員の働きやすさが増し、定着率向上が期待できます。
突然の退職を防げる
「ある日突然、会社に来なくなった」「引き継ぎ期間を取れないまま退職してしまった」といった経験が、苦い思い出になっている人がいるかもしれません。
従業員が突然退職すると、引き継ぎのための従業員への負担が急に増え、業務がスムーズに進まなくなる場合があります。
オフボーディングにより退職希望者に誠意を持って接していると、急な退職をする前に「辞めたいと思っている」と相談をしてもらいやすくなるでしょう。
退職することは悪いことではありません。一人ひとりの考え方を尊重してヒアリングすれば、待遇の改善などで退職を引き止められる可能性もあります。
ブランディングにつながる
退職者にとって、退職時のやり取りがその会社との最後の記憶になります。そのため、気持ちの良い退職体験をすると、会社への感謝の気持ちが増し、ポジティブな意見を発信してくれるようになります。
昨今は口コミサイトやSNSで企業イメージが変動しやすいため、退職者のポジティブな意見が拡散されることが会社のブランディングにつながるのです。
反対に、退職体験が悪いものになるとネガティブな意見が広まり、ブランド力が低下するおそれがあるので注意しましょう。
ロイヤリティが向上する
ビジネスにおける「ロイヤリティ」は、企業への「忠誠心」や「帰属意識」を意味します。
オフボーディングを実施すると、退職を希望した理由から社内の問題点や改善点を明らかにできるでしょう。一人が感じている課題は、多くの人が同じように感じている場合が多いものです。そのため、退職理由で明らかになった問題を解決すると、残った従業員の働きやすさ向上が期待できるでしょう。
働きやすい環境を提供する企業に対して従業員は、
- この会社のために働きたい
- この会社に入って良かった
といった貢献意欲や愛着心を持つようになります。
その結果、忠誠心が高まり従業員のモチベーションアップが期待できるのです。
オフボーディングのプロセス
オフボーディングは退職前から退職後まで、大きく3つのプロセスに分けられます。それぞれのプロセスに必要な実施項目を把握し、退職するまでのサポートをスムーズに勧めましょう。
3つのプロセスを詳しく解説します。
退職前
従業員から「退職したい」と申し出があったら、事務手続きや面談を実施しましょう。
ここで実施すべき事務手続きの例は、
- 退職願の受領
- 有給休暇の確認
- 最終出社希望日の確認
- 税金、雇用保険、健康保険等に関わる各種事務手続き
- 秘密保持契約書の準備
- 要望に応じて推薦状や紹介状の作成
- 引継ぎ文書の作成依頼
- 使用端末のアカウント削除
などがあります。
事務手続きの他、退職理由をヒアリングする面談の機会を設けるとよいでしょう。オフボーディングにおいては、退職者が企業への不満を抱かないようなていねいな対応が求められます。
面談の際は、
- 退職者のストレスになるような強引な引き留めをしない
- 「必要とされていなかった」と思わせないよう、成果を認めて引き留める
- 「せっかく教育したのに」とかけたコストの話をしない
- 冷たい印象を与える事務的な態度を取らない
といった点に注意しましょう。
退職日
退職する人にとって、最終出社日は特に緊張する日になるはずです。企業の最後の印象を決定づける日にもなるため、接し方には細心の注意をはらい、快く送り出す雰囲気づくりに注力しましょう。
具体的には、
- 当日または前日までに退職面談を実施
- 名刺や貸与品の回収
- 社内システムへのアクセス権限削除
- 送別会や花束贈呈の実施
を行うケースが多くあります。
退職後に再度出社してもらう必要がないように、事務的な手続きを終えておくことと、退職者の気持ちに寄り添って送り出すことが大切です。
退職後
退職後に会社が行うサポートには、
- 社内イベントの開催やアルムナイ制度の案内
- 源泉徴収票、離職票といった各種書類の発送
- 退職面接のフィードバック報告
があります。
退職者の許可を得て、アルムナイ制度や社内イベントの案内を届けると、退職者との良好な関係を維持したまま再雇用できる可能性が高まります。
このタイミングで、面接の内容からわかる自社の課題点や問題点の洗い出しを行っておきましょう。企業の働きやすさの向上のため、必要に応じて改善策を講じることが重要です。
オフボーディング実施時のポイント
せっかくオフボーディングを実施するなら、そのメリットを最大限に引き出したいものです。
効果的にオフボーディングを実施するためには、以下の3つのポイントを押さえるとよいでしょう。
転職の成功を最大限サポートする
退職者の多くは転職活動をする必要があるため、企業は退職者の転職活動が成功するよう、できる範囲でサポートをしましょう。
転職活動をサポートするといっても、業務に支障の出るほどの支援や、他の従業員との扱いを変える必要はありません。
具体的なサポート内容としては、
- 転職活動のための有給休暇取得を許可する
- 転職先への紹介状などの書類作成は快く引き受ける
といったことが挙げられます。
自社へのフィードバックをもらう
退職者を快く送り出すことを重視するオフボーディングは、うまく活用すると企業の離職率低下を実現できます。なぜなら、退職理由には企業の課題や問題点が隠れているケースがあるからです。
退職者からすると、辞める会社への不満をわざわざ伝える必要はありません。そのため企業は、退職者の本音を引き出すような問いかけや真摯な態度を心がけて接する必要があります。
しっかりと退職者本人の気持ちを聞かずに「もう少し頑張ろう」と声をかけるのではなく、「何を改善すればもう少し頑張れそうか」を明らかにする意識が大切です。
そのためには、退職者が安心して本音を吐露できるような環境づくりに努めるとよいでしょう。
例えば、
- 話の内容共有は人事部内だけに留める
- 退職者が話しやすい上司や人事担当者がヒアリングする
- 社内改善のため意見は匿名で活用する
といったことを伝え、退職者の心理的安全を確保すると効果的です。
その上で、
- 退職を考えたきっかけ
- 会社への不満点
- 会社の良かった点
- 社内制度への意見
など、今後の会社運営の参考になる意見を聞き出しましょう。
退職希望者の意思を尊重する
優秀な人材ほどより好条件な企業へ転職しやすいので、退職の申し出を受けるとどうしても引き留めたくなるかもしれません。
しかし、安易で強引な引き留めは会社の印象を悪くするおそれがあるので注意しましょう。
オフボーディングで重視されるのは、気持ちの良い退職経験を実現することです。退職者の意思を尊重して、まずは本人の意見を聞くようにしましょう。その上で、改善できるところがあれば改善策を提示した上で引き留めを試みたり、快く送り出したりすると、わだかまりが生まれません。
オフボーディングを活用して離職防止や職場改善につなげよう
オフボーディングを活用すると、企業は退職者の本音を聞く機会を得られます。退職理由や会社への不満をていねいにヒアリングして、その後の離職防止や職場の環境改善のために活用していきましょう。
従業員の退職は会社にとって悪いことではありません。お互いに良好な関係を維持することを意識して、ていねいな対応を心がけることが重要です。