新入社員の教育方法は企業によってさまざまあり、その中には「エルダー制度」も含まれます。
エルダー制度はOJT教育の一つですが、具体的な内容を理解している人は少ないでしょう。
この記事では、エルダー制度の概要やメリット・デメリット、導入時の手順やポイントなどについて解説します。
1. エルダー制度とは
エルダー制度とは、実務を通して指導する「OJT制度」の一種です。
同じ部署に所属する先輩社員が「エルダー」として新人につき、1対1で業務上の指導やメンタルケアを行います。
新入社員とエルダーが日々の業務を一緒に進めることで、実践的なスキルや知識を迅速に獲得させることが主な目的です。
また、新入社員一人ひとりのニーズや課題に、柔軟に対応できる点もメリットといえるでしょう。
業務や目標達成に対するアドバイスやフィードバックをもらうことで、新入社員はより効果的にスキルを習得し、早期活躍を期待できます。
1-1. エルダー制度とメンター制度の違い
エルダー制度とメンター制度は、いずれも1対1で新入社員をサポートする制度ですが、
目的が異なります。
エルダー制度の目的が、主にスキル向上や技術面での成長促進であるのに対して、メンター制度はメンタルケアやキャリア形成のサポートが主な目的です。
そのため、エルダー制度では同じ部署の先輩社員が教育係となり、業務上の指導を行わないメンター制度では、異なる部署の先輩社員がエルダーに選ばれます。
また、エルダー制度による教育は、新入社員の初期段階に短期間で行われることが多いです。
反対に、メンター制度は初期教育に限らず、長期的に行われることが多いです。
1-2.エルダー制度はなぜ重要?
近年、「エルダー制度」を取り入れる企業が増えています。
エルダー制度が重要視されている要因として挙げられるのが、若手社員の早期離職の増加です。
厚生労働省のデータによると、新卒者(令和2年3月卒業)の3年以内の離職率は、大卒者で 32.3% 、短大等では42.6%に上ります。
若手社員の早期離職は、採用や教育にかかったコストが無駄になるだけでなく、組織の継続的な成長も阻害するため、大きな損失につながります。
さらに、有効求人倍率も上昇傾向にあり、中小企業は人材確保に苦戦しているのが現状です。
人材不足が続く状況下において、人材をいかに企業に定着させるかが重要と言えます。
エルダー制度は、新入社員に個別の指導やサポートを提供し、早期離職を防ぐ効果が期待できます。
一人ひとりに合わせた的確な助言や指導を行い、業務の困りごとや悩みをその都度解決することで、新入社員がモヤモヤとした感情を抱えたまま、業務を進めることが少なくなるでしょう。
その結果、新入社員は職場に早く馴染んで集中して仕事に取り組めるようになるため、離職防止につながります。
参考|厚生労働省「新規学卒就職者の離職状況(令和2年3月卒業者)を公表します」
2. エルダー制度のメリット
エルダー制度を導入することにより、企業や新入社員にとってさまざまなメリットがうまれます。
この章では、エルダー制度のメリットを4つ紹介します。
2-1. 早期離職を防ぐ
企業に入社したばかりの新入社員にとって、業務内容や進め方が分からなかったり、会社での人間関係に不安を抱えていたりというのはよくあることです。
業務を進めていく上で、
- 分からないことがあったらすぐに質問ができる
- 先輩とともに作業を進められる
- 悩みがあったら、気軽に相談できる
といった職場環境が整えられていると、新入社員にとって安心でしょう。
エルダー制度では、同じ部署の先輩社員にマンツーマンで教育を受けられるため、信頼関係を築きやすいです。
新入社員は安心して業務に取り組めるようになるため、エンゲージメントが高まり、定着率も向上します。
2-2. 新入社員の早期適応を促す
気軽にコミュニケーションがとれるエルダー社員が存在することで、新入社員は迅速に職場に適応できます。
簡単に質問できる環境が整うため、新入社員は業務を素早く理解し、順調に成長していくことが可能です。
さらに、メンタル面でのサポートを受けられるので、仕事に関する悩みや不安が軽減され、安心して業務に取り組めます。
エルダー社員の助けにより、他のチームメンバーとも早く打ち解けられるため、職場全体の雰囲気も良くなるでしょう。
2-3. エルダーのマネジメント能力が向上する
エルダー社員は新入社員のフォローを通じて、管理スキルや指導力、育成スキルが磨かれます。
例えば、新入社員に業務を教える場合、自分がしっかりと業務の流れや注意点を把握しておく必要があるでしょう。さらに、それを分かりやすく伝えるのにも技術が必要です。
エルダーには、将来の管理職候補として期待される人材が選ばれる傾向があります。
新入社員への教育や指導は、将来的な管理職での活躍にもつながるためです。
2-4. 従業員エンゲージメントの向上につながる
エルダー制度の導入により、新入社員のエンゲージメント向上も期待できます。
新入社員が安心して業務に取り組める環境を作り上げることで、仕事へのモチベーションや企業への信頼感が高まるでしょう。
新入社員のエンゲージメントの向上は、離職リスクの低減につながるだけでなく、生産性の向上も期待できます。
3. エルダー制度のデメリットと対処法
メリットの多いエルダー制度ですが、反対にデメリットもあります。
この章ではエルダー制度のデメリットを紹介します。
3-1. エルダーの負担が増える
エルダー制度では、エルダー社員に負担がかかります。
なぜなら、エルダー社員は新入社員のサポートや指導を行う一方で、自身の通常業務も同時にこなさなければならないからです。
エルダーに過度な負担がかかると、離職リスクが高まる可能性があります。
エルダー役の負担を軽減するためには、1人の新人に対して2人のエルダーを配置するといった方法も検討すると良いでしょう。
3-2. エルダーと新人の相性によっては逆効果になる
エルダーと新入社員の性格が合わない場合、双方に悪影響を及ぼす可能性があります。
マンツーマンの関係であるため、相性が悪いと、お互いがストレスを溜め、業務や職場の雰囲気にも悪影響を与える可能性があります。
最悪の場合、離職につながることもあり得るでしょう。
エルダーの選出は注意深く行い、もし相性に問題があると判断した場合や、社員から申告があった場合は速やかに変更するのがおすすめです。
3-3. エルダーによって新人の成長度合いに差が出る
エルダー制度による教育は、エルダーの性格や資質によって、差が生じることもあります。
- 仕事はできるけれど教えるのが苦手なエルダー
- 細かな部分まで指摘するのが得意なエルダー
- コミュニケーションをとるのが上手く、新入社員の資質を引き出せるエルダー
このようなエルダー社員個々の特性により、指導やフォローの内容が異なってくるため、同期の新入社員でも業務への理解や知識取得に大きな差が生まれることがあります。
したがって、サポートをエルダー社員のみに一任せず、全ての社員が当事者意識を持つことが重要です。新入社員の育成に全員で取り組みましょう。
3-4. 新人がエルダーに依存する可能性がある
マンツーマンでの教育を受けているうちに、新入社員がエルダー社員へ依存してしまうことがあります。
例えば、少しでも分からないことがあった場合、自分で調べる前に先輩に聞くことが習慣になり、先輩が不在の際に業務を進められなくなる可能性もあります。
依存を予防するためには、エルダー社員への教育も重要です。具体的には、「新入社員に必要以上に介入しない」「程よい距離感を保つ」といったサポートのスタンスを伝え、自立を促すよう努めましょう。
4. エルダー制度の導入手順
エルダー制度を導入する場合、以下のような手順に沿って、運用をしていくのが良いでしょう。
4-1. 制度導入を社内にアナウンスする
エルダー制度を導入することが決まったら、まずは社内周知を行いましょう。
事務的な連絡だけでなく、制度の概要、趣旨、期待される効果を明確にして、社員全員に周知することが重要です。
事前に明確な周知をすることで、エルダー制度の重要性を社員に理解してもらえます。
スムーズな制度の導入と、導入後の効果的な運用を促すためにも、必ず社内にアナウンスしましょう。
4-2. エルダーを選定する
エルダー制度の導入においては、エルダー(先輩社員)と新入社員との相性が非常に重要です。
採用面接時の情報を中心に、新入社員の性格や人物像を把握し、エルダー候補の先輩社員との相性を検討します。
また、導入時のみならず、運用中も両者の信頼関係が十分に維持されているかどうかを定期的にチェックしましょう。
また、エルダー社員の選定において、重要視したいのは以下のポイントです。
- 業務全体の流れや、新入社員の仕事内容をしっかり把握できているか
- 組織としての方針を理解し、共感しているか
- 技術的な指導だけでなく、精神面での成長を促すコミュニケーションができるか
- 相談しやすく、親近感をもてるか
- 伝える力と聞く力のバランスが取れているか
これらのポイントを踏まえた上で、社内で最適な人材を検討していきましょう。
4-3. 運用スタート
エルダー制度の運用を開始するにあたって、エルダーが新入社員を円滑に指導できる環境を整える必要があります。
物理的な環境としては、エルダーと新入社員を近くの座席に配置し、ミーティングの実施や指導方法を事前に明確に定めるべきです。
また、エルダーに全てを任せるのではなく、会社全体で運用状況を把握し、問題が発生した場合には周囲がサポートできる体制を整えましょう。
4-4. 振り返りと改善を行う
制度の運用を開始したら、定期的にその効果や課題について、対象者との面談やアンケートを通じて評価することが重要です。
会社として現在の状況やエルダーと新入社員の信頼関係に課題があれば把握し、次回の運用に向けた改善につなげましょう。
また、エルダーと新入社員の相性が悪い場合は、エルダーの変更も視野に入れる必要があります。
5. エルダー制度導入のポイント
エルダー制度を導入する際には、以下のポイントに注意すると良いでしょう。
5-1. エルダーへの教育を実施する
エルダーの指導スキルの向上や、サポートの均一化を実現するためには、エルダー社員への教育が不可欠です。
運用前には、必ずエルダーに選出された社員を集めてマネジメントやコーチングといった研修を実施しましょう。
同時に、エルダー社員同士の情報共有や、エルダー社員が上司へ相談を気軽にできる環境を整えましょう。
新入社員だけでなく、エルダー社員の負担や不安を軽減することで、エルダー制度をより効果的に運用できます。
5-2. 職場全体でサポートする
エルダー制度は、エルダーと新入社員のみではなく、職場全体でサポートすることが重要です。
「職場全体で新入社員を育成する」という意識を浸透させるには、周囲の社員もサポートできる体制を整備しましょう。
他の社員に気軽に質問できる環境を整えることで、新入社員は安心感を得られますし、エルダー社員は負担が軽減されます。
また、エルダー社員によるサポートの差を埋めることが期待でき、部署内のコミュニケーションも促進されます。
5-3. 適切な人材をエルダーに選ぶ
エルダーになる社員を選ぶ際は、適切な人材を選ぶようにしましょう。
人材の育成やサポート経験は、将来的にリーダーや管理職に就く上で不可欠なスキルです。
エルダー制度は、エルダー社員にとって負担になることも多いですが、自身のスキルアップに大きく寄与する制度です。
適切な人材に対して、事前にしっかりと説明をすることで、キャリアアップへのモチベーションも高まるでしょう。
5-4. 定期的な評価とフィードバック
エルダー制度の運用中は、エルダー社員に対する定期的な評価とフィードバックを行います。
新入社員だけでなく、エルダー社員も不安を抱えることがあるため、定期的なヒアリングを通して、不安の解消を図りましょう。
6. エルダー制度の導入事例
エルダー制度をうまく導入した企業の事例を紹介します。
6-1. 大和ハウス工業
大和ハウス工業は、新入社員の教育・育成において「OJTエルダー制度」を採用しています。
この制度では、適切な人格、知識、経験を備えたエルダー社員が選ばれます。初めてエルダーに選ばれた社員には「OJTエルダー研修」が行われ、エルダーとしてのスキルを学ぶ機会が用意されています。
同時に、エルダー社員とは別に、新入社員と近い年齢の先輩社員を「OJTアシスタント」として任命しているのも特徴です。「OJTアシスタント」の導入により、組織全体での育成体制を強化しています。
この取り組みにより、「OJTに関する新入社員の満足度」85.4%という高い成果を達成しています。
6-2. 社会福祉法人壽光会『特別養護老人ホーム 湖水苑』
特別養護老人ホーム 湖水苑では、平成28年度よりエルダー制度を導入しました。7月と3月の年2回、会社負担でエルダーと新入社員の食事会を企画し、社員間のコミュニケーションを促進しています。
エルダー制度を導入した結果、平成28年度〜平成30年度の離職者は0人、社内における就職後3年の定着率は93.8%と高い水準を維持しています。
6-3. アサヒビール
アサヒビールでは、「ブラザーシスター制度」を導入しています。
この制度は、新入社員に「ブラザー」または「シスター」と呼ばれる先輩社員がつき、入社後4か月間、先輩社員から直接指導を受けるというものです。
ブラザーシスターは公募によって選ばれ、入社3年目から8年目までの若手社員が担当します。
ブラザー・シスターは業務に関することだけでなく、社会人としてのマナーやメンタルケアまで包括的なサポートを行っています。また4か月のサポート期間終了後も、ブラザーシスターと新入社員の関係は継続します。
制度の導入により、新入社員とブラザーシスターとなる若手社員、両者の成長が促進されました。
7.エルダー制度を上手に活用しよう
エルダー制度は、社内の教育体制を整えるのに非常に有効な制度です。
新入社員の不安や困りごとをエルダー社員がフォローし、組織体制を強化することで、早期離職の防止や生産性の向上が期待できます。また、新入社員はもちろん、エルダー社員にとっても教育スキルやマネジメントを学ぶチャンスです。
エルダー制度を導入する際には、エルダー社員を会社全体でサポートすることの重要性を念頭に置く必要があります。新入社員・エルダー社員の双方にとって働きやすい環境を整備することで、より効率的な運用が可能となります。