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長野県の特色まとめ

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地理

県庁所在地 長野市(令制国名の信濃国に因み「信州」)
地域区分 北信地方 長野市(県庁所在地)、須坂市、千曲市、上高井郡小布施町、上高井郡高山村
上水内郡飯綱町、上水内郡信濃町、上水内郡小川村、埴科郡坂城町
飯山市、中野市、下高井郡山ノ内町、下高井郡木島平村、下高井郡野沢温泉村、下水内郡栄村
東信地方 上田市、東御市、小県郡(長和町・青木村)、佐久市、小諸市、北佐久郡(軽井沢町・立科町・御代田町)
南佐久郡(佐久穂町・小海町・川上村・南牧村・南相木村・北相木村)
中信地方 松本市、塩尻市、安曇野市、東筑摩郡(波田町・筑北村・麻績村・生坂村・山形村・朝日村)
木曽郡(上松町・木曽町・南木曽町・王滝村・大桑村・木祖村)
大町市、北安曇郡(池田町・松川村・白馬村・小谷村)
南信地方 飯田市、下伊那郡(阿南町・高森町・松川町・阿智村・売木村・大鹿村・下條村・清内路村・喬木村・
天龍村・豊丘村・根羽村・平谷村・泰阜村)
伊那市、駒ヶ根市、上伊那郡(飯島町・辰野町・箕輪町・中川村・南箕輪村・宮田村)
諏訪市、岡谷市、茅野市、諏訪郡(下諏訪町・富士見町・原村)
人口 2,108,441人(全国16位)
特長
  1. 海に面していない内陸県
  2. 大規模な山岳地があるため可住地面積率は小さい
  3. 1998年、第18回冬季オリンピックの開催地となった
  4. 男女とも都道府県別平均寿命で1位(2013年公表)
  5. 日本で最も多くの都道府県と隣接する県
  6. 軽井沢は夏も涼しい気候のため避暑地、別荘地となっている
  7. 果物、野菜の産地(レタス、セルリー、はくさい、アスパラガス、カーネーションなど生産量全国1位)

観光

観光地 北信地方 善光寺長野市
無宗派の単立寺院で、住職は「大勧進貫主」と「大本願上人」の両名が務める。日本最古と伝わる一光三尊阿弥陀如来を本尊とし、善光寺聖の勧進や出開帳などによって、江戸時代末には、「一生に一度は善光寺詣り」と言われるようになった。
本尊の一光三尊阿弥陀如来様は、インドから朝鮮半島百済国へとお渡りになり、欽明天皇十三年(552年)、仏教伝来の折りに百済から日本へ伝えられた日本最古の仏像といわれている。
鎌倉時代になると、源頼朝や北条一族は厚く善光寺を信仰し、諸堂の造営や田地の寄進を行いました。
善光寺信仰が広まるにつれ、全国各地には新善光寺が建立され、御本尊の模刻像が多く造られた。
今日では年間約600万人もの方々がこの地を訪れます。
南信地方 千畳敷カール駒ヶ根市・宮田村
東洋のスイスとも言われる千畳敷カール。車とロープウェイで、標高2500メートルの世界を味わうことができる。
カールとは氷河期に氷によって削り取られた椀型の地形を指します。
中信地方 槍ヶ岳松本市・大町市・岐阜県高山市
日本のマッターホルン・槍ヶ岳。
日本アルプス飛騨山脈の南部に位置する槍ヶ岳。標高は3180メートルで日本で5番目の高さ。

松本城(国宝松本市
明治の大改修を経て、昭和11年には国宝に指定。400年を越える歴史がある。
松本城と呼ばれる以前は深志城(ふかしじょう)といった。市民からは別名烏城(からすじょう)とも呼ばれている。
戦国時代の永正年間(1504-1520年)に、信濃守護家小笠原氏(府中小笠原氏)が林城を築城し、その支城の一つとして深志城が築城されたのが始まりといわれている。

現在天守の建物を残す城は12しかない、うち五重の天守は松本城と姫路城だけ。
五重天守の実物をみることができるのはこの2城だけと待っている。

上高地松本市
言わずと知れた、日本を代表する山岳観光地帯。
長野県西部の飛騨山脈南部の梓川上流の景勝地。国の文化財(特別名勝・特別天然記念物)に指定されている。
標高約1,500m。全域が松本市に属する。
英国人宣教師・ウエストンが見いだした国際的山岳リゾート、上高地。穂高連峰の裾野、清流梓川の岸辺を歩けば、次々に展開する美しい風景に感動しきりだ。
神が下りたつ地とされ、観光客は年間約150万人を数えるえ、普段登山をしない人でも十分自然を満喫できる。
山脈の風景だけでなく、植物や流れる川、橋や沢など何度行っても見尽くすことはできないほどの景色の数々ある。
東信地方

軽井沢北佐久郡
軽井沢周辺の標高は1000メートル前後であり、年平均気温は7.8℃で、札幌の平均気温(8.5℃)よりも低い。
そのため避暑地として知られている。
ジョン・レノンが、ビートルズ解散後の1970年代中期から、亡くなる1980年まで、毎年のように夏に家族連れで長期間滞在していたことや、避暑地の中にある「軽井沢会テニスコート」が、1958年に皇太子明仁親王(当時)と正田美智子の出会いの場所になったことなども、広く知られている。
また、ビル・ゲイツが軽井沢に別荘を建てることを予定している

<人気の観光スポット>
軽井沢プリンスショッピングプラザ – 2014年オープンしたアウトレット
白糸の滝 – 軽井沢の大人気観光スポット
旧軽井沢銀座 – 通称・旧軽銀座。さまざまなお店が建ち並び、美味しそうなお店多数
ハルニレテラス – 「星のや」を運営する星野リゾートが作ったモダンでシックなショッピングモール

中信地方 【スキー場】
野沢温泉スキー場:野沢温泉村
白馬八方尾根スキー場:白馬村
【温泉】
白骨温泉:松本市
鎌倉時代に湧出したという、数百年の歴史を持つ名湯。山間にひっそりと佇む秘湯は古くから文人墨客に愛されてきた。
「白骨」の呼び名も中里介山の小説「大菩薩峠」に登場したのが発端。
北信地方 地獄谷野猿公苑:下高井郡山ノ内町
一度はテレビや写真で見たことがある人も多い地獄谷野猿公苑では、なんとお猿さんが人間と同じように温泉に入っている。
その姿はかわいい以外何も出てこないほど。
  1. 諏訪湖:岡谷市
  2. 諏訪大社
    全国に約25,000社ある諏訪神社の総本社である。パワースポットとしても人気。
  3. 戸隠神社:長野市
    パワースポットとして全国的に人気のある
    奥社参道の樹齢300年を越える巨大な杉並木は戸隠神社のシンボルとなっている。

特産品

食品 商品 果物(りんご、ぶどう、西洋梨、桃
野菜(レタス、セルリー、はくさい、アスパラガス、加工トマト 生産量全国一
花き(カーネーション、トルコギキョウ、アルストロメリア 生産量全国一
親田辛味大根
松茸
日本三大わさびと言われる安曇野わさびの畑
料理 おたぐり – 馬のモツを味噌で煮込んだ郷土料理がある
信州蕎麦 – 蕎麦の産
おやき – 小麦粉の皮に長野特産の野沢菜などの野菜や小豆などの餡を包んで焼いたり蒸したりしたもの
ローメン – 炒め麺にマトン・キャベツ・ニンニクを入れた伊那地区の代表的な麺類
ザザムシ – カワゲラの幼虫の佃煮。珍味です
工芸品 工芸品
  1. 木曽漆器 – 国指定伝統的工芸品。木曽漆器工業協同組合
  2. 信州紬 – 国指定伝統的工芸品。
  3. 信州打刃物 – 国指定伝統的工芸品。
  4. 南木曽ろくろ細工 – 国指定伝統的工芸品。
  5. 内山紙 – 国指定伝統的工芸品。
  6. 松本家具 – 国指定伝統的工芸品。松本民芸家具。
  7. 飯山仏壇 – 国指定伝統的工芸品。飯山仏壇事業協同組合。
  8. 龍渓硯 – 石齢二億年と言われる黒雲母粘板岩で作られる硯(上伊那郡辰野町)。
  9. 松本手まり – 松本市の民芸品。
  10. 天蚕糸 – 天然蚕の美しい緑色の絹糸。

性格

県民性 全体 理屈っぽく、議論好きで頑固な長野県人。「教育県」としても知られ、「勉強して出世しなければ生活できない」と、教育されて育ってきたことも、議論好きの背景にある。しかし、議論は好きでも実行できない理想派も多く、「コタツ文化」としばしば揶揄されることも。曲がったことが大嫌いで、冗談も通じない堅物が多いので付き合い方には注意。
南信にはおおらかな考え方の人も多い。文化や方言にも隔たりがあるので、都市名の「長野」より、「信州」と呼んであげたほうがいい。
男性 真面目を通り越して、冗談も通じない堅物。頑固で融通が利かないから、つきあいにくい。理屈っぽく議論好きで、何事にも裏付けを求める合理的人間。規則正しい生活をしているから長寿全国一。ギャンブルはほんのたしなむ程度。オチャラケタた人は決して生きていけない県です。北に行くほど内向的、県南の飯田あたりは情緒的。
女性 目立たないが、真面目でしっかりとした考え方をもつ現実主義者。生真面目一本やりの長野男性に比べて柔軟性も持ち合わせています。自分を押さえているわりに、うまくストレスを溜めないから長生き!一見愛想は良くないのですが、その落ち着きはとっても魅力的。

歴史(人物)

歴史上有名人

真田幸村(真田 信繁):信濃国小県郡
安土桃山・江戸初期の武将。名は信繁。幸村と称するが確かな史料はない。
信州上田城主真田昌幸の次男。母は右大臣菊亭(今出川)晴季の娘。
天正13(1585)年に上杉景勝の人質となる。同15年には父が豊臣秀吉に臣従したのに伴い大坂城へ出仕。
秀吉配下の武将大谷吉継の娘を妻として、豊臣家との縁を深めた。
慶長5(1600)年の関ケ原の戦では父と共に石田三成方について上田城で籠城し、中山道を進む徳川秀忠軍を挑発してその西上を阻止した。
敗戦後、父と共に高野山麓の九度山に流されたが、同19年の大坂冬の陣に際しては、大坂方の招きに応じて入城し、大坂城外堀の天王寺口に出城「真田丸」を築き、徳川方の攻撃を退けた。
翌年の夏の陣でも勇戦して家康の本陣を脅したが、5月7日の天王寺方面の戦闘で松平忠直の軍勢と激戦のすえ戦死した。

後世に江戸幕府・諸大名家の各史料にその勇将振りが記録され、それらを基に軍記物や講談や小説などが創作されて、真田十勇士を従えて宿敵・徳川家康に果敢に挑む英雄的武将として語られるようになり、庶民にも広く知られる存在となった。

【真田十勇士】
あくまで伝承上の架空の人物といえるが、猿飛佐助、霧隠才蔵、三好清海入道、三好伊三入道、穴山小介(穴山小助)、由利鎌之介(鎌之助)、筧十蔵、海野六郎、根津甚八、望月六郎の10人となっているが作品によって構成は異なる。物語の題材として使われることが多い。

木曾 義仲(源義仲)
平安時代末期の信濃源氏の武将。

源為義の子義賢の次男。母は遊女と伝えられる。幼名駒王丸。木曾冠者と号す。久寿2(1155)年8月、為義とその嫡男義朝の不和が昂じ、父の意を体して上野・北武蔵に威勢を張っていた義賢は、鎌倉を本拠とする義平(義朝の長男)に武蔵国大倉館(埼玉県嵐山町)で討たれた。
義仲は乳母の夫である中原兼遠のもとにかくまわれ、信濃国木曾で成長した。治承4(1180)年9月、頼朝(義朝の3男で嫡子)にやや遅れて挙兵した義仲は、平氏方の小笠原頼直を越後に追って信濃を手中に収め、父の故地上野に進出したが、頼朝の勢力との衝突を避け、年内に信濃へ戻った。
翌年には、横田河原(長野市)で越後の城氏の大軍を、越前水津(敦賀市杉津)で平氏の追討軍を破り、北陸道をほぼ制圧した。寿永2(1183)年、嫡子義高の身柄を鎌倉に託して頼朝と講和した義仲は、平維盛率いる大軍を加賀・越中国境の倶利加羅峠、次いで越前篠原(加賀市)に撃破した。
ここで踏みとどまっていれば、関東における頼朝のごとく、北陸道政権への道が開けたかもしれないが、結局義仲は、都から越中にかけて形成されていた反平氏の寺社・武士連合勢力に吸引されるようなかたちで、7月に入京した。義仲は、従五位下左馬頭兼越後守、次いで伊予守に任じられ、平氏追討の院宣を受けた。こうして一時は、西海に走った平氏、東海道諸国を押さえた頼朝と並んで「天下三分の形勢」を示したが、兵粮米の徴収問題、安徳天皇のあとの皇位に義仲が擁する北陸宮(以仁王の遺児)を強く推薦したこと、「寿永二年十月宣旨」の適用範囲などをめぐって、とかく頼朝との接近をはかる後白河法皇と対立を深め、ついに同年11月、クーデタを断行、法皇を幽閉し翌元暦1(1184)年1月には、みずから征夷大将軍に任じた。しかし頼朝の命を受けて西上した源義経・範頼軍との決戦に敗れ、逃走の途中、近江国粟津(大津市)で戦死した。世に義仲を旭将軍と称し、その供養墓は大津市馬場の義仲寺にある。

歴史

歴史 古代 前方後円墳の波及などからみて、5世紀後半から6世紀、この地にいくつかの小国家が形成され、畿内(きない)政権に服していく。
原初の信濃国は千曲(ちくま)川流域に成立し、他田(おさだ)氏、金刺(かなさし)氏が信濃国造(くにのみやつこ)になった。
これが大伴氏、神(みわ)(諏訪)氏、安曇氏など他氏の政治圏を統合して信濃国ができあがったのは、ほぼ7世紀中葉。
信濃国は当初、大和(やまと)政権の対蝦夷(えぞ)前線基地で、その幹線経路の東山道(とうさんどう)は美濃(みの)国から信濃坂(神坂(みさか)峠)を越え伊那谷を北上、原初は諏訪盆地から天坂(あまざか)(雨境(あまざかい)峠)越えで佐久へ出、碓氷(うすい)坂(入山峠)越えで上野(こうずけ)国府へ通じたが、律令(りつりょう)制完成期には伊那谷から松本平へ出、保福寺峠から小県・佐久を経て碓氷峠に至った。松本平から分岐して越後(えちご)国府へ通じる支路も開かれた。
信濃国府は初め小県郡の現上田市域に置かれ、平安初期に筑摩郡の現松本市域に移る。国分寺は上田市域にあった。
信濃国は全国屈指の牧場地帯で良馬を産し、信濃布(麻)やサケの製品、梓弓(あずさゆみ)なども貢納物として著名。
社寺では、一時諏訪国を分立させたほどの勢力をもつ諏訪上下社や、善光寺、修験(しゅげん)道場戸隠(とがくし)山が知られた。
中世 信濃国の荘園(しょうえん)は院政期に急増し、牧もあわせて100荘を上回るが、府中松本や善光寺の近辺など要地には国衙(こくが)領も広く存在した。
これらを基盤に在庁官人化した武士勢力は、1180年(治承4)の木曽義仲(きそよしなか)挙兵に木曽党、佐久党をはじめ国中から結集した。
義仲敗死後は源頼朝(よりとも)の知行(ちぎょう)国となり、国司に加賀美遠光(かがみとおみつ)、目代(もくだい)兼守護に実力者比企能員(ひきよしかず)が任ぜられた。頼朝死後は北条氏の守護領化が進み、武士団化した信濃一宮(いちのみや)諏訪上社も北条氏に臣従し、東信の滋野(しげの)三氏(禰津(ねつ)、望月(もちづき)、海野(うんの))、伊那の知久(ちく)氏、安曇の仁科氏らと神(みわ)党として連合した。北条氏滅亡後1335年(建武2)神党が中先代(なかせんだい)の乱を起こし、これを契機に南北朝の争乱が信濃を覆った。神党は宗良(むねなが)親王を推戴(すいたい)して南朝を支え、守護小笠原(おがさわら)氏や東北信の村上、高梨(たかなし)、大井、伴野(ともの)氏らは武家方(北朝)で戦った。室町幕府確立後は新たに、領国化を図る小笠原氏と国人(こくじん)領主との抗争が展開し、1400年(応永7)守護小笠原長秀を国一揆(くにいっき)が追い払う大塔(おおとう)合戦が起きた。15世紀なかばに小笠原政康が国中を平定したものの、以後小笠原氏は分裂、国人領主も離合集散して戦国争乱に突入、中南信の小笠原氏、東北信の村上氏らの戦国大名化の途上、武田信玄(しんげん)の侵攻を受け、川中島合戦のあと信濃一円が武田領国となった。中世を通じて善光寺信仰が広まり、禅宗・浄土真宗が普及して名だたる高僧が輩出した。
近世 1582年(天正10)武田勝頼(かつより)、織田信長が相次いで滅びたあと、信濃国は上杉、徳川、北条3氏の抗争の場となったが、90年豊臣(とよとみ)政権が一国を支配した。関ヶ原の戦い後は関東の外延部として徳川政権の基盤に組み込まれ、徳川一門大名や幕府領が配置されるとともに、諸大名領は頻繁な転封のなかで譜代(ふだい)化、小藩化が進んだ。幕末期には松代(まつしろ)藩の10万石を筆頭に、飯山(いいやま)、須坂(すざか)、上田、小諸(こもろ)、岩村田、竜岡(たつおか)、松本、高島、高遠(たかとお)、飯田の11藩と他国藩領や旗本知行所が幕府領と入り組んでいた。信濃の近世を彩るのは、領主でなく、養蚕、蚕種はじめ特産諸営業と中馬(ちゅうま)、全国一の百姓一揆、俳諧(はいかい)、平田派国学や普及率最高の寺子屋など、一連の民衆の力量である。1871年(明治4)廃藩置県により長野県と筑摩(ちくま)県になり、76年長野県に統合された。

有名学校(学力/スポーツ)

有名高校 学力
  1. 長野県長野高校
  2. 長野県松本深志高校
    1933年竣工の校舎は正面玄関のアーチ等、ゴシック風意匠に特徴がり、
    現役で使用されている高校校舎の中ではNo.1との呼び声が高い。
スポーツ

【野球】松商学園
県内での夏の甲子園最多出場を誇るが初戦敗退率も高い

【男子バレー】岡谷工業高校
1999年~春高3連覇、選抜・総体・国体の三冠を達成するなどの偉業を成し遂げている

【ラグビー】岡谷工業高校
全国屈指の強豪。ハンドボール競技大会にて優勝経験あり

有名大学 信州大学

有名人

出身有名人 タレント ◇藤森慎吾(オリエンタルラジオ):諏訪市
◇もう中学生:長野市
◇島田秀平:長野市
◇鉄拳:大町市
◇清水アキラ:下高井郡山ノ内町
◇峰竜太:下伊那郡下條村
◇乙葉:安曇郡池田町
歌手 ◇美川憲一:諏訪市
俳優 ◇田中要次:木曽郡木曽福島
◇滝沢沙織:松本市
◇秋本奈緒美:松本市
文化人 ◇池上彰:松本市生まれ
油井亀美也(JAXA宇宙飛行士):長野県
久石譲(本名は藤沢守)(中野市出身)
政治家 ◇羽田孜(第80代内閣総理大臣):1994年4月28日 – 1994年6月30日
羽田は「改革と協調」を掲げ、平成6年度予算の成立に全力を挙げた。
スポーツ選手 サッカー ◇田中隼磨(松本市)【松本山雅FC】元横浜F・マリノス、東京ヴェルディ1969、名古屋グランパス
野球 ◇川井雄太(佐久市)【中日ドラゴンズ】
◇聖澤諒(千曲市)【東北楽天ゴールデンイーグルス】
有名選手 その他 【スキー】
◇渡部暁斗ノルディック複合 ソチオリンピック 銀メダリスト トリノオリンピック バンクーバーオリンピック
【騎手】
◇北村宏司:須坂市
【スピードスケート】
◇小平奈緒バンクーバーオリンピック女子団体パシュート銀メダリスト:茅野市
【スキー】
上村愛子(フリースタイルスキー・モーグル):北安曇郡白馬村
【スノーボード】
◇山岡聡子(スノーボードハーフパイプ トリノオリンピック バンクーバーオリンピック):長野市

プロスポーツチーム

スポーツ サッカー 松本山雅FC(J1)
AC長野パルセイロ(J3)
野球 信濃グランセローズ(プロ野球独立リーグ・ベースボール・チャレンジ・リーグ)
バスケットボール 信州ブレイブウォリアーズ(bjリーグ)

その他

その他 その他

「ピンピンコロリ(PPK)運動」
都道府県別の平均寿命の最新データで、男性が80・88歳、女性が87・18歳と、長寿で知られる沖縄県を押しのけて男女とも1位になった。

  1. 長寿の秘訣の1つが「塩分Gメン」地域で食生活の改善を図る住民ボランティア「食生活改善推進員」や、各地区の住民から選ばれる「保健補導員」らが家庭を一軒ずつ訪ね歩き、野沢菜の漬け汁の塩分をチェック。塩分濃度が一目で分かる「減塩テープ」でみそ汁の濃さも徹底調査した。
  2. 「ぴんころ」合言葉:「ぴんぴんで元気に長生きし、病気をせずころりと死ぬ」という意味だ。
    佐久市に建立された高さ1メートルほどの「ぴんころ地蔵」には、1年間に実に約10万人が参拝に訪れる。人々の「ぴんころ」への切望はこれほど強い。

長野オリンピック
1998年(平成10年)2月7日から2月22日まで、日本の長野市とその周辺を会場にして開催された、20世紀最後の冬季オリンピック。
日本は金メダル5、銀メダル1、銅メダル4の合計10のメダルを受賞した。

<名場面>
◇スキージャンプ団体優勝
見事金メダルを獲得した“日の丸飛行隊”の成果と原田選手の涙は記憶に刻まれている人も多数。
◇スピードスケートの清水宏保選手、岡崎朋美選手
◇モーグルスキーの里谷多英選手らがメダルを獲得し、当時18歳だったモーグルスキー・上村愛子選手の活躍も大きな話題となった。

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